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冥界戦国余禄  作者: 今谷とーしろー


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旗幟鮮明の章

玖 浅井備前守

 横山城の爆散炎上は小谷城からも見えた。兵の動揺は著しく、逃亡兵が続出した。散った兵の一部は信長軍に吸収されて、一部は解き放たれた。横山城の惨禍を世に広めるためだ。

「残る城兵は半分以下、千にも満たないとの事です」

 との報告を受け、

「予定より早いが、七兵衛を若狭へ向かわせよ」

 光秀に加担して秀吉に処刑された元若狭守護武田元明を護送して若狭武田家と和約を結ぶ算段である。

「それでは私は小谷の方へ行って参ります」

 と光秀。

「うむ」

 京極、いや浅井家に対する降伏条件は既に二人の間で纏まっていた。

「織田家家臣、惟任日向守です」

 光秀を迎えたのは浅井の当主備前守亮政。その左右に息子の下野守久政と孫の備前守長政が控えている。

「降伏せよと言うか」

「もはやこれ以上の戦いは無益でありましょう」

「あの天魔が我らを許す筈が無い」

 と久政が抗弁する。

「初めに許されざる裏切りを働いたのはどちらでしょうか?」

 と冷静に応じる光秀。

「備前守様は、その辺りの経緯を如何お聞きでしょうか?」

「織田家が、浅井との約定を反故にして越前朝倉家を攻めたので、これを咎めたと」

「あの戦いはそもそも若狭武田家に対するモノでした。しかしながら当主孫八郎(元明)様は越前朝倉家に囚われていた為に若狭の完全制圧は成らず、止むなく越前へ押し入った次第。本来なら武田家を庇護下に置く朝倉家が救援に来てしかるべきで、我が主君もそれを予期して兵を多めに用意していたのですが、それが返って仇となったようで」

 と光秀は苦笑する。

「朝倉が傘下の大名の危機に助けに来ないのはこの時だけではありません。我らが浅井家と戦う事に成った際にも、かの武田信玄が我らと手切れして西に兵を向けた際に、兵を越前へ引き揚げてしまい、気落ちしたのか信玄公はそのまま病で命を落としたとか。小谷落城の際にも、救援に来ながら兵を引いてしまいました。我が主君は直ちにこれを追撃し一乗谷を攻め滅ぼした後、再びこの小谷へ攻めかかった訳ですが」

「我は、織田と朝倉を天秤にかけ、朝倉を取った。それは左衛門殿(義景)の方が与し易しと見たからだが、今となってはそれは失着であった。あれほど頼みがいの無いお人であったとは。しかし一度打った手は指し直しは出来ぬ」

 と苦々しく吐き捨てる長政。

「我が主君よりの下命は、浅井の返り忠、これは適切な表現ではありませんが御容赦を。父の下野守さまかこの備前守さまか、どちらが主導していたか確認する事でした」

「それならわしだ」

 と久政。

「隠居に追い込まれたと言っても、それは戦場での話。他家との交渉事では意見を許されていたからな」

「それでも決めたのは当主のそれがしです。責を負うならそれがしが」

 と長政が父を庇う。

「ご心配なく。主君に責めを負わせる気など毛頭ありませんのでね。そうでなければ私がここにこうして出張ってこられる筈も無い」

 と笑う光秀。

「まだ御存じではありませんでしたかな。我が主君を自害に追い込んだのは私です。そして私自身も同輩の羽柴筑前に敗れてこの様ですよ」

「羽柴殿とは?」

 と首を傾げる長政に、

「横山城の城代から浅井殿の旧領三郡を賜った男ですよ。当時はまだ木下藤吉郎と名乗っていましたが」

「あの男が我らが領地を」

 領地どころか娘たちも秀吉の意志に翻弄されるのだが、それは今の彼らには知る由も無い。

「ところで、朝倉家とはまだ付合いが?」

「いや。宗家とは交渉が無い。敦賀の宗滴殿とは懇意にして居るが、宗家とは上手く言っていない様なので、単独では動かないだろうな」

 この情報は若狭から戻った信澄からも確認が取れた。


拾 天狗と天魔

「宗滴殿は末っ子ながら嫡子扱いを受けていましたが、父親が亡くなった時はまだ幼かったので家督は長兄が継ぎました。当人も一度は当主の座を狙って策動しましたが、直前で思いとどまって協力者を切って実質を取る事にしました。当主に成らずとも、政務や軍事を実質的に取り仕切る立場を手にした訳です。そうまでして築いた朝倉家の繁栄も、その死後にあっさりと失われた」

