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14:おぞましき子供たち



「魔物の肉を、大量に集めてきて欲しいだって?」


「ええ」


 優雅な微笑を浮かべながら、銀髪の少女領主・クラリスは頷いた。


 ――この国最大の宗教『旧神教』において、魔物の肉を取り扱うことは大罪とされている。売ったり買ったりするのはもちろん、所持しておくのもご法度だ。

 もしも魔物の肉を食べてしまったら、そのけがれが魂にまで流れ込んでしまうと考えられているからだ。それゆえに、たとえ教徒でなかろうが、魔物の肉を好んで食すような者は異端者として折檻せっかんを受ける羽目になる。


 まぁ実際のところ、魔素を体内に取り込むのは確かに健康に悪い行為なんだが、よほど大量に喰わない限りはさほど影響はないらしい。ゆえに食べ物に困っている者が多い貧民街では、旧神教の目を逃れて魔物の肉を安価で売っている者もいるそうだ。


 ……だけど流石に、貴族様が魔物の肉を集めるのはなぁ……。


「なぁクラリス……『旧神教』は古くからこの国に根付いてきた国教だ。王族を始め、貴族には入信しなきゃいけない暗黙の了解があったはずだ。

 何のために魔物の肉を集めたいのか知らないが、もしもそのことが世間に知れたら、とんでもないことになっちまうぞ」


「……そうでしょうね。特にわたくしは貴族社会から嫌われてますから。そんな私が教義に反するような真似をしたら、ここぞとばかりに他の貴族たちに責め立てられ、領地を奪い取られてしまうことでしょう」


「だったらどうして……!」


 こともなげに微笑んでいるクラリスに、思わず声が荒立ってしまう。

 もしも教義違反がバレてみろ。領地剥奪どころか、虜囚になってしまう可能性だって大いに高い。

 天涯孤独で後ろ盾もなく、見目麗しい彼女がそんな立場にまで堕とされたら、誰がどんな魔の手を向けてくるかわかったものじゃない。


「……何を考えているのかは知らないが、もっと自分を大切にしてくれよ。キミのことを大事に思ってる人は多いんだから……!」


「クロウ様……」


 心配の眼差しを向ける俺に、彼女も青く綺麗な瞳をじっと見つめ合わせてくる。

 そうすること数瞬。やがてクラリスは意を決したように、その表情を改めた。


「……本当にお優しいのですね、クロウ様は。そんなお人だったからこそ、私はアナタを選んだのです」


 そう言って彼女は立ち上がると、あでやかな手付きで俺の手を握り……、


「――アナタだけにお見せしましょう。他の殿方には一切明かしたことのない、この私の“秘密の場所”を」



 ◆ ◇ ◆



 ――そうしてクラリスに連れられてきた場所は、敷地内の裏手にある小さな教会だった。

 まだ日に焼けていない真新しい白さを誇っていることから、建設されてからそれほど月日が経っていないらしい。


「クラリスの“秘密の場所”って……ここかぁ……」


「あらクロウ様、どうされたんです?」


「いや、なんでも」


 ……『他の殿方には明かしたことがない』という言い回しから、ぶっちゃけ一瞬、エロいことを考えてしまった自分を責める。

 うん、きっとクラリス的には何の考えもなしに放ってしまった発言なのだろう。まだまだ彼女は幼いもんな。胸は非常に生意気だけど、年齢だけなら俺の半分くらいだもんな。絶対に無自覚だったに違いない。うんうん。


「ふふふ……クロウ様ってば。わたくしの“秘密の場所”と聞いて、いったい“ドコ”のことを想像したのやら」


「……ねぇ、キミわざと言ってないよね? ね?」


「うふふふふ、何のことだかわからないですね〜」


「えっ、もしかしてマジでわざとだったの!? キミそんな子だったのッ!?」


 こっ、このメスガキがー!!!


 俺の質問を綺麗な笑顔でごまかすと、メスガキ……改めクラリスはゴシックドレスを揺らしながら教会の中へと入っていった。

 そうしてくるりと振り返り、静謐せいひつの空間へと俺を手招く。


「さぁ、クロウ様もこちらにどうぞ」


「……ああ」


 ステンドグラスから差し込む陽光――その七色の輝きに照らされたクラリスの姿は、まるで絵画に描かれた聖女のようだ。貧民街で生まれたとはとても思えない美しさから、トゥルーデ家の前領主が彼女を溺愛していたというのも頷ける。誰をも惹きつけてしまうような魔的な魅力が、クラリスにはあった。


 そうして俺が、思わず彼女に見惚れてしまっていた時だ。

 クラリスは大きく息を吸い込むと、大声で教会のに向かって言い放った。


「みなさーん、出てきてくださーーーーーいっ! 今日からアナタたちのご飯を用意してくれる、『パパ』になってくれる人を紹介しますよーーー!」


「えッ!?」


 いきなりの発言にぎょっとする俺を他所に、床の一部がバカっと勢いよく開いた。

 するとそこから、一人、二人、三人、四人と……最終的には十数名もの幼い少女たちが飛び出してきたではないか。

 みんなクラリスよりも一回り小さく、血色の抜けた不健康そうな肌色をしているが、瞳だけはキラキラを通り越してギラギラだ。

 彼女たちは一斉に俺を取り囲むと、まるで餌をねだる雛鳥のようにグイグイと俺の服を引っ張ってきた。

 

「ごはん! ごはん持ってきてくれたの!? ごはんどこ!」「おなかすいたおなかすいたおなかすいた!!!」「あなたがわたしたちのパパなの!? じゃあクトゥーママともうヤっちゃったの!?」「はよごはんだせ!!!」「もしかしてこの人がごはんなの!?」「コイツのたましい、クトゥーママの匂いがする!」「はらへった!」「ふんぐるい・ふたぐん!!!」「てけり・け!」


 う、うるせぇ! どんだけ腹減ったんだよこいつら!? 一部の奴らはもはや何言ってるかわかんねぇし!


「たべさせてーっ!」「あそんであそんでー!」「おかしちゃえー!」


「うぎゃぁっ!? や、やめろガキども! 一斉に指をしゃぶってくるな! 頭にまでよじ登ってくるな! ズボンを脱がそうとするなッ!!!

 お、おいクラリス! こいつら一体何なんだよ!?」


 揉みくちゃにされる俺の姿を他所に、まるで本当の母親のような笑みで子供たちを見ているクラリスを怒鳴りつける。 

 

「ふふふ、みんなはしゃいじゃって。ごめんなさいねクロウさん?

 ……この子たちの存在こそが、私が魔物の肉を欲する理由。この子たちが生きていくためには、どうしても魔物の肉が必要なんですよ」


「えっ……?」


 思わず聞き返す俺に対し、彼女は数名の子供を抱き寄せると、切なそうな表情でこう言った。


「この子たちは全員、魔素嗜好症患者。定期的に魔物の肉を摂取せねば、死んでしまう身体を持っている上……旧神教の者たちからは、『魔物憑き』と呼ばれて殺される立場にある子たちなんです」




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