10:狂喜の咆哮
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――丘の向こうより、奴らは姿を現した。
目を血走らせ、涎を垂らし、肥大化した四肢に殺意と暴威をみなぎらせた異形の生物――魔物の群れが!
『ギギャァアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『ワォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』
『ブギィイイイイイイイイイイイイイイッ!!!』
魔素によって変異した猿の魔物・ゴブリン共が叫び、狼の魔物・コボルト共が吼え、猪の魔物・オーク共が咆哮を上げた。その他にも多種様々な魔物たちが、俺たちを殺すべく大進撃を繰り広げていた。
その数たるや、約3万以上。世界の終わりのような光景を前に、冒険者たちの顔に緊張と恐怖が再び走る。
「くそっ、こっちは数が足りない上、Cランク以下の駆け出し冒険者がほとんどなんだぞ!? 本当に何とかなるのかよ!」
「もうこうなったらやるしかねぇっ! オレたちの力を見せてやろうや!」
「この戦いが終わったら、受付嬢のお姉さんに告白するんだ!」
負の感情を押し殺すように、叫び声を上げる冒険者たち。
どのみち、もうここまで来たら逃げられない。覚悟を決めて腹をくくるしかなかった。
そうして誰もが不安に必死で耐えながら、激突の時を待つ中――俺はふらりと前に出ていった。
7歩、8歩と集団から離れていったところで、顔見知りの冒険者たちが俺に叫ぶ。
「ちょっ、お前クロウか!? 廃業寸前の敗北者剣士が何やってんだ!」
「ここはオレたちCランク冒険者が先陣を切る! Dランクでも弱いほうのアンタは引っ込んでろ!」
「アンタ顔色真っ青じゃねぇか! 無理せず下がれって!」
怒号や嘲笑も多かったが、それでもわずかに心配するような声も聞こえてきた。
ありがとう……でもごめんな、もう限界なんだよ。
(これ以上はもう、『食欲ガ抑えらレないンダ』……ッ!)
もはや俺の意思さえも振り切って、飢えた身体は前へ前へと動き続ける。
9歩、10歩と近づいたところで、遠くにあった地獄の光景がついに俺の眼前へと広がっていき、さらに11歩、12歩と近づくと、数の利による慢心に染まった魔物たちの表情が分かるくらいになっていた。
そして踏みしめた13歩目。奴らとの距離が、残り数メートルになったところで――
「――行くぞォォォォォオオオオオオオオオッッッ!!!」
全力の震脚で地を踏み砕き、俺は一瞬にして魔物たちへと突撃を果たしたッ!
『ガルッ!?』
「死ね」
抜刀瞬殺。先陣を切る一匹のコボルトが驚愕の声を上げた瞬間には、すでにそいつを含めた10体以上の魔物がバラバラに斬り刻まれていた。血しぶきの雨が降り注ぐ中、動揺する魔物たちの瞳に妖刀の輝きが反射する。
お前たちには悪いが、今の俺は絶好調だ。限界にまで飢えているがゆえに、鋭敏になった五感は獲物たちの動きを逃さない。手にした刃を閃かせると、横合いから殴りかかろうとしていたオークを視線すら向けずに両断した。
(感覚だけじゃない。技のキレも最高だ……!)
戦場の中心で俺は笑った。
敵は未だに数知れず。だが、多勢に無勢は望むところだ。負ける気なんて毛頭ない。
――さぁ、舞台は整った。やってやろうぜ、俺の相棒ッ!
右手に握った刃を掲げ、俺は高らかに吼え叫ぶ。
「能力開放――≪魔剣・ムラマサ≫、奴らの血肉を食い尽くせぇええええええ!!!」
ここに覚醒の時は来た。俺の魔力を存分に飲み干し、≪魔剣・ムラマサ≫が真の力を解放する!
煌びやかな銀の刀身が、一瞬にして邪悪なる黒に変貌を遂げた。さらに刀全体が生き物のように打ち震えると、斬り刻まれた魔物たちの残骸がムラマサに向かって吸い寄せられていったのだ。
その刀身に触れた瞬間、血肉は赤い粒子となってムラマサの中に吸収されていき、使い手である俺の舌にも甘美なる肉の味が広がっていく。これがムラマサの能力、『暴食吸収』だ。
(なっ……なんて最高の味なんだぁぁぁあああ!?)