「かねてから抱いていた宗家に対するわだかまりが、死後に一気に噴き出したか」

「決定的だったのが、刀根坂で討死した将兵との接触だったようです」

 朝倉滅亡の前段階、主君を逃がす為に名だたる将が命を落とした。

「宗滴殿が宗家に叛意を持っていたとしても、我らと組むとは限らないな」

 刀根坂での戦死者は織田家に対しても恨みを持っている筈だ。

「越前には柴田修理が居る。羽柴筑前との決裂は時間の問題であろう」

 秀吉の本拠は播磨姫路と近江長浜であったが、光秀を討った事でその支配地域を獲得した可能性が高い。そうなると越前から北陸を抑える柴田勝家の不利は否めない。山崎で秀吉と共に戦った丹羽長秀は恐らくは秀吉に味方するだろう。

「宗滴殿は越前を欲しがるだろう。その場合に柴田をどのように扱うか。そこが思案のしどころだ」

「では先に美濃を抑えますか?」

「取り敢えず情勢を調べて見よう」


 越前方面の折衝には菅谷長頼が当てられた。彼は現世でこの方面の政務を担当していて、府中を引き継ぐ予定で有ったのだ。一方美濃については光秀が受け持つ。

 しかし成果を待っている間に思わぬ方向から火の手が上がった。

「随分と懐かしい名前だな」

 安土城へ突如現れたのは笠に乗った妖管領細川政元である。屋敷を襲われて命からがら逃げのびてきたらしい。

「わしはいち早く飛んで逃げだしたが、息子は逃げ遅れた」

「どの息子だ?」

「聡明丸。一人目だ」

 政元の最初の養子だった細川澄之。廃嫡を恨んで養父を倒した男だが、別の養子高国に敗れて自刃。ひと月余りの天下であった。九条摂関家の生まれで、毛並みの良さだけが取り柄だったのだろう。

「聡明丸を担いでわしを討った二人も一緒に浄化した」

 この世界で死ぬと灰に成るが、これを浄化と言うらしい。

「襲って来たのは?」

「淀城に居った三好の家臣で、岩成主税助とか言ったか」

「あの男か」

 岩成友通、三好三人衆の一人として信長とも何度か戦った相手だ。足利十三代将軍義輝を暗殺し、信長が擁立した義昭も本圀寺で襲われた事が有る。その後は有ろうことか義昭の味方をして信長包囲網の一角を担った。そしてこちらに来てまでも、

「成功したのは一度きりか」

 と苦笑して見たが、

「笑いごとでは無い。これで我が神通力も切れた。畿内は一気に騒乱の嵐となるぞ」

「管領殿がこちらに来てから五十年か六十年か。とにかく長きに渡って無理やり押さえつけてきた復讐心が一気に噴き出す訳か。一大事だな」

「上様。その方は?」

 置いてきぼりに成った側近たちを代表して蘭丸成利が訊ねた。

「半世紀以上前に死んだ管領殿だ。余を後継ぎにしようと接触してきたが、その前に要石が外れてしまったようだ」

 光秀は美濃へ行って留守である。

「敵味方が判然としない。確実に余の味方に成りそうな者たちの所在を教えてくれ」

「そうだな。摂津にはそなたの元家臣が多い。が、まずは六郎と手を結ぶのが良かろう」

「六郎?」

「二人目の養子の息子だ。わしから見ると孫に成る訳だが」

 本家京兆家を継いだものは皆右京大夫を名乗るのでややこしい。政元は最後の直系で十二代になるが、晴元の澄元が十四代、その息子晴元は十七代となる。

「父親の方のどこかに健在なのだろう?」

「父の六郎の方は海の向こう、阿波におる。我が支配領域では基本的に亡くなった場所から動かないように命じてあるからな」

 晴元の長男昭元はまだ存命で信長の妹婿である。次男晴之は京で三好軍と戦って討死。今回の襲撃でも岩成軍と戦って浄化(この世界で亡くなる事)したらしい。

 信長は直ぐに動かせる五千を率いて出陣した。途中で岩成友通の軍と遭遇しこれを蹴散らすと、そのまま摂津方面へ進軍した。この遭遇戦で友通に担がれていた細川氏綱が浄化した。政国の養子の一人高国の養子だった男で、三好長慶と結んで晴元を追って京兆家の家督を継ぎ、最後の管領となった男である。友通の方はしぶとく生き延びて河内方面へ消えた。

