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リム  作者: 愛猫
プロローグ
1/9

日常よこんにちは、さようなら 前

死、とは



空気のように四六時中己の身にまとわりついて



ずっとずっと、そこにいて



そのときが来るまで



君が気づいてくれる日が来るまで



そっと、傍に寄り添っている





________________________






轟く爆音、


揺れる足元、


飛び交う悲鳴、



ノイズの様な耳鳴りが、世界と私を遮断した。



「夢、見てるのかな、私」



絞り出した掠れ声は誰の耳にも届かず、何かの爆発音に掻き消された。



爆発の衝撃で身体が吹き飛ばされ、視界が歪む。



頬を伝う温い水を拭うと、掌が赤に染った。



手放しかけた意識の片隅で、私は確かに、誰かが呼ぶ声をきいたーーーーー…








____________________________


「…寒い」


AM6:00


セットしたスマホのアラームよりも先に目が覚め、私は重い瞼を持ち上げる。季節は冬。冷えきった部屋の空気で布団から出ている顔半分はまるで氷のように冷たい。

分厚い遮光カーテンの隙間から見える外の光もまだ薄暗く、夜の静けさが残っていた。

中学生になって迎えた二度目の冬。いつもなら惰眠を貪っている所、早起きした事には理由がある。

理由は、あるのだが。


「…寒い、眠い…」

元々、朝は苦手だ。寒さと眠気で思い瞼が下りてくるままに、暖かい布団の誘惑に負けて頭まで中に潜り込む。


私、神野 葵は、外の世界が怖かった。


中学一年生の夏、私は突然、何かが恐ろしくなった。霊のようなものでは無い、目には見えない底知れぬ恐怖だった。いつものように友達と話している時も、教室で授業を受けている時も、夏の花火大会へ友達と出かけた時も。

まるで、見えない何かが自分を覆い隠すように迫って来ているような言い知れぬ恐怖感が襲い、私を追い詰めた。


夏が終わる頃、私は外で出ることをやめた。


元々社交的だった私を心配した両親が、何度か病院へ連れて行ったが、“急性一過性精神病性障害”、“統合失調症”、おそらくは思春期の一時的な精神疾患で時間の経過とともに改善される、と精神科の先生は皆口を揃えてそう言った。

あれから1年。

私は未だ、家から殆ど出られない。


心地よい暖かさで微睡み、眠りに落ちようとしていた所、階段を駆け上がる音が聞こえ、私は潜った布団を強く握りしめた。

足音の正体は分かっている。


「葵、起きてるー?起きてますかー??ほらほらほらほら早く起きないとパパ葵ちゃんの部屋突入しちゃうよー?あれー?返事がないぞママ大変だ!葵ちゃんまだ寝てるんじゃないか?!早く起こさないと飛行機に間に合わないんじゃない?!!いいよねもう部屋入っちゃっていいよねいくよ入るよあけま「やかましいわーーーーー!!!!!!」ふごぉっっ!!!」



僅かに開かれたドアの隙間から顔を覗かせた父に、私は光の速さで手元の枕を投げつけた。枕の衝撃をモロに受けた父は顔面を強打し悶絶している。


私がこんな状態になっても、父と母は何も変わらずいつも通りに接してくれる。外が怖いと突然泣き出し、学校へ行けなくなって部屋からあまり出てこなくなっても、私を決して無理矢理連れ出すことは無かった。

病院の帰りに俯く私の手を母は何も言わず握りしめてくれて、父の大きな手が私の頭にのせられて、どうしようもなく不安な顔で見上げた私の頭をくしゃくしゃに撫でながら、


「無理しなくていい、葵ちゃんがしたいようにしていいんだよ」


そう言って笑ってくれた二人に、私はどれ程救われただろうか。



しかし、私は今日、覚悟を決めている。


先日、家から一歩も外に出ない私がひたすらにやり続けているロジックの懸賞で、私は奇跡的にもハワイ旅行を引き当てた。

両親にあげると言ったが、葵ちゃんを置いてなんていけません!と父の重度の心配性が発症し、他人に譲ると言いはじめたところで私は待ったをかけた。


もう、一年経ったのだ。殆ど部屋から出ないで過ごしてきた私は、医者の言うように依然より恐怖感を感じる事が少なくなったような気がしている。何よりも父と母に、これ以上心配をかけたくない。


父と母が居てくれれば、きっと、大丈夫。

だから、覚悟を決めて、外へ出よう。


そう決意した。


枕の衝撃から立ち直った父が、ゆっくりとドアを開けて部屋に入ってくる。


「葵ちゃん全然返事してくれないからパパ心配したよーパパなんて昨日の夜眠れなくって一睡もしてないんだからね!」

「遠足前の小学生か…」



唯一、父の心配性過ぎる所が難点である。



「ちょっと二人ともいつまで話してるの、いいから準備しなさい」



開けっ放しのドアに視線を移すと、ハイビスカスのロングワンピースにセレブ帽を被った母が準備万端に立ってるのが見える。

私は掌で、そっと目元を覆った。



「…ツライ」



堅い決心が、揺らいだ。





慌ただしく用意をすませ車に荷物を積み込み、神野家御一行様一週間ハワイ旅行への旅が始まる。


「忘れ物は無いか?ティッシュとハンカチ持った?財布と携帯と、あ、パスポート確「持ってるよ、朝から何回確認させるの、パパ執拗い」

「…ママ…葵が冷たいよ…」

「中二の反抗期真っ只中、こんなものよ。パパも執拗いから、静かにしましょうね~」

「………」


私の口の悪さは母譲りだ。

ようやく大人しくなった父から目を逸らし、私は窓の外をぼんやりと見つめた。

車が減速し窓の外の景色がゆっくりと過ぎていく。信号が赤に変わったようだ。

交差点を流れていく人の波。

良くある風景。

その光景の中にふと、感じる違和感。



一匹の黒猫が横断歩道を歩いていた。


青いリボンを首に付けて人混みの中に紛れ込んだ黒猫が、背筋を伸ばし、誰かに寄り添うように歩いている。黒猫の数歩先を歩くその誰かの姿も人混みに紛れて、僅かに揺れる黒髪が見えるだけだ。



