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久坂学園の十字架の間

作者: たかおみ

ーー十字架の間って知ってる?

ーー何それ?

ーー私もよく知らないんだけど………なんだって!


えー?!嘘ォーー!!と朝から華やかな声が教室に響く。

中高一貫全寮制の女子校であるここ久坂学園、創立150年の歴史を誇る、県内では言わずと知れたお嬢様学校ではあるが内実は日常に倦み刺激に飢え切った猛獣たちの溜まり場である。

小説のような胸踊る事件もなく、恋愛に走ろうとも出会いがない。そんな環境の中、身近に得られるスリルであるオカルトや怪談に走る者は一定数少なからず存在していた。

入学式の桜が散ってより3ヶ月。すでにこの後の規則に縛られた6年間の展望が見えてきた今、先輩から聞いた七不思議や七怪談などに入れ込む声はチラホラと、教室の隅や廊下で聞くことが多くなってきた。


その日、私は提出の遅れた課題を出すために北の端にある生物室を目指していた。

一日中降り続く雨のせいか、普段なら放課後でも明るいはずの廊下も若干暗く沈んで見える。

もう少しで教室に着く、という手前でふと立ちくらみがした。ザーッという雨の音がやけに大きく聞こえ、視界が灰色の砂嵐に覆われる。立っていられず壁にもたれて強く目を瞑って数秒、スッと霧が晴れるように痛みが引いた。

だが、目を開くとそこは先ほどまで歩いていた放課後の廊下ではなくなっていた。

窓ガラスの向こうには光を呑み込むような黒が渦巻き、非常灯の緑の光がポツポツと足元を照らす薄暗い通路が存在していた。

理解が及ばず数秒呆けて立ち竦む。ゾクリとした寒気が背筋を走り、ようやく感じ始めた恐怖に駆られて後ろを振り返ったが、そこは灰色の壁があるだけだった。

冷たくジットリと湿ったそれから背を放す。壁の中から蒼白く膨れた手が生え自分を引きずりこむ、そんな想像が脳裏をよぎり思わず離れたが、途端に心許ない感覚に襲われる。

前を見ると一本、緑の燐光に照らされた真っ直ぐな廊下が続いている。そしてよくよく闇を透かして目を凝らして見れば、廊下の先に扉のようなものが見えた。

数瞬、躊躇はあったがじわじわと忍び寄る恐怖に脈絡の無い怒りも覚え、この異常な空間から早く脱出したいという一心で足を進めた。

濡れているのか歩くたびにピチャピチャと音がする。振り返ると一歩後ろまで黒に沈んでいる通路や、覆いかぶさるようにそびえる壁に残る引っかき傷のような跡について、努めて考えないようにしながら無心で足早に歩く。

上靴の先に水が染み込み、足先が冷たく湿ってきた頃、扉の前に着いた。

扉は教室にあるようなドアとは異なり、鉄製の重厚なものだった。

この先にはきっと見てはならないものがある。そう強く予感しているにも関わらず、まるで催眠術にかかったかのように腕が勝手にノブへと伸びる。

目をつぶり開くな開くな開くなと念じるも扉に鍵はかかっておらず、ノブを回すと鉄の匂いを大気中に漂わせながらギィイと軋んだ音を立てて開いた。

薄眼を開けてドアの隙間から中をうかがう。

青白い蝋燭の灯りに照らされ晒された室内を見た瞬間、思わず喉から悲鳴が漏れた。

教室と同じ程度の広さがある空間だったが、内装は大きくかけ離れ凄惨さを極めていた。

壁一面に掛けられた十字架に磔になっていたのは揃いの制服を身につけた女生徒達だった。一つだけ、上からへし折れている十字架があり、全員が張り付けられている中そこだけがポッカリと空洞となっている。

絵画のように縄を打たれ釘を打ち付けられた手足は痛々しく、彼女達の顔は苦悶に歪んでいた。

しかし私が悲鳴をあげると磔にされた少女達が一斉に目を見開いてこちらを凝視した。

その真っ黒な口が開くーーそれを最後に記憶が途切れた。


気が付けば私は壁にもたれた状態で廊下に立っていた。

戻ってきた、と思うのと同時に震えが止まらない。あの痛ましい光景が目から離れなかった。 何故彼女達は磔にされていたのだろう。それにあの制服は時代による変化はあれど、確かにこの学校のデザインだった。彼女達は何を伝えたかったのだろうか。あの場所はなんだったのか。

私には何一つ分からないがあの囚われた彼女達が一刻も早く解放されることを祈るばかりだ。



「私もよく知らないんだけど、今まで学校で行方不明になったセンパイ達は皆そこからずーっと出られないんだって」

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