第5話 初めてのお客さん ⑵
久しぶりの投稿です。時間が出来たのでコツコツ頑張ります。
あるところに一人の女がおりました。
女は早くに父を亡くし、大変貧しい家に育ちました。
それから頃くして、女の母も死にました。
女は一人になりました。
女の願いは只の一つ。
幸せに。
只、一度だけ。
幸せに。
女は、一人の男と出逢いました。
男は優しく、易しく。
女は魅入られ。
二人は恋仲になりました。
女は幸せになりました。
ある日、男は女に夫婦になろうと言いました。
女は、嬉しくて嬉しくて。
泣いて泣いて泣いて。
泣いて悦びました。
男は続けて言います。
その為にお金がいる、と。
明日から身売りに行け、と。
夫婦になるために、幸せになるために。
「愛しているよ」
男は優しく囁きます。
女は泣きます。
嬉しくて、嬉しくて。
二人で幸せに。
貴方の為に。
女は決めました。
“鬼”になる、と。
女の願いは只の一つ。
幸せに。
只、一度だけ。
幸せに―――――・・・・・
「そんなある日、女は二人で稼いだ金と共に突然姿を消しました。男が女を見つけたとき女は既に死んでいました…てな。まぁ良くある話だろ。」
「…酷い」
「あぁ、何とでも言えばいい。俺は金さえ手に入れば何だっていいんだから。」
言いながら男は胸ぐらを掴んでいた手を離しお香から立ち上る白煙を覗き込む。
花子さんはきっと分かっていたんだ。この男がろくでもない奴だってことに。それを無視して自分勝手な行動に出た、なんて愚かなんだ、私は。
私は悔しさに奥歯を噛み締めた。
お香の中に1人の女が浮かび上がる。
男に気付くと女は俯き加減だった顔を上げ、そっと男に手を伸ばす。
男は貼り付けたような笑みを浮かべ女に笑いかけた。
「あぁ千代、やっと逢えたね。さぁ、俺に金の在り処を教えておくれ!さぁ!」
女は美しい顔をしていた。
しかし次の瞬間、女の顔からポロリと何かが落ちた。それは、女の眼球だった。右目、左目、次いで眼球の抜けた空洞の両眼は釣り上がり薄い唇は裂けて鋭い牙が突き出した。黒く艶やかな髪は抜け落ち、額には黒々とした二本の鋭利な角が皮膚を突き破り現れる。女の口からは地獄の底から響いているような禍々しい音が唸り声となって溢れていた。
「ひぃっ?!」
男が悲鳴を上げて後ずさる。
貴方ヲ、信ジテイタノ
愛シテイタノ
何度ウラ切ラレヨウトモ
二度トアエナイト思ッテイタ、アイシテイルワ
貴方ヲ愛し鬼ニナッタ私ヲ、
愛シテ、クレル?
地の底から響くような声で男に語り掛ける女に、男は青ざめた顔で腰を抜かしている。
「ひっ、寄るな化け物!!誰が、てめぇ何か!!てめぇは金さえ用意してればよかったんだよ!!それを勝手に持ち出して死にやがって…いいからさっさと金を寄こせ!!化け物がぁ!!」
男がそう言い放った瞬間、空気が凍り付くのを感じた。
地の底を這いずり回るような音が谺響する。
霧の色が赤黒く変色し辺りを包む。その霧のなかから赤い腕が延びて男の首を掴みあげた。男は苦しみ白目を向いて藻掻く。
アイシテイルワ
ダカラ一緒二逝キマショウ
コレでヤット一つ二ナレル
あァ、嬉シイ
フフフフフフフファァァァ゛
男はもうピクリとも動かない。
赤黒い霧の中に引き摺り込まれる男、それを止める術を私は知らない。黒い霧が私の身体にも迫って来る。
怖い。恐怖で声も出ない。死を、覚悟する。
「全く、この阿呆めが」
聞き覚えのある声がして、身体が宙に浮く。
ふわりと長い黒髪が視界を遮る。
軽々と私の身体を抱えてその場を飛び退いたその人物はとても綺麗な青い目をしていた。