「…黒猫が横切ったら、どうなるんだっけ?」

「猫?猫がどうかしたのか?」

「ほら、そこ、今横断歩道歩いてる…あれ?」



一瞬目を離した時にはもう、黒猫の姿はなくなっていた。一緒に居た人ももう姿が見えない。人混みに紛れて見えなくなったのか確かめたくて、気になりひたすら探していると、動き出した車の振動で我に返る。

もう、違和感は消えていた。






「…起きて葵、着いたわよ」


心地よい車の揺れに少し眠ってしまっていたようだ。肩を揺すられ目を開けると、いつものように微笑む母の姿があった。

いつの間にか車は空港に到着したようで、後ろを見るとトランクから荷物を忙しなく降ろしている父の姿が見えた。


「身体は、どう?辛くない?」

「全然、平気」

「そう、無理はしないでね」

「うん、ありがと」

「葵、これ、良かったら使って?」


言いながら、母はバッグの中から可愛らしい真っ白なファーの耳あてを取り出した。耳あて部分はウサギの形をしているようだ。

素直に受け取り付けてみると、周りの音が少し小さくなった気がした。


「…これ、いいかも」

「うん、似合ってるわよ。可愛い!」

「ありがと、ママ」


目を擦りながら車を降りると、準備万端な父に背を押され空港内へ向かう。


「パパと飲み物買ってくるけど、一緒に来る?」

「いい、ここで待ってる」

「葵ちゃん1人で大丈夫?心配だなぁ、一緒に行こうよ」

「いい、行かない」

「何か飲む?」

「いらない」

「そう、じゃあ行ってくるわね。すぐ戻るから」


空港内は混雑していて、心配する父の背中を押して歩いて行った二人の姿は直ぐに見えなくなった。


適当な椅子に腰掛けて、私はゆっくり息を吐く。こんな人混みに来るのは本当に久しぶりの事だった。

今のところ動悸も息切れもない。あの胸の奥からくる恐怖感も、今はまだ何も感じない。嬉しくて、正直ほっとした。


今日は雲一つない晴天で、一面ガラス貼りの窓から望む景色は爽快で清々しい。滑走路を飛び立つ飛行機が幾つも見える。

近くに止まっている飛行機の周りには、荷物を積み込んでいる車や燃料を補給する為の大型トレーラーが止まっていて、沢山の人が忙しく働いていた。

暫く外を眺め視線を正面へと戻し、私はバッグの中からスマホを取り出す。

今日は本当に調子がいい。自然と笑みが零れた。

そろそろきっと、心配性の父に急かされて大急ぎで飲み物を買った二人が戻ってくるだろう、そう思い二人を探す様に視線を彷徨わせたとき、



また、感じた。





あの違和感だ。





鮮やかな人混みに紛れ込む、黒い影





そこだけ時間が止まったように





流れる人混みから浮き上がって見える





動かないその人影はゆっくりと顔を上げて、私を見て、









目が、あった。









____

________.....



「ーーーーめんね、葵ちゃん、待たせちゃったね。一人で大丈夫だった?体調悪くない?」


父の声が近くで聞こえ、ようやく我に返った。ぎこちない動作で顔を上げると、目の前には申し訳なさそうな顔をした父と、朗らかに微笑む母。

いつも通りの光景。

それが何だか嬉しくなって、私は、父と母に笑って見せた。

二人の前で笑ったのは本当に久しぶりで、驚いた顔をした父と母に、私の顔に何か付いてるのかと講義してやろうと思っていた、






直後、





____…




何だろう、何かが、引き摺るような、音が、






音が、谺響する






振動が、世界が、揺れる












ギギギギギギッ

ギリ゛リリリリリリリリリリリ゛リリリリリ゛リ゛

















瞬間、辺りが暗闇に包まれた。

温厚な父が乱暴に私の腕を引き、座っていた私を突き飛ばす。父と母の方を向いて座っていた私は、何が起こっているのか分からない。


突き飛ばされた反動で、持っていたスマホが手の中から滑り落ちて床に叩きつけられる。

全てがスローモーションのようだ。

そう感じた、刹那。


透き通った空を見せていた一面のガラス窓がけたたましい音を立てて砕け散り、辺りを砂埃が舞う様子が私の目に、記憶に、焼き付けられる。

巨大なタンクローリーが滑り込むように迫り、私が座っていた席を、荷物を押しつぶす。

立ちのぼる煙が父と母の姿を覆い隠す。

瞬きを忘れ開き切った私の目に割れたガラスの破片が飛び込んできた。焼けるような熱が私の両目に突き刺さる。

爆発音が聞こえ炎が上がる。そこは、先程まで私が座って笑って居た筈の場所だった。


父と母の姿が、何処にも見えない。



痛い、熱い、痛い、



「どうして、なん、で」




爆発音は一度のみならず、二度三度と鳴り響く。

悲鳴が、恐怖が、絶望が渦巻いている。




そこで、私の意識は途切れた。



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