 信長は古淀城を占拠すると、千の兵を割いて古淀城の防衛を命じた。併せて、

「中将に伝令を送って増援を入れさせろ」

 と指示を出した。

 摂津に進んだ信長は細川晴元が幽閉されていた普門寺へ入った。ここには晴元の旧臣だけでなく信長に関係のある将兵も集まっていた。

「貴殿が噂に聞く前右府殿か」

 晴元は信長の存在を知っているだけでなく、最新の官職名まで承知している。

「この者に聞きました」

 と言って名指ししたのは、

「仙千代ではないか」

 万見重元。信長の元小姓で荒木村重の謀反の時に討死した。

「この者を御記憶か?」

 信長はお返しとばかりに連れてきた兵の中から内藤宗勝を前へ引き出した。松永弾正の弟で、旧名は松永長頼。三好長慶の家臣として細川晴元には間接的に仕えた事も有る。

「松永甚助ではないか」

 晴元は古い名前で彼を呼んだ。

「味方としては頼りに成る。敵に回せば厄介な男であった」

「うぬは丹波に居ったのではないか?」

 駆け付けていた晴元の旧臣三好政長が口を挟む。

「そなたは?」

 と信長に訊かれ、

「三好半隠軒宗三と申す」

「我が旧主と管領殿が決裂するきっかけを作った御仁です」

 と長頼。

 政長の娘婿池田信正は氏綱に寝返った事を咎められて晴元に切腹させられた。これが政長の讒言であるとして長慶が敵方へ走った。池田家は信正の息子、つまり政長にとっても外孫である長正が継いだのだが、政長が池田家の家政を壟断しているとして不満を抱いて長慶派に付いた。

「言い掛かりだ」

「その通りです。あれは寝返る為の口実ですから」

 と長慶の旧臣であった長頼は暴露する。

「管領殿に不満が有ったと言うよりは、半隠軒殿への対抗心。半隠軒殿は我が旧主にとっては父の敵ですからな。同じ陣営に居たのでは仇が討てない」

 長慶の父三好元長を死地に追いやったのが同族の政長。そしてその政長を討ち取ったのが長慶。こんな関係はこの世界ではざらにある話だ。

 集まった摂津衆の中心はかつて信長に従った摂津三守護。池田勝正、和田惟政、伊丹親興の三将が勢揃いしていた。三守護と並列で語られるが、実は勝正が幕府から正式に守護に任じられ、残りの二人はその配下と言う形式である。

 先ほど話の出た池田長正、その後を継いだのが一門の勝正だった。故に勝正の方には特に政長への遺恨は無い。三守護の中で池田家だけは意見が割れて、一部が先代の長正と共に三好方へ走ったらしい。

「処断された当事者の筑後守(信正)殿は、途中で撃破した兵の中に居りました」

 と長頼。

「恐らくは旧主である次郎(氏綱)と共に襲撃にも加わっていたのでしょう」

 この世界では命尽きると直ぐに浄化して灰に成ってしまうので、後で首実検と言う訳にはいかない。

「摂津の状況は?」

 答えたのは若い重元。信長との距離感から三守護よりも上位に立っている。三人の中で上位者だった池田勝正が池田家の分裂で発言力を弱めている点も大きい。

「お味方として計算できるものはほぼここに集まっております。去就不明の勢力として大坂の本願寺には我らと戦った顕如の父親証如法主が居ます。そして天王寺にはこちらの管領様にとって仇敵だった道永(高国)の実弟八郎(晴国)殿」