口内に広がっていく美味の数々に、俺は思わず絶頂しそうになった。よく引き締まったコボルトの肉は、まさに動物性タンパク質の宝庫だ。オークの肉には濃厚な旨みが暴力的なまでに詰め込まれており、ムラマサが吸収していくたびに幸せが脳を溶かしていく!
さぁ、次だ次だ次だ次だ! もっと斬ろう! もっと殺そうッ! 万の屍を喰い尽くそうッ!
「ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
――それからはもう血みどろだった。何年も何年も修業し続けてきた剣技を以って、迫りくる魔物たちを斬殺していく。
俺の剣術に流派はない。弟子入りするような金もなかったため、色々な道場の練習風景をこっそりと見て参考にさせてもらっただけの我流剣術だ。
だがそれも、10年間の修行の中で少しづつ形を整えていき、さらには強靭なる屍人の身体を手にしたことで、ついに実戦級の殺戮剣へと進化を果たしたのだ。
その秘奥義が、魔物たちへと炸裂する!
「壱の奥義・黒死蝶ッ!」
空中を翔ける無数の黒い斬撃により、ゴブリンの群れが悲鳴を上げながら斬り刻まれていった。刃を腰だめにした状態からの瞬間雷速抜刀術により、真空波が巻き起こったのだ。
混乱に陥る魔物たちへと、さらに俺の追撃は続く。
「弐の奥義・彼岸花ッ!」
その瞬間、俺の周囲を全て包み込む斬撃空間が発生し、数十体の魔物たちを一匹残らず斬滅していった。
腕の骨を使わずに筋肉の動きだけに全力を絞ることで、鞭のように刃を撓らせて全方位へと斬撃を放ったのだ。対多数戦を想定して開発した、攻防一体の剣術奥義である。
『ギギャギャァッ!? コイツ、ナニッ!?』
『ブギィ……バケ、モノッ! コロス! コロス!』
一部の賢い魔物たちが、カタコトの人語を叫ぶと共に俺のことを睨み付けてくる。
ああ、ようやく本気になってくれたらしいな。もはや奴らの瞳には、数の利による慢心の情は皆無だった。ただ俺一人を殺すべく、数千体の魔物たちが息を合わせ、一斉に飛び掛かってくる。
圧倒的なる物量の暴力。飲み込まれたが最後、血肉の一片すらも残らないだろう。
だがしかし、今の俺には不安や恐怖など一切なかった。冷たくなった心臓に、熱い興奮だけが迸る。
(いける……! 今ならば、参の奥義も放てるはずだッ!)
強化された筋力。ムラマサから絶えず流れ込んでくる極上の活力。そして燃え滾る俺の闘志。ここに条件は全て揃った!
魔物の群れに飲み込まれる刹那、俺は刃を大地に突き立て、力の限り吼え叫ぶ!
「『闘気』解放ッ! 参の奥義・屍崩しィィィイイイイイッ!!!」
そして異変は巻き起こった。周囲の大地に亀裂が走ると、次の瞬間、大量の剣山に変異して魔物たちを突き刺していったのだ! 半径数十メートルの地面が一瞬にして死の大地と化し、数千の魔物たちが絶叫を上げながら絶命していった。
これこそが、参の奥義・屍崩しだ。刃を介して『闘気』を地面に打ち込むことで、自身の周辺を剣山に変える極大奥義だ。
「はっ、ははは……! よっしゃ、出来たぞぉおおおお!」
無数の死体の中心で、俺は喜びの叫びを張り上げた。
この奥義に必要不可欠な概念である『闘気』とは、異国においてはチャクラとも呼ばれる生体エネルギーのことだ。
精神と直結した『魔力』と同様、『闘気』は肉体と結びついたエネルギーであり、消費することで筋力を強化したり、あるいは他の生物や自然の物に流し込むことで、活性化させたり変異させられる特性を持っている。
これだけ聞けば便利そうに思えるかもしれないが、要するに“2倍のカロリーを消費すれば2倍の力を得ることが出来る”というだけだ。ゆえに、使い過ぎて衰弱死してしまう者も多いという。
(だけど今の俺は、≪魔剣・ムラマサ≫から活力をたっぷりと得ていたからな……!)
