第7話 特別な存在
まるで、ぬるま湯の中にいるようだ。
暖かくて心地よいそんな中を漂っている。
あぁ、これはきっと夢の中。
だって私は知っているから。
現実は、もっと、残酷なんだ。
「…い、おい。おい!」
重い瞼を開けると、覗き込むアオのフワフワの耳が眼前にあった。
「こんな所で何寝てんだ、阿呆。」
「ふぇ」
もう日暮れのようで、辺りはオレンジ色に包まれている。広大な庭の草むしりを言い付けられてから5時間程経過していた。どうやら私は庭の木陰で寝てしまっていたらしい。
だって何だかすごく眠いんだ。
「アオ、眠い」
「おい、アオ様と呼べ」
「眠いよ」
「っ、おい!」
とてつもない眠気に襲われて、私はまた目を閉じる。
今度は心地よい感じじゃない、寧ろ気持ちが悪い。何かに探られているような覗かれているような感じがする。
前身をなにかが這い回っている。
息苦しい。
黒くて大きな闇が迫る。
居た
居た
やっと、見つけた
アオイ
「…目が覚めましたか?」
お香の香りがする。見上げると悠禅がこちらを見下ろしている。
「あれ、ここ…」
「店の中ですよ、葵くん庭で寝てしまったようですよ。」
「え、すいません。私は何で庭なんかで…」
「疲れていたのでしょう」
「そう、でしょうか…」
「おや、本当に顔色がよくありませんね。」
「すいません、ちょっとおかしな夢を見てしまったので」
「夢ですか」
「黒い闇がずっと追いかけてくるんです。凄く怖くて逃げても逃げて追いかけてくるんです。」
「今日の瘴気に、あてられたのでしょう。使ったのでしょう?あの香を。」
そうだった、私が勝手に持ち出してしまったのだ。
「すいません、私勝手に…」
悠禅がそっと葵の頭に手を乗せた。どうやら怒ってはいないようだ。むしろ優しい手付きだった。
「あれは特別な人にしか扱えないものなんです。だから、アオさんの話を聞いた時は驚きました。」
「どういう事ですか?」
「あなたが、特別な存在だと言うことですよ。ここへ連れてきたのも、あなたが特別だからです。ねぇ、アオさん。」
悠禅が呼ぶといつの間に現れたのか、先程見た猫耳美人がフワリと悠禅の隣に降り立った。
「悠禅、お前何を考えている」
何やら苛立った様子のアオ、いつも通り微笑んでいる悠禅。取り残されている私。
「アオって、アオ様って一体何者?」
「アオさんは、私の式神ですよ。」
何だか急に異世界っぽい話になってきたぞ。悠禅によると、こちら側では大体の人間が一人一体の式神がついているらしい。それは個人の力や能力によって多種多様な者が居るそうだ。
「という事は、私にも式神いますか?!どうしたら呼べますか?!」
「さぁ、どうでしょう。葵くんはイレギュラーですからね。自分の心に語りかけてみてください。答えてくれますよ。」
どういう事か分からないが、見様見真似でやってみる。式神、式神さん…いますかー?どこにいますかー??
すると、夢の中で聞いた声が脳内に響いた。
〝やっと、呼んでくれるのね〟
突然、うさぎの耳当てが光り出す。それは次第に人の形へと変化し葵の眼前へと舞い降りる。
突然、私の目の前に可愛らしいうさ耳幼女が現れた。薄桃色のツインテールに赤い目、愛くるしい顔をした女の子が目を潤ませながら私を見上げている。
「葵、やっと呼んでくれたね!君の式神、モモだよ!」