1:終わりの始まり
R-18版の小説になろうこと「ノクターン」に移動となりました。
エロエロです。
――村を出てから10年間。“最強の剣士”になるために、俺は努力し続けてきた。
冒険者の資格を取得し、来る日も来る日もダンジョンに潜り、モンスター共と戦い続けてきた。
ゴブリンの棍棒と鍔迫り合い、スライムの酸攻撃を必死で躱し、スケルトンの群れを死に物狂いで駆逐してきた。
10年間、休むことなく頑張り続けてきた。一生懸命、全力で頑張っていたつもりだった。
だがしかし――
『クロウさんよぉ。アンタ、10年間も闘い続けてきたっていうのにまだDランク冒険者なのかよ? 笑えるぜ』
『同世代の奴らはとっくにCランクやBランクに上がるか、現実を見て普通に働いてるっていうのになぁ』
『クロウ先輩に教えてやるよ。世間じゃアンタみたいなヤツのことを、“人生の敗北者”って言うんだぜぇ!?』
……周囲の冒険者たちから嘲笑されるようになってから、俺はようやく思い知らされた。
俺――クロウ・タイタスという男に、剣士の才能は一切ないのだと。
「ぅ……うわぁぁああああああああああああああああッッッ!!!」
……それが数時間前の出来事だ。あまりのショックと悔しさに耐え切れず、俺はその場から逃げ出した。
そうして気付けばダンジョンに潜り、ゴブリンやスライムといった駆け出し冒険者が苦戦するような魔物を相手に、必死で剣を振るっていた。
「チクショォ! 本当はわかってたんだよぉ! 心の底では気付いてたんだよォ! 俺に、才能が全くないって!!!」
涙交じりの絶叫が、洞窟内に響き渡る。
そう、本当は自覚があったのだ。線が細く、色も白く、筋肉が付きづらい体質で、『魔力』や『闘気』といった特殊な才能も持っていない俺ごときが、最強の剣士になれるわけがないって。
現に今、俺はゴブリン数匹程度を相手に苦戦していた。ダンジョンの中でもひときわ広いエリアで敵対してしまったのが運の尽きだ。四方をゴブリン共に囲まれ、もはや逃げられそうになかった。
『ギギャギャッ! コロスッ! コロスッ!』
くそっ、この雑魚モンスター共が……!
最初は狂乱しながらダンジョンに突撃してきた俺にビビっている様子だったが、いざ戦ってみれば“こんなものか”と、まるで馬鹿にしているような調子だった。
「チクショォ……チクショーーーーッ!!!」
棍棒や爪による攻撃を全身に浴びながらも、それでも安物の剣を必死で振るい、ゴブリン共を少しずつ追い詰めていく。
そうして全てのゴブリンを倒しきった時には、俺はもはや満身創痍の有り様だった。
雑魚モンスターと称されるゴブリンを相手に……俺はボコボコにされていた。
「はぁ……はぁ……! ははっ、敗北者……か……!」
ああ、思わず笑いがこみあげてくる。それはまさに、俺にぴったりの称号だった。
二十代も中盤を迎えたというのに、何の成果も上げられず……空虚な人生を送ってきた俺に、これ以上相応しい呼び名はない。
だけど、そんな俺にも夢があるんだよ! 最強の剣士になりたいっていう夢が!!!
(チクショウ……強くなりてぇよぉ……! 昔、魔物の群れから俺の村を救ってくれた“白髪の剣士”みたいに……!)
髪も服も真っ白の人だった。わずかに覗いた肌さえも白く、まるで死人のように血の色が抜けきっていた。
本当に幼い時のことで、今となっては顔も思い出せないが――黒き妖刀を振るう美しい後ろ姿だけは、今でも魂に焼き付いている。
その人に憧れて剣を取り、村を飛び出して冒険者になった。
そうして10年間、来る日も来る日も修行を続けてきたというのに……結果はこのザマだ。俺には絶望的に才能がなかった。
「っ……帰ろう。一度帰って、今日はもう休もう」
込み上げてくる悲しみに耐えながら、俺はゆっくりと踵を返した。
諦めるな、頑張れ俺。生きている限り、可能性はあるはずなんだ……!