「その道永殿はいずこに?」

「隣国播磨の広徳寺です」

 管領政元の養子だった高国は同じく養子の澄元を倒したが、その息子であった晴元との戦いに敗れて播磨尼崎の広徳寺にて自害に追い込まれた。

「まだ畿内の動乱には気付いていないかもしれません。急げば討ち取る事も」

「いや、まずは弟の方を捕える。その上で降伏させよう」

 と信長。

「畿内を制圧するに当たって、最大の敵は恐らく三好一族であろう。三好に恨みを持つ者はなるべくこちらへ取り込みたい」

 高国と澄元・晴元親子の確執も、双方が痛み分けで終わった話だ。

「それで宜しいかと」

 と晴元も了承した。

「それよりも三筑殿の御子息がすぐ近くに居るではないか」

 と政長。三筑とは長慶の事で、一時筑前守であった事からこう呼ばれる。その息子と言えば、同じく筑前守を称した義興である。父に先立って亡くなり、そこから三好政権の迷走が始まった。この人物が健在であれば、信長の出番は巡ってこなかったかもしれない。

「面白い巡り合わせだ」

 信長は自ら出向く事にした。


 摂津芥川山城は三好家がかつて居城とした所である。長慶に恨みを抱く政長は直ぐにでも兵を差し向けて殺そうとていたが、三守護がそれを押し留めていた。信長の到着があと少し遅れていたら義興の命運は尽きていただろう。

 三好筑前守義興。その急死は様々な疑惑を生んだ。すなわち主家転覆を目論んだ松永弾正久秀が毒殺したのでは無いかと言うモノ。会って見ると、肌や眼球がやや黄色くなっており、素人目にも黄疸の症状が見て取れる。

「お体の具合は?」

「痛みは無いが、人前に出るのは些か億劫だな。そう言う目で見られる」

 と苦笑する義興。

「管領殿は都を追われた。もはや禁足令は有名無実。お父上の元へ行かれるも自由だが」

「いまさら父に有っても詮無い事だ。ここでひっそりと過ごしたいが」

 戦で死んだものと、病で死んだものとではやはり心持が異なるのであろう。

 信長は自身の短刀を差し出して、

「では生きるに飽いたらこれを使うと宜しい」

 と言って去った。

 義興は既に亡きものとされ、芥川城に居た将兵(三好の兵と言うよりはそれ以前からこの城の攻防で亡くなった兵たち)はすべて彼の軍へ吸収された。


拾壱 畠山始末

 摂津の事は三守護に一任し、信長は河内の方へ廻る。細川晴元が案内を買って出たので政長も兵を率いて付いてきた。

「我は管領殿の配下であって、貴殿の指図は受けぬ」

 政長は池田家との因縁も有るので他の摂津衆とは上手く言っていないのだろう。

「今はまず河内の情勢について考えよう」

 晴元は説明を始めた。

「河内は、総州家と尾州家、両畠山家が応仁以来百年以上も争って来た。祖父殿が来てからは戦いそのものは止められていたが」

 政元の禁令が無力化した今、動き出すのは時間の問題であろう。

「余が河内に踏み込んだ十四年前には、既に総州家は瓦解していて、北は三好、南は畠山と言う形で安堵したが」

「こちらでは少々入り組んでいてな」

 と晴元。

「北の飯盛山城が総州家の、南の高屋城が尾州家の居城であったのだが、両家の一進一退の攻防を象徴して、こちらでの拠点が入り組んでいるのだ」

 総州家の重臣だった木沢長政が高屋城に近い大平寺で三好長慶に討たれた。逆に尾州家の家老であった湯川直光が討たれた教興寺はそれよりも北に位置する。政元の禁足令により亡くなった場所から動けないのである。更に飯盛山城は三好長慶に攻め落とされてその居城となったので、長慶本人もそこで亡くなっている。しかも長慶より先に四弟の十河一存が病死し、三弟の安宅冬康に至っては長慶によって飯盛山城で殺害されているのだ。一存が亡くなってから長慶が亡くなるまで三年余り。三好家の急激な凋落が見て取れる。ちなみに一存の死ぬ前年には信長が今川義元を討ち取ってその名を上げている。

 そして飯盛山城と高屋城の間にある若江城は守護代遊佐家の城であったが、その没落後に三好最後の当主義継の居城となった。それを攻め落としたのが信長軍であった。

「厄介だな」

 信長軍が到着した時、飯盛山城は既にもぬけの殻であった。

「既に動き出しているのか」

「畠山兵はともかく、三好兵も居ないな」

「共闘しているのか、あるいは…」

「先に進もうではないか」

 その先の若江城は臨戦態勢にあった。実はこの時城に籠っていた三好家は寡兵だったので、一気に攻め寄せていれば全滅させられただろう。しかし信長は両畠山の決戦への介入を優先した。

