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2:暴食のグール



「……フゥ」


 結論から言うと、あれから10秒ほどで俺は落ち着いた。

 どうやら俺は屍人アンデッド系モンスターの内の一体である『グール』になってしまったらしい。思考が冷静になりやすくなっているのも、おそらくはその影響だろう。


 よし、とりあえず気分だけは落ち着いている。

 ジメジメとしたダンジョンの隅っこに腰を下ろし、こうなったことについて色々と考えてみる。


(うーん……ダンジョン内に放置された死体がアンデッドになるっていうのはよくあることだ。そこらへんは冒険者として常識だな)


 ――ダンジョンと呼ばれる場所には、『魔素』という不可視の毒素が満ち溢れているらしい。

 それを生物が帯びると、徐々に細胞が変異していき、最終的には魔物と呼ばれる存在になってしまうとのことだ。

 まぁ健康体の人間だったら新陳代謝で解毒できる程度の毒素であるのだが、死んでいるなら話は別だ。どうやら『魔素』は死肉にも作用するらしく、新鮮な死体を数日ダンジョン内に放置しておけば、俺のような存在のいっちょ上がりというわけだ。はははは!


 って笑えねぇよ!


(ただ……そうやって生まれたアンデッド共と俺とでは、大きな違いがあるんだよなぁ)


 ――それはずばり、知能と意識の存在だ。

 アンデッドとなった奴らには、ジョークを飛ばせるような茶目っ気もなければ、生前の記憶すらも一切残ってない。彼らにあるのは、食欲だけだ。

 それなのに、俺は意思がはっきりしている。クロウ・タイタスという自分の名前だって思い出せるし、“最強の剣士になってみせる”という夢だって覚えているぞ。あと、俺のことを『敗北者』だって罵ってくれた連中の顔も思い出せるな。奴らは後で『食い殺す』。


 …………うん。大丈夫大丈夫。俺はまだまだ人間だ。ときおり変な考えが頭を過ぎるが、そこに違和感を感じている内は大丈夫だ。人間、食べちゃ駄目、よしオッケー!

 

(はぁ……。俺がこんな中途半端な存在になっちまったのは、やっぱり『九頭竜クトゥルー』に殺されたのが原因ってことかなぁ。ったく、なんであんなバケモノがこんなクソザコダンジョンに居やがるんだよ……っ!)


 まぁぶっちゃけると、アレが本物の『九頭竜クトゥルー』かどうかは怪しいところなんだけどな。

 なにせアイツは三百年ほど前に、『勇者』と呼ばれる冒険者の開祖によって討ち滅ぼされたはずの魔物だ。本の挿絵とそっくりの姿をしていたから勝手に『九頭竜クトゥルー』と判断しちまったが、もしかしたらただのソックリさんだったのかもしれない。うーんそれなら良かった……って良くねぇよ。あんなのが二匹も三匹も居たら人類滅びるわ。


 よし、犠牲者が出る前にアイツの存在を冒険者ギルドに伝えよう。詳しいところは不明だが、あれはAランク冒険者たちが束にならなきゃ勝てないようなバケモノだった。あんな奴がダンジョンの外に飛び出したりしたら、どれだけ被害が出るかわかったものじゃない。


(……ただ街に戻るには、俺の姿をどうにかごまかさないといけないんだよなぁ)


 一応言葉は喋れるが、はたから見たらただの屍人だ。命乞いすらする暇もなく、袋叩きにされるに決まってる。

 せめて全身を覆えるようなローブでもあったらいいんだが――と、そんなことを考えていた時だ。

  

 不意に、地面に転がったゴブリン共の死体が目に入った。

 あれはたしか、俺が殺される前に倒した奴らだ。


(ああ、そういえばまだ『魔石』を取ってなかったな……)


 魔物というのはその体内に、『魔石』と呼ばれる魔素の結晶体を持っている。これがまた便利なもので、火をつければ長く激しく燃え続けるし、武器や鎧を作る時に砕いて混ぜ込めば、耐久度がグンと跳ね上がるのだ。それゆえに冒険者ギルドに持ち込めば換金してくれるようになっている。

 まぁゴブリンから取れる魔石なんて小さい上に質が悪いから、小遣い程度の稼ぎにしかならないんだけどな。


(今はそれどころじゃないんだが……一応取っておくか)


 貧乏性と言われて結構。たとえ子供の小遣い程度であろうが、俺のような低ランク冒険者からすれば大切な生活の糧なのだ。

 そんなことを思いながら安物の剣を拾い上げ、ゴブリンの腹部をサクっと斬り裂いた。


 そうして俺は、死体の中へと手を突っ込み――『ゴブリンの心臓』を引き抜いて、口の中へと放り込んだ。


「ッ、ングゥウウウウッ!?」


 って、俺は何をやってるんだ!? 取らなきゃいけないのは魔石のはずなのに、なんで内臓を引きずり出して食べちまってるんだよ!?

 焦りながら吐き出そうとするが、口は勝手に咀嚼を開始してしまう。舌の上に血の味が広がっていき、プチプチと臓器を噛み潰す感触が俺を幸福へと導いていく……!


「ウマッ、ウマッ……!」


 気づけば俺は四つん這いになり、ゴブリンの死体を必死で食い漁っていた。

 ああ、食事とはこんなに満たされるものだったのか! 肉を噛み締め、血を飲み干すたび、身体の中で熱い炎が燃え上がっていくようだった。


(こ、こんなの食っちまったら、もう安物の黒パンや干物の肉なんて食えねぇよ! 俺は今、生きているッ!!!)


 身体を満たしていく充実感は、錯覚などでは断じてなかった。朽ちていたはずの俺の腕を見てみると、心なしか皮膚がうるおいを取り戻していたのだ!

 おいおいおい……もしかしたらこのまま食事を続けていったら、人間の姿を取り戻せるんじゃないか!?

 そうだ、これは元の姿に戻るために必要な行為なんだ! 俺は決して、血肉をすすることに快楽を覚えてなんかいないんだ! これは、最強の剣士になるための第一歩なんだッ!


「アァ……次ハ、新鮮ナ肉ガ食ベタイナァ……ッ!」


 ゴブリン数匹を食べ終えた俺の身体は、死ぬ前以上に生き生きとしていた。見た目は未だにグロテスクなままだが、手足が羽のように軽い。

 アンデットになった影響か、その気になれば筋肉がぶっ壊れるほどの力だって発揮できそうだった。


(今なら、どんな魔物にだって負ける気がしないぞ……ッ!)


 さぁ、次の獲物を探すとしようか。

 そうして俺は剣を片手に、ダンジョンの奥に向かってゆっくりと足を進めていったのだった。

 

 



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