(無理だと思う連中は笑ってろ! だが、今に見てろよ。いつか絶対に最強の剣士になってやるからな……!)
死んでも夢を叶えてやると、胸に強く誓うのだった。
かくして俺が、ダンジョンの出口に向かって歩き出そうとした――その時、
ズブリ、と。俺の腹を貫通し、腹から『触手』が飛び出してきた。
「えっ……え?」
意味が分からない……意味が分からない、意味が分からない、意味が分からないッ!?
なんで……どうして俺の腹にこんなもんが突き刺さってるんだァァァアアアアッ!?
「あっ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
次の瞬間、言葉に出来ないほどの激痛が脳みそをかき乱した! 全身がビクビクと痙攣し、これまでの記憶が脳内を駆け巡っていく!
ああ、これ……走馬燈ってヤツだ! 俺、今から死のうとしてるんだ……ッ!
(なにが起きたんだ……! 一体どいつが、俺のことを刺しやがったんだ……っ!)
徐々に視界が暗くなっていく中、それでも俺は必死で力を振り絞って前を見た。
すると、そこには――
『――グガァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
そこには……無数の触手を全身から生やした、九つの首を持つ竜が鎮座していたのである……!
大昔に滅んだはずの伝説の魔物『九頭竜』。
書物の挿絵の中でしか見たことがないような存在が、だらだらと涎を滴らせながら俺の目の前に存在していたのだ……!
「ぁっ、ああ……!」
恐怖によって全身が震えた。今からこのバケモノによって食い殺されるという現実を前に、心の底から絶望が吹き上がってくる。
だが、それ以上に――、
「ッ――テメェかぁぁあああああああ!!! 俺のことを襲いやがったのはッッッ!!!」
絶望を吹き飛ばすほどの熱い怒りが、俺の中から湧き上がってきた!
死んで堪るか! 終わって堪るかッ! 俺は絶対に最強の剣士になってみせるんだ!!!
「殺してやる……ブチ殺してやるぞッ、クトゥルー! 死んでもお前に復讐してやるからなァァァアアア!!!」
全身全霊の力を込めて、伝説の魔物を射殺さんばかりに睨み付ける。
そうして殺意に燃え滾ったまま、俺の意識は闇の底へと落ちていったのだった――。
◆ ◇ ◆
「……ッ、ウゥ……」
――あれからどれくらいの時が経ったのだろうか。
奇妙なことに俺は目覚めた。そう、なぜか目を覚ましてしまった。
(……これは、どういうことだ? 即死してもおかしくはない傷を負っていたのに、なんで俺は生きてるんだよ……!?)
幽霊になったという感じではない。ちゃんと手足の感覚はあるし、目覚めたばかりのせいかぼんやりとしているが、ちゃんと五感も働いている。
かといって、奇跡的に名医に拾われ、即行で病院にブチ込まれて助かったというわけでもなさそうだ。
辺りをきょろきょろと見渡してみれば、ここは先ほど俺が殺された場所――低級ダンジョン≪ルルイエ洞窟≫の中だとわかったのだから。
――って、クトゥルーの野郎はッ!?
ハッと我に返り、周囲を警戒してみるものの、それらしい気配は一切なかった。
クソッ、いつか絶対に復讐してやるからな……!
(にしても、本当に俺はどうして生きてるんだよ? 通りすがりのSランク冒険者様が、国宝級の回復薬でも飲ませていってくれたとか……?)
まぁそんなわけないか……ひとまず今日のところは帰るとしよう。それで飯食って『ヒト食って』今日は寝よっと。
……って、んん? なんか一瞬、かなりやばい考えが頭を過ったような……?
……とにかく、こんなところに座り込んでいても仕方がないか。
さっさと立ち上がって街に戻ろうと思い、地面に手をついた瞬間……俺は気付いてしまった。
俺の両手が、まるでミイラのように枯れ果てていることに――!
「ナッ――ナンジャゴリャァアァアアアッ!?」
声帯までも朽ちているのだろう、人間とは思えない声が俺の喉から響き渡った。
絶叫と困惑の中、不意に地面に落ちた安物の愛剣が目に入る。
その傷付いた刀身には……世にも恐ろしげな表情を浮かべた、一匹の『屍人』が写り込んでいた。