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リム  作者: 愛猫
第1章
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第3話 メイドの花子さん

窓の外を流れる景色はいつもと何ら変わりなく、信号もあれば人も居るありふれた見馴れた景色だ。じっと外を眺めていると自分が今何処にいてどんな状態なのか忘れてしまいそうになる。運転する父と助手席に座る母の姿が、今ここに居るアオと悠禅の姿と重なって見え、忘れていた気持ちを誤魔化すようにその光景から目を逸らした。

車は人混みを抜け狭い路地に入る。高級車に傷でも付くんじゃないかと冷や冷やしたが、悠禅の運転テクニックは相当いいようだ。すんなりと道を進んでいく。

狭い路地を抜けると少し開けた場所に出た。そこは行き止まりになっていて、ぽつんと一件、あの古びた店が建っているだけだった。前回来た時は憔悴しきっていて建物の外観などは余り覚えていない。



“香屋”



入口の暖簾には達筆な文字でそう書かれている。奥には手入れの行き届いた庭が見え、案外歴史のある店なのかと関心した。

悠禅は店の前の砂利道に車を止める。


「さぁ、着きましたよ。いきましょう。」


悠禅に続いて車を降りるアオ。親切にも後部座席のドアを開けてくれる悠禅に会釈して、私も車を降りた。

店の前に近づいたところで、引き戸が自然に開く。自動ドア、ではないようだ。

そこには可愛らしいメイド服に身を包んだ女の子が深々と頭を下げて立っていた。


「悠禅様、アオ様、お帰りなさいませ。」


何故、メイド服。

最初にそう思った。

和風な作りの店に不釣り合いなレースのエプロンとミニスカートに身を包む華奢な女の子だ。女の子は眩しい程輝く笑顔で顔を上げた。背は私より少し高いくらい、紛うことなき美少女だ。


「ただいま、花子さん。」

「…あら?そちらの方は…」


可愛いらしく小首を傾げる可愛らしい花子さん。もし生まれ変わるならこうなりたかった。


「あぁ、悪い伝えていなかったね。この子は、葵くん。知り合いの子でこれからしばらく家で面倒みる事になったんだ。葵くん?こちら、バイトの花子さん。」


大きな手で悠禅が私の頭を撫で回す。擽ったさと照れくささでちょっとたじろいだ。


「………そうでしたか。花子と申します、宜しくお願い致します。可愛らしい方ですね。」


一瞬、花子さんの表情が曇った気がするがきのせいか。また深々と頭を下げる花子さんにつられて私も頭を下げた。


「少し奥に篭る。悪いけど、葵くんの事お願い出来るかな?」

「はい、お任せ下さい。」


花子さんは悠禅の足音が聞こえなくなるまで深々と頭を下げていた。足音が聞こえなくなるとゆっくりと顔をあげこちらを見る。そこに、先程までの可愛らしい笑顔は無かった。


「悠禅様はお優しいお方です。ちょっと頭撫でて貰ったからと言って調子に乗らないで下さいね。これだけは言っておきます、悠禅様はボクのものです。悠禅様の言いつけですのであなたのそのみすぼらしい頭と服をどうにかして差し上げましょう。悠禅様がお手を触れた感触を忘れて頂くために念入りに洗って差上げます。血が出るほどに。」


真顔で見下ろしながら、美少女は一息にそう口にした。


「まずはそのみすぼらしい頭と身体をどうにかして差上げます。どうすればそのようなふざけた頭になるのか理解しかねますが。」

「これは、悠禅が…」

「なんと斬新かつ計算された髪型なのでしょう。やはりそのままの髪型がお似合いです。しかしボクは悠禅様がお手を触れられたのが気に食わないのでやはりスッキリばっさりどうにかさせて頂いてもよろしいでしょうか。」


やばい。

この子はやばいかもしれないと本気で思った。悠禅のことになると前が見えなくなるらしい花子さんはいつの間にか用意した着替えとバスタオルと鋏を持ち私を浴室へ押し込んだ。


「ひ、一人で入れます。」


タオルで身体を隠す私を見て、花子さんは顔を顰めた。


「子供が何を恥ずかしがって居るのですか。面倒なので序に髪も切りそろえましょう。」


そう言うと私が握りしめていたバスタオルを思い切り剥ぎ取ってしまった。驚きと恥ずかしさで声も出せない私を無視して、花子さんは私をバスタブへ投げ飛ばす。

泡だらけで顔を上げると、目の前には無表情で立つ花子さん。

その手には何故か頑丈そうな金たわしが握られている。

何処から出したの?


「は…花子さん…?」

「さぁ、悠禅様に触れられた場所を全て教えなさい。綺麗さっぱり洗って差し上げましょう。あぁ、あなたが男の子で安心致しました…もし女の子ならそのお顔から足の先まで跡形もなく切り刻んでしまいそうでしたもの…」



浴室に、絶叫が木霊した。






「出来ました。」

「…すごい。」

「悠禅様の素晴らしいカット部分に合わせて切り揃えただけです。全ては悠禅様のお陰です。」


金たわしの悲劇は私の記憶に深く爪痕を遺したが、みすぼらしい頭がものの数分で整えられたことに感嘆する。着替えに用意されていた緋色の着物もいつの間にか綺麗に着付けられている。メイドスキル、凄すぎる。


「この女々しい耳あてはあなたの私物ですか?捨てますか?」

「いや、選択肢を下さい。捨てませんよ大切なものです。」


そう言って、私は花子さんの手から耳あてを取り返し装着した。耳あてを守るように両耳に手をあてる。そうこうしているうちに、奥の方から物音が聴こえてきた。


「おや、さすが花子さん、完璧ですね。葵くんもよく似合っていますね。」

「悠禅様にお褒め頂けるとは光栄の極みです。」


そう眩しい笑顔で答える花子さんは先程とはまるで別人だ。


「葵くん、これからのことについて話したいのですが…来たばかりで悪いけどよろしいですか?」

「は、はい!よろしくお願いします!」


花子さんの痛い視線を感じながら悠禅について部屋の奥へと向かう。


「これからの葵くんのことですが、とりあえずこの店で預かるということでよろしいですか?」

「あ、す、すいません…何も考えていませんでした…私こんなにお世話になってしまって…」

「私が貴方を連れてきたんですから、何も気に病むことはありませんよ。まぁ、葵くんが良ければの話ですが…」

「すみません、寧ろ私の方がお願いします。ここに置いて頂きたいです。でも、何もせずここへ置いてもらうのは申し訳ないので…私もこの店のバイトとして雇って貰えませんか?」

「しかし…」

「これまでの恩を悠禅に返したいんです、お願いします!」

「…そう、そこまで言うなら、よろしくお願いしますね。」

「はい!」


とりあえず衣食住を確保出来たので一安心だ。いきなり路頭に迷うのは御免被る。


「見ての通りこの店はお香の製造、販売をおこなっています。分からないことは花子さんに教えてもらってね。」


花子さんお願いしますね?と悠禅が言うと、いつから居たのか私の真横に立っていた彼女は深々と頭を下げた。


「悠禅様の仰る通りに…分からないことは何でも聞いて下さいね、葵さん?」


笑顔が逆に恐怖を増長させる。

背すじを冷たい汗が流れた。

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