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おきらく三題噺シリーズ

幸せの炎

    幸せの炎


 わたしの名はカイリ。お屋敷に住み込みで働いているメイドです。仕事はお屋敷の掃除や炊事、洗濯と大忙し。変わり映えのしない平凡な毎日だけど、そんな日々を楽しんでもいました。ところが、そんなある日のことです……。わたしはとんでもないことを旦那様から頼まれることになったのです……。

 いつものようにわたしが旦那様のお部屋へお掃除のために入っていきますと、旦那様は愛用の回転椅子に座り、満面の笑みで一枚の絵札を見つめていました。

 旦那様がこのように笑うのはたいへん珍し事だったので、わたしは不意につぶやきました。

「旦那様。奥様のお出かけがそんなに嬉しいのですか?」

「おや、カイリか。お前も冗談を言うようになったな」

「その絵札は、そんなに珍しいのですか?」

「このカードが気になる顔をしているか?」

「旦那様がとても楽しそうに笑ってらしたので」

「ふむ……まぁ教えてやろう。ただし、いいか。これは秘密だぞ」

 秘密という言葉の響きに、わたしも胸が高まります。

「奥様にもですか?」

「無論だ。約束は守れるか?」

 奥様にも秘密だなんて。よっぽどのことに違いないわ。わたしはごくりと唾を飲んで、旦那様の言葉に頷きました。

 すると旦那様は咳払いを一つしてから、絵札をわたしに見せてくださりました。

 絵札はちょうどトランプカードと同じくらいの大きさで、別段、普通のカードとの違いは見当たりません。白い背景に、一組の男女が描かれており、その上に炎のようなマークが描いてあります。

 きょとんとしたわたしの顔を見ると、旦那様は笑って話を始めます。

「ははっ。よくわからんような顔をしているな。このカードはな……先祖代々、一族に伝わる伝説のカードなのだ」

「伝説のカード……ですか?」

 そう言われて、もう一度しっかりカードを観察してみます。しかし、特別なカードには見えません。もしかして……恐ろしいいわくつきのカードだったりして……。思わず背筋がゾクリと震えてしまいます。

 しかし、わたしの想像とは裏腹に、旦那様はカードを見つめて柔らかに微笑みました。

「このカードはな……幸せの炎を生み出すと言われているのだ」

「幸せの炎? それはどんな炎なのですか?」

「幸せの炎はな、目には見えないのだ」

 旦那様の話を聞いていたわたしは、ここですっかり目が点のようになってしまいました。

 旦那様はそんな私を見て、クスクスと笑います。

「カイリは反応が素直だから、話すのも楽しいな」

「だって……目に見えない炎なんて、わたしには分かんないですよう」

 旦那様はふぅと息をつくと、手にしたカードを見つめてつぶやきました。

「なぁカイリ。私があいつと結婚してどのくらいになるか分かるか?」

 あいつとは奥様のことでしょう。えーっと旦那様が奥様と出会われたのが――

「今年でちょうど二十年ですね」

「そう。結婚して二十年目の記念日に夫から妻へこのカードを送るのが我が家の伝統なのだ。消えない炎のように、これからも幸せを絶やさぬようにという願いを込めてな」

 なんという素敵なプレゼントでしょう。旦那様のロマンティックなお話にわたしはすっかり胸打たれてしまいました。

「それでな。せっかくだからカイリにもカードを受け取ってて欲しい」

 ほへ……? それってフリン……? ダメダメ! 奥様に怒られるだけじゃ済まないし、わたしだって……。まさか、今日奥様が出掛けているのも……!? 

 あらぬ想像がわたしの頭を駆け巡っていると、やがて、旦那様がわたしを不思議そうに見つめておっしゃりました。

「……? 何を変な顔をしているんだ? カイリ。お前もこの家で働いて二十年以上になるだろう。もう家族みたいなものじゃないか。私はな、このカード……消えない幸せの炎には、私とあいつだけじゃない。カイリ、お前も一緒だと思っている。だからな、これからも私達と共に暮らしてくれるかい」

 なんということでしょう。その時、わたしの胸のうちは一面に花が咲いて、天に昇っていきそうなほど嬉しい気持ちでした。

「旦那様……ありがとうございます! わたしも旦那様と奥様のためにとびっきりのパーティを用意しますからね!」

 それから間もなく奥様が帰ってきて、お屋敷で盛大なパーティが開かれた。

 わたしはきっとこの日の出来事を一生忘れないことでしょう。旦那様と奥様が若かりしころお姿に戻ったかのように目に映りました。

 この日、わたしは自分の中で誓いを立てたのです。

 お屋敷での平凡だけど、私にとってはささやかな幸せである日常を絶やさぬよう、いつも心に消えない炎を灯していようと。そう、決めたのです。


おきらく三題噺シリーズ第四話。

今回はいつもより優しい物語になりました。

たまにはこういうのもいいよね。

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