元気いっぱいで闘気いっぱい。屍人の身体でなかったら全身が破裂していたほどだろう。それらを全部地面に流し込めば、ご覧の通りの有り様だ。
ちなみに闘気は魔力と違って後天的に習得が可能なものであり、どんなに才能がない奴でも死ぬほど筋肉をつければ目覚めるらしいのだが……俺はこれさえも覚えられずにいた。
(はぁ……死ぬ前の俺は、筋肉が付きづらい体質だったからなぁ。それに貧乏なせいで、栄養もロクに取れなかったし)
仕方なく食べた野良猫カレーの味を思い出しながら、白くて細い二の腕をちらりと見る。
見た目だけなら今もほとんど変わってないが、一度死亡して屍人に成り果て、超大量の魔物たちを思う存分喰い荒らしたことで、中身は完全に別物になっていた。
筋線維の一本一本が人外の力を秘めており、その結果、ついに俺は闘気を獲得するに至ったのだ。
「さてと……」
数千体の魔物を屠ったところで、俺は後ろを振り向いた。
そこには大量の冒険者たちが、口を大きく開いたまま棒立ちになっていた。
「なっ、なんだよ……何が起きたんだよぉおおおお!?」
「お前、本当にクロウか!? 一体何があったんだよ!?」
「う、嘘だろ……! 敗北者剣士がありえねーだろ、こんなのッ!」
絶叫にも近い驚愕の声が、冒険者たちの口から響き渡る。
だが俺は彼らの疑問や困惑を一切無視すると、闇色の妖刀を真っ直ぐに向けて言い放った。
「お前たち――そのまま固まったままでいいのか。俺たち辺境の下級冒険者たちが、大金と名誉を得るチャンスなんだぞ?」
『ッ――!』
大金と、名誉。全ての冒険者が追い求める夢の言葉に、彼らは一瞬で押し黙った。さらに俺は続ける。
「いざ戦いが始まる前は、確かに分が悪い賭けだっただろうさ。3万対4000人そこらの戦いだ、ヘタレだったらさっさと逃げ出していたところだよ。だけどなぁ……」
――いい加減に気づけよ、お前たち!
「お前たちは、絶望を前にしても逃げ出さなかったッ! 一人の女の必死な叫びに凛と応え、邪悪に立ち向かうと誓った勇者たちだッ! 誰も彼もが、一騎当千の英雄たちだ!!!
だったら、3万程度の敵を相手に何を恐れることがあるッ!? 何をいつまでも固まっているッ!? お前たちは、“400万”の戦力を持つ大軍勢だろうがよ! それともこのままその一生を、ただの凡夫で終わらせる気か!?」
瞬間、冒険者たちの空気が変わった。
不安は立ち消え、困惑は薄らぎ、代わりに怒りと熱い戦意が彼らの中から溢れていく。
「い、嫌だ……このまま終わるなんて嫌だッ!!! ただの平民として生きていくのが嫌だったから、オレは剣を取ったんだッ!!!」
「チクショウッ、好き勝手なことばっか言いやがって! オレもやってやらぁぁあああ!」
「この戦いが終わったら、受付のお姉さんに告白するんだぁぁあああああ!!!」
そうだそうだそうだそうだッ! もっと叫べッ! もっと唸れッ! 夢を、理想を、希望を、想いを、欲望のままに吼え叫べッッッ!!!
「さぁお前たち、殺して殺して殺しまくれぇぇぇええええ!!! 歯向かう奴らに刃を突き立て、血と内臓をブチ撒けろッ! 塵屑共を滅ぼした果てに、大金と名誉が待ってるぞォォオオオオオ!!!」
『ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッッッ!!!』
天地を揺るがすほどの咆哮が、魔の戦場に響き渡った――!
ここに人間たちは欲望の獣と化し、慌てふためく魔物たちへと反逆の牙を突き立てていったのだった……!
 




