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夢紫苑

作者: 猫神 遊

 環境が変化すれば、生物は適応する。それは、自然の摂理。揺るがぬ理。

 だが、それは『群』として見た生物の話だ。『個』として見た生物は、果たして本当に変化に適応しているのだろうか。

 きっと、おおよそはそうなのだろう。『群』が『群』として保てる程度の大多数は、適応できる。できてしまう。

 では、『おおよそ』に含まれなかった少数の『個』はどうなるのか。存在していたはずの、『適応できなかった個』はどうなるのか。それも、自然の摂理は定めている。すなわち『淘汰』。適応できない生物に、自然は——世界は、簡単に牙を剥く。

 そうして世界は、『そこでしか生きられなかった』存在を取り残して、置き去って、また変化を続ける。それもきっと、理だから。


===


 目を覚ます。時刻は——目覚ましの鳴る十分前。二度寝は無理か。大人しく起床し、洗面所へ。冷水で顔を洗って、台所に向かう。朝食は……パンでいいか。菓子パンのストックを適当に漁って、適当に頬張る。その間に冷蔵庫から牛乳、棚からコップを取り出して飲み物の準備。どうせ一人暮らしなのだから、紙パックから直接飲んでも良いのだけど、昨日の夜にサボった分の皿洗いがあるのだからコップ一つくらい増えても変わらない。朝食を食べ終えたらとりあえず歯磨き。そして皿洗い。弁当を作る気力は無かった。皿洗いまで終えて、ようやく服を着替え始める。そろそろ家を出る時間か。気持ち程度に忘れ物を確認して、鞄を背負い、家を出た。


「おはよう、コウタ」

「ああ、おはよう。シオン」


 家の前には、いつも通り彼女がいた。


===


「コウタは今日も学校に行くんだね」

「できることなら行きたくないけどな」

「可能か不可能かで言えば、行かないことは可能だと思うけど。もう義務教育じゃあないんだしさ」

「んー……サボる勇気がねえ」

「だろうね。知ってる」

 学校に着くまでの間の他愛のない会話。いつも通りの会話。

「私が魔法を使えるって言ったら、驚く?」

「シオンが今更何を言い出しても驚かねえよ」

「じゃあコウタが実は魔法を使えるって言ったら、驚く?」

「それはめちゃくちゃ驚くな。何、俺魔法使えたの?」

「使えるわけないでしょ。頭大丈夫?」

「予想外の罵倒を受けた……」

 シオンが言い出した話なのに、嬉々として罵倒してくるのは何かが違う気がする。気がするが、まあシオンなのだから仕方が無いと諦める。

「それで、私って魔法使えるじゃない?」

「その話まだ続くの。え、てか自分は使えるとか言っちゃうの」

「事実使えるのよ。見てなさい。……『貴方は段々私の言うことに逆らえなくなーる』」

「それは魔法じゃなくて催眠術だろ」

「似たようなものでしょう。ほら、『貴方は段々、学校をサボって、私と一緒に遊びに行きたくなーる』」

 なるほど、どうやらシオンは遠回しに、今からどこかへ遊びに行こうと誘っているらしい。

「『すぐそこのゲーセンに行きたくなーる』」

「はぁ、わかったよ。行ってやる」

「お、やった。まあ、魔法使いにとってはこの程度造作もないこと……」

「調子乗ってると行かねえぞ」

「ごめんって。ほら、行こう?」


===


 平日のこんな時間だからだろうか。ゲームセンターの中は機械の出す雑多な音で騒がしいものの、人の気配は一切感じられなかった。

「私が人払いしといたんだよ」

「……ご苦労」

「上からだねぇ……。お金払わずに貸し切り! もっと喜ぼうよ」

「ゲームそのものは金払わねえとできねえけどな」

 そんな会話をしながら、適当に店内を二人で歩き回る。

 正味な話、俺はゲームセンターという場所にさして興味があるわけではないし、何度かシオンに連れられて来ているものの、その楽しみ方はイマイチわからなかった。

「ねえねえコウタ、このぬいぐるみ取ってよ」

「自分で取ればいいだろ」

「ふっふっふー。何を隠そう、私は財布を家に忘れて来ている!」

 ただ、こうして無邪気にはしゃぐシオンの顔が見れるから、ゲームセンターは嫌いではないのだ。

「はあ、仕方ねえな」

「やったね。さすがコウタ。世界一ちょろいや」

「金出さんぞ」

「ごめんなさい嘘です。コウタ様は最高です大好きです愛してます」

 そう言っておけば許してくれるんでしょう? とでも言いたげな風体でシオンに愛を囁かれるも、どうやら拒絶することはできないようで、結局俺は財布を出して、ぬいぐるみとにらめっこをすることになった。