 高屋城下で両畠山軍は対峙していた。

「まだ戦端は開かれていないようだが」

 攻め寄せた総州家軍が城の西側に展開し、迎え撃つ尾州家軍がその東側に陣取るので、北から駆け付けた信長軍は両軍の側面を突ける位置に有った。

「動けないのではなくて、動かない様だな」

 戦意が有るのは当主一族だけ。兵の方には長き停戦の間に厭戦気分が蔓延しているらしい。無理も無い、この世界では勝ったところで兵には何の利益も無いのだ。

 信長はその膠着状態を見て単独で前に進み出る。

「代表者同士の一騎打ちで決めよ。立ち会いは余が引き受けよう」

 と呼び掛ける。

 尾州家側から一人の人物が進み出てこちらに歩み寄ってくる。

「お久しぶりです。弾正忠様」

「確か左衛門督だったな」

 信長が上洛した際に河内南半を安堵した当時の畠山家当主秋高である。当時の信長はまだ正式な官職を持たず弾正忠と言うのは信長の家系が代々使っていた自称である。

「そなたが尾州家の代表か?」

「滅相も無い。それがしは家臣に背かれて討たれたものです。その器では有りません」

 と否定し、

「伯父上、畠山の当主となる格好の機会ですぞ」

 と声を上げる。

 それに引きずられて槍を持って出てきた武将が居た。

「伯父?」

「尾州家は代々劣勢で、祖父は淡路で亡くなったそうです。伯父は辛うじて高屋の城で往生しましたが、我が父などは紀州へ追われてここに居ません」

 秋高の兄高政は、将軍義輝が討たれた後、家督を弟に譲って義輝の弟一条院覚慶つまり後の義昭の擁立に邁進した。それが信長の上洛戦に繋がる訳だが、秋高が家臣に討たれた後、挙兵して敗れてやはり紀州で没した。

「総州家の方は、代表が居ないなら不戦敗とみなす」

 と右手を上げて攻撃の準備をさせる。

「出てきおったな、右衛門督」

 総州家側からも将が現れた。

「旧知の間柄らしいな」

 尾州家の代表は秋高の伯父右衛門佐稙長。対する総州家は右衛門督義堯。官職では総州家の方が完全に上位だが、義堯の方は一時期管領にも成った事が有るので、これは中央との距離の問題だろう。戦場では対峙した事のある両社だが、一騎打ちは当然初めての事だ。

「何とも盛り上らないな」

 互いに槍を振るって戦うのだが、慣れていないのが丸わかりで危なっかしい。だがそれを見ている兵士は、初めは失笑気味だったものの次第に声援へと変わってきた。

「これで無くては困る」

 兵士たちの支持が無ければ、どちらが勝っても纏まらないだろう。

 槍を激しくぶつけ合っているうちに、同時に取り落としてしまう。両者は拾おうとして躊躇い、腰から太刀を抜きあう。どちらも立派な鎧兜を纏っている為、中々致命傷に成る部位が無い。それでもでたらめに刀を振り回しているうちに紐に当たって、袖が外れ胴を失う。最後には兜が邪魔になって自ら脱いでしまう。

 そこからが悲惨である。互いに傷だらけなのだが、痛みを感じないので恐怖も無いらしい。片方の刀が中ほどから折れて、其れを見た敵が横に大きく刀を振る。それを避けようと後ろに下がった時に足がもつれて尻もちをつく。勝負あったかと思ったが、馬乗りに成ろうと近づいた時に脇差の一閃が襲う。

 片足を失って倒れながら刀をつっかえ棒にしようとしてそのまま一撃を与える。

「相討ちか」

 倒れた方も咄嗟に脇差を突き出して相手の首を薙いでいた。揃って灰に成る両者。

「尾州家には他に代表に成りうる者は?」

 と信長に訊かれ、

「居ませんね」

 と即答する秋高。

「では総州家を勝者とする」

 引き上げようとする信長軍に近付いて来る一団が有った。

「我らもお連れ下さい」

 尾州家の兵の内、秋高に殉じた兵を中心として総州家との融和を受け入れられない者たちであった。彼らは当然秋高の配下として信長軍に加わる事となった。


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