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無限の世界で叫ぶ少女は

 今、俺は少女と共に部屋のカーテンを閉めて布団の中に入って眠りについている。無限の世界は常に昼間のように明るいので寝るときはこうやってカーテンを閉めて部屋を暗くして寝ている。時計も何もないこの世界でどうやって眠る時間を決めているのかというと少女いわく腹時計だそうだ。

 そして、少女が唐突に目覚めてカーテンを前回にして薄ピンク色の空の光が部屋に差し込んで俺はようやく起床する。

「お兄さん。おはよう」

「・・・・・ああ」

 少女は元気よく部屋から飛び出していった。俺は布団から芋虫のようにもぞもぞと抜け出す。少女はじょうろをもって野菜に水を巻いてくるといって出かけていった。体を起こしてボーっとする頭を起こして俺も寝泊りしている魚屋の店先からいつも電車の出入りするのを眺めている波止場へ向かう。

 しかし、無限の世界と有限の世界をつないでいた電車の線路は俺が元の世界に帰りたくないという望みを優しい無限の世界は叶えてくれた。だから、ここ数日無限の世界から電車の音が消えてしまった。俺は今が無限の世界に来て何日たったのか分からない。だが、すでにやることは決まっている。波止場の近くに開いたアジの開きが天日干しされている。俺が少女から借りた釣竿で釣った魚だ。保存が利く食べ物が欲しかった。

 そのアジの開きをタッパに詰めて寝泊りする魚屋に戻ろうとしたときだ。

「お兄さん!」

声を掛けられて振り返ると少女が野菜を取ってきてくれた。胸いっぱいに抱えるのはジャガイモだ。これも保存が利く食べ物だ。

「ありがとう。これだけ揃えば十分だ」

「・・・・・本当に線路に沿って歩いて帰るの?」

「それしかないだろ。小説家の夢はここでは叶わないし」

 俺は帰ることにした。大声で自分の夢を叫んだことで何か自分の中で躊躇していた夢を語ることへの抵抗がなくなった気がした。無限の世界では確かに好きなように小説をかけるかもしれないが、小説家は読んでくれる人がいてようやくその意味を成す。だから、俺は有限の世界に帰る。否定されてもどれだけ叩かれても俺はくじけない。そうでないと小説家にはなれない。

「望めば電車くらい用意できそうだけどね」

「いいんだ。自分の足で帰りたい」

 前に少女が線路に沿って歩いて帰るのはどこまで続く景色の変わらない薄ピンク色の世界を歩き続けるのは精神的にきついとのことだった。それでも俺はその精神的にきつい道のりで帰ることを決めた。

「がんばってね。お兄さん」

 笑顔で俺に採れたての野菜を胸に寝泊りする魚屋に戻る。少し遅めの朝食をとってバックの中に食料品を詰め込んでいく。大きなバックが欲しいと望んだら少女が廃墟のビルの倉庫から登山用のバックを見つけ出してきてそれに多くの食料を入れていく。

「君はどうするんだ?」

 もくもくと準備する中で俺は少女のことを気にする。

「なんで?」

「・・・・・有限の世界に帰りたくないのか?」

 少女は答える。

「言ったでしょ。あの世界に私は普通に暮らせない」

「なら、俺のところにこればいい」

「え?」

 少女はきょとんとする。

「俺は東京でひとり暮らしをしている。部屋は狭いが二人が住めない広さじゃない。こんな誰もいない無限の世界でひとりでずっと暮らしても寂しいだけじゃないか?なら、俺のところに来て有限の世界になれたら家族のところに」

「無理だよ」

 少女はうつむいたまま答える。

「だって、私の家族は壊れちゃったんだよ。もう、跡形もなく」

 父と一番上の兄は病院に、2、3番目の兄は刑務所の中で母はうつ病になっているという絶望的な少女の家庭環境。

「壊れたから家族を見捨てるのか?」

「・・・・・・」

 少女は何も答えない。

「夢を語るような幸せな俺が言うようなことじゃない。でも、言わせて貰うぞ。君も俺と同じで弱いだけなんだよ。俺と比べて必要な強さの大きさが全然違うけど、君は壊れてしまったものはもう直せないって言うのか?違う。壊れたものは直せる。直す努力をすれば直せるはずだ」

 俺が夢を諦めなかったように。

「君は家族が嫌いなのか?」

 しばらく、部屋の中は白波の音だけが静かに支配する。俺はただ無言で少女の答えを待った。そして、長い時間をかけて少女は答える。

「嫌いなわけないよ」

 ほっとする答えだ。

「家族は大好きだよ。その家族を壊した社会が私は嫌い。私たちの家族を救うどころか壊し続けた社会が憎い」

 だから、少女はこの世界にやってきた。望むことは最低限のことばかり。それはその際手源のことすらもかなわない環境にいたからだ。だから、望みが何でも叶ってしまうこの世界で永らく暮らしていくことができた。あの電車の行き来した数を数えたあとを見ればかなり長い間この世界にいたんだろう。

「なら、逃げないで戦うべきだ。その絶望的な現実から抜け出すために」

「どうやって?」

「それを考えるだけの期間は十分合ったんじゃないのか?」

 少女は答えなかった。この無限の世界で少女は一日中野菜を作って魚を釣って過ごしてきたわけじゃないはずだ。彼女も人間だ。そして、家族を嫌いにならない普通の女の子だ。ならば、嫌いじゃないものに思いを抱かないわけがない。

「私も家族のために何かできることがあったかもしれない。子供だから何もできないから。無力で運命に流されるしかなかった。でも、もしその現実に逆らえば・・・・・お兄さんみたいに流れに逆らうだけの勇気があれば」

「なら、望めばいいんじゃないのか?」

「何に?」

 俺は少女が俺に言われたことを言い返すように告げる。

「この世界にだ。無限の世界はどんな望みだって叶えてくれる。だから、言え。望みを」

 少女はうつむいたままだった。きっと、ずっとひとりで帰ることを拒んでいた。それではダメだって内心分かっていたはずだ。でも、それを指摘してくれる人がいなかった。だから、ずっとこの世界で暮らしていた。少女はこの優しい無限の世界に望んだんだろう。今の自分を正してくれる人と出会うことを。それが俺だったんだ。俺がこの世界に来た理由のひとつだ。

 少女は立ち上がって窓から海に向かって叫ぶ。

「帰りたい!お父さんやお母さん!お兄ちゃんたちを笑っていられるようなあの世界に!帰りたい!だから、私に勇気をください!」

 無限の世界はその少女の望みを叶えてくれる。だって、この世界は優しいから。

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