===


 ゲームセンターを出ると、空が橙に染まっていた。

「あれ、もうこんな時間か」

「うん。いっぱい遊んじゃったね」

「俺の金でな」

 今から学校に向かうという選択肢は、部活に所属していない俺とシオンには当然無く、二人で帰路に就く。

 特に会話も無く、帰路の別れる交差点に到着した。

「また明日な」

 そのまま別れの挨拶を告げ、自分の家に向かおうと——


「……明日は、無理だよ」


 したところで、シオンのか細い声が鼓膜を震わせる。

「無理?」

「無理なの。あなたの明日に、私はいないから」

「……は?」

 意味が、わからない。

 ただ、その台詞を吐いたシオンの表情は真剣そのもので、今までのような戯言ではないことは明白であった。

「コウタには、全部話すね。——そろそろ、おはようの時間だもの」


===


 夢。

 人間が睡眠中、不随意で脳内に構築する想像領域。

 それがこの世界であると、シオンは語った。

「そして、私はその夢の中にだけ住まう住人」

「そんなこと……信じられるわけねえだろ」

「思い当たる節は、あるでしょう? コウタは今日、何をしたの?」

「今日は、朝起きて——そうだよ。俺は今朝、起きたんだぞ? おかしいじゃねえか」

「おかしくないよ。この世界は、『そういう風に』コウタが創ったんだから。シオンという存在も、コウタが創り上げた虚構でしかない」

 そう言われてしまうと、論理的に否定するのは至難の業だろう。人智を超えた視点を持たない限り、その言葉の真実はわからない。

 だが、目の前でそれを語る彼女が、現実の存在ではないと言われ、はいそうですかと納得できるわけがないのも当たり前のことだろう。

「信じられないって顔してるね。……じゃあ、コウタは今日、私と会ってから何をしたの?」

「何をって……わかってるだろ。適当に会話して、学校サボるって話になって、ゲーセンに行って、遊んで……遊んだ、よな? UFOキャッチャーで、ぬいぐるみを、取った……のか?」

「取ったのなら、そのぬいぐるみは手に持っているんじゃない?」

 言われて初めて、手にぬいぐるみの入った袋を提げていたことに気付く。

 これを、持っていた? 俺が? ずっと?

「コウタは、そのぬいぐるみをどうやって取ったか、思い出せないでしょう?」

「それは……」

「だって、コウタはぬいぐるみなんて取ってないもの。遊ぼうとした次の瞬間は、帰り道に継接ぎされていたの。……何時間ゲームセンターにいたか、覚えてる?」

「覚えて、ない」

 思えばそれ以外にも、おかしな点はいくつもあった。

 何故早朝からゲームセンターが開店していたのか、とか。何故この世界では、シオン以外の人物を見かけないのか、とか。

 考え出したらキリが無いほどに、この世界は違和に包まれていた。

「そして、この世界ももう終わり。現実に朝が来て、コウタが目を覚ませばそれだけで跡形も無く消え去るの」

 それが真実ならば、確かにここでのシオンとの別れは、今生の別れとなってしまうのだろう。

「だから、さよならだよ。コウタ。仮初めの世界でも、楽しかった」

 それでも俺は、『僕の夢でしか生きられなかった』彼女を取り溢して、忘れ去って、新たな一日を過ごしたくはない!


「それなら! 今日を終わらせなければいい! 俺が目を覚まさなければいい! 俺はここで、この世界で、シオンと一緒に生きたい!」


「コウタ……」

「だ、から……シオン、いっ、しょに……」

 だがそれでも、世界は個人の意思を尊重してはくれないようで、俺の意識は次第に闇に呑まれて行った。


===


 目を覚ます。時刻は——目覚ましの鳴る十分前。二度寝をする気分にはなれない。大人しく起床し、洗面所へ。冷水で顔を洗って、台所に向かう。食欲は無かった。皿洗いも後回しでいいか。弁当を作る気力も無い。服はさすがに着替えなければならないだろう。気持ち程度に忘れ物を確認して、鞄を背負い、家を出た。


 家の前には、いつも通り誰もいない。


 俺は、そこでしか生きられなかった『シオン』を取り残して、置き去って、また変化を続けてしまった。

 それでも、ただの空想だったとしても、君は本当だったから。


「忘れてないよ。忘れない」


 庭の紫苑が、風に揺れた。

ふと、自分には幼馴染がいたのではなかったか、という気分になることがあります。——はい、頭がおかしいだけでした。


初めましての方は初めまして。そうで無い方はお久しぶりです。猫神遊です。


今作は、私の過去作(未発表)『人夢桜』を短編の形に落とし込んだものです。人夢桜の方も気になるなぁと言っていただけたらいずれ(きっちりと推敲をしたのちに)公開するやもしれません。


それでは読んでいただきありがとうございました。次の機会があれば、またお時間を割いていただければと存じます。

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