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8・炎の料理教室

 翌月曜日。ファストフード店に行けば颯斗くんがいる曜日だが、私は行かなかった。今日行ってもうまく話せないし、中途半端になりそう。まずは自分の気持ちを固めないと。その間に、颯斗くんに嫌われていたら、それはそれで仕方ない。

 駅前ビル一階のスーパーの入り口では、バレンタイン特設コーナーがある。平日の昼間はさほど賑わっていないので、じっくり選べる。

 手作りコーナーを覗くと、板チョコはもちろんのこと、混ぜて焼くだけでできるキットも揃っている。ラッピングも揃っている。

 そういえば、好きな人にチョコを作る経験は初めてだ。

 どうしよう。颯斗くんはお菓子作りが好きなのだから、そういう簡易キットの味はバレるだろうか。

 板チョコはあっても困らないよね、とカゴに入れていく。製菓用は高い。

 悶々と思案していると、背後に人の気配がした。邪魔だったかと体をずらしながら振り返ると、思わず「うわっ」と声をあげてしまった。

「何よ、「うわっ」って。失礼ね」

 料理教室の火野さんが、大きな体をねじ込ませ、狭い棚の間に立って私を見つめていた。真顔で見下げられて驚くなという方が無理である。

 あれ、今日はノーメイクなのか。この間見た時より目力が弱い。

「すいません、つい」

 気持ちのこもらない謝罪をスルーして、火野さんは商品棚と、私の買い物カゴの中身を交互に見た。

「香菜ちゃんったら、颯斗ちゃんにプレゼントするつもり?」

 この間は一岡さんだったのに、いつの間にか下の名前呼び。いいけど。

「そう、ですけど」

 馬鹿正直に答えてしまう。バカにされそうで、答えてすぐ憂鬱になった。火野さんは「ふむ」と頷いて、私をじっと見た。

「あなた、このあと暇?」

「え、あ、はい。暇です」

 ニートなんで、と心の中で付け加える。すると火野さんは「よっしゃ」と低めの声で呟き、私のからっぽのカゴに材料をぽいぽい入れ始めた。何か言い返そうと思うものの、重くなるカゴと勢いのいい火野さんに圧倒され、口答えは許されない雰囲気だった。

 しかも、チョコレートはこのコーナーの一番高い製菓用だった。こちとらニートやぞ! とは言えない。

「ウチのキッチンで、即席料理教室よ。材料は自腹でね」

 うふ、とウインクをして、また材料を入れていく。はい、買ってこいとレジへ連行された。

 材料は自腹ということは、教えてもらうのは無料なのかな、ラッキーと思いながら支払いをする。いや、材料買わされるのはラッキーじゃない。

 でも、その思いはすぐに裏切られた。

 キッチンスタジオへ移動したら、またふりふりエプロンをつけて料理開始。火野さんの熱量は、先日の教室とは比べ物にならなかった。

「へたくそ! 湯煎をしているチョコの中にどばどばお湯を入れない!」

「はいぃ!」

「おバカ! アーモンドパウダーとココアを振るってって言ってるのに空に舞ってる量の方が多いじゃない!」

「すいません!」

「どあほう! メレンゲができる前に卵白がボウルの中から消え失せてる!」

「善処します!」

「ガサツな女ね!」

 厳しい。言い方がきつい。ぜったいにこの料理教室には通わないぞ!

 なんとか完成したのは、ガナッシュクリーム入りのマカロンだった。淡い茶色の可愛らしいお菓子だ。

「私にもこんな素敵なお菓子が作れるだなんて、感動」

 料理が好きな颯斗くんの気持ちがわかった。感動する私に、火野さんは満足気に頷いた。

「あたしもすっきりよ。言いたいこと言わせてもらったしね」

「言いたい事?」

 甘い空気ばかり吸って、少し酔ってしまったみたいな頭で聞き返す。火野さんはうふふ、と笑ってコーヒーを淹れてくれた。二人で調理台とは別のテーブルに着き、座って試食することになった。

 ふう、とコーヒーを飲むと、火野さんは両手で頬杖をついて上を見た。

「こういう仕事だと、どんなにヘタでも「へたくそ」とは言えないのよ。毒舌キャラを売りにしてもいいかと思ったけど、キャラというより、ただの性格の悪いオンナになりそうだったしね」

 性格が悪いのは本当だからでは、と思ったけれど、言わなかった。タダで教えてもらって言う言葉ではない。

「その憂さ晴らしに、私は選ばれたと?」

 肩をすくめ、火野さんはうふ、と微笑む。

「そういうこと。いじめがいがありそうだし、話を誰かに聞いて欲しそうだったしねぇ」

「あ、バレましたか」

「チョコレート売り場で、あんなに眉間にシワをよせてため息ばかりついてたらね」

 こういう人って、洞察力に優れているのはなんでだろう。一度教室に行っただけの私のフルネームを覚えているし、賢い人は怖い怖い。

「見たところ、香菜ちゃんは颯斗ちゃんよりだいぶ年上よね?」

「童顔だから若く見られるんですけど、わかります?」

 うーん、と火野さんは目を細めて「二十五、六歳ってとこかしら」と当てに来た。

「あたりです。だから自信なくて」

「あらどうしてよ」

 私はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて、一口飲んだ。苦いけど、ようやく最近飲めるようになった味だ。颯斗くんはきっと、飲めない。

「十八歳からしたら、二十五歳の女っておばさんじゃないですか。性別が逆ならともかく」

 マカロンを口に入れる。この間のガトーショコラは、家に帰ったらカチカチになってあまりおいしくなかった。けれど、このマカロンは出来立てを考慮しても買ったもののような味がした。

 つきっきりで教えてもらったというのもあるだろうけれど、腕があがったのかと自分を認めたくなる。こうして成果が目に見えてわかるっていいな。成功体験というやつか。

「そうね。颯斗ちゃんが二十五歳の時、あなた三十二歳だもの。将来を考えるお年頃にしたら、気になるわね」

「その通りです」

 口にだしたら、また気が重くなった。今はたまに話して、ちょっとデートして。それだけの関係だから、今引き返せば傷が浅くて済む。うしろ向きな私が顔を覗かせたまま、帰ろうとしない。

「それと私、ニートなんです。資格を取ろうと思うけれど、私の能力とやる気で取れるレベルの資格なんて、あってもなくてもいいようなものばかりで。だからって、学校に通う気力もないんです」

 話せば話すほど、未来ある若い男子と付き合いたいなどと思う自分が、いかに不遜な考えをしているかわかってしまう。

「なるほど。で、私には好かれる価値がないわーと思ってるんだ」

「そういうことです。顔が可愛いとかスタイルがいいとか、そういうのもないし」

「ブスってわけでもないけどね。普通の外見にしおれた中身ってところか」

 ブス、と面と向かって言われドキッとする。そこまで正直に言う人にはなかなか出会えない。

「いいわねぇ~青春の若い悩みって感じ!」

 映画を見て感想を言っているみたいなノリで言われても、こっちも真剣なんだ。私は不服に思い、反撃してみる。

「火野さんの恋バナも聞かせてくださいよ」

 うへぇ、とわざとらしい声を出して、火野さんは顔をしかめた。

「まぁ、あたしも話したいオトシゴロだったから、ざっくばらんに言っちゃう。こんな見た目してるけど、あたしは女の子が好きなのよ。戸籍の性別通りね」


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