赤ちゃんと花の精
レースに縁取られた白い絹の布団から、ほっぺの赤い、小さな顔がのぞいていました。それは、生まれたばかりの赤ちゃんでした。ふつう赤ちゃんは、元気よく泣くものですが、その赤ちゃんは悲しそうにしくしく泣いていました。それを見たタンスの上に飾られている花たちが、心配そうに話していました。
「ほら見て。かわいらしいほっぺが涙でぬれているわ」
「ほんとね、いったいどうしたのかしら」
「僕が聞いてきてあげるよ」
花の中から、蜜をたっぷり吸っておなかがいっぱいになった花の精のポランが飛び出て、赤ちゃんのほっぺにとまりました。
「どうして泣いてるの」
すると赤ちゃんは、泣きはらした目をしていいました。
「わたしのかわいい木馬のメリーが、あたしが生まれる前いつも一緒にいたのに、あたしが生まれちゃってひとりぼっちになっちゃったの。いじめられてごはんも食べていないんじゃないかと、かわいそうで泣いてるの」
「それはかわいそうだね」
ポランは、眠そうにいいました。
「花の精さん、アシタ草っていう、食べても食べてもすぐ生えてくる草が、水晶星の所に生えているの。その草を取ってきて、メリーに与えてちょうだい。お願い」
ポランは、びっくりしてほっぺから落ちそうになりました。
「え?あの草は、今まで誰も取ったことがないんだよ。心が水晶のように澄んでないと、取れないんだ」
ポランは、困ったように赤ちゃんの周りを飛んでいましたが、決心していいました。
「よし、取ってきてあげるよ」
ポランは赤ちゃんの上で三回転すると、ちりんと音を鳴らして、ぱっと消えました。ポランは赤ちゃんの記憶をたどり、木馬のメリーのそばに降り立ちました。メリーは、周りの草をほかの強い木馬たちに食べられてしまい、おなかをすかせて鳴いていました。
「メリー、こんにちは。君の友だちが心配してるよ」
「ほんとう?僕は大丈夫だよ」
「そんなこといったって、きょうは何にも食べてないんじゃないのかい?」
「草の根っこを掘って、ひとつ食べたよ」
メリーはうなだれていいました。
「待っておいで」
ポランはそういうと、ちりんと音をたてて消えました。そして、水晶星の所に来ました。そこには、食べても食べてもすぐ生えてくるアシタ草が風にゆれていました。ポランが手を出して取ろうとすると、不思議なことに、透明の壁に手がぶつかり、どうしても取ることができませんでした。ポランは悔しくて、目に見えない壁をげんこつで叩きました。すると、アシタ草の番人である銀色の天使が現れ、あきれたようにポランにいいました。
「またか。今まで誰もこの草に触れたものはないのさ。お前が取れるわけないだろう」
ポランは、やせほそった木馬のメリーを思い浮かべました。メリーは、自分がおなかをすかせながらも、友だちの赤ちゃんのことを心配していたことを思い出しました。そして、赤ちゃんが、自分が生まれた幸せよりも、かわいがっていたメリーのことを思って泣いていたことを思い出しました。ポランの目に涙があふれました。今までこんな悲しくなったことはありませんでした。アシタ草のそばで、いつまでもいつまでも泣いていました。銀色の天使は、おもしろそうに見ていました。
「そろそろあきらめて帰ったらどうだい。心を洗って、出直してきなよ」
銀色の天使があくびをしながらいいました。そのとき、ポランの手に柔らかいものが触れました。いつのまにか、ポランは、アシタ草をつかんでいたんです。
銀色の天使はびっくりして、ポランにていねいにおじぎをしました。
「失礼したね。きみの心は水晶のようだ」
ポランは一目散に木馬のメリーの所に戻り、その草をメリーのそばに植えました。メリーは、むしゃむしゃとおいしそうにその草を食べました。すると、すぐにまた草が生えてくるのでした。夢中で草を食べるメリーを見て、安心してポランは赤ちゃんの部屋に戻りました。そして、赤ちゃんに、ちゃんとメリーにアシタ草をあげてきたよと告げました。もちろん、簡単にアシタ草は取れたさ、と得意そうにいうのを忘れませんでした。赤ちゃんはとても喜び、きゃっきゃっと笑いました。
「ほら、初めて笑ったわよ。あのかわいい顔を見てごらん」
「花の精さん、ご苦労様でした。さあ、蜜をたっぷり吸ってくださいな」
花たちは喜んでいいました。ポランは花びらに腰掛けて、赤ちゃんの元気な笑い声を聞きながらゆっくりと蜜を吸い始めました。