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望んだ俺の願いは

 もしも、望みが叶うのだとしたら俺は何をこの世界に願うだろう。少女はビルの屋上に作っている野菜の世話をするためにといって今日一日もいつもと同じように別行動となる。別に望めば何でも叶うこの世界で野菜の世話をする必要性があるのかと問いたくなる。野菜が欲しいと魚を釣るときみたいに適当に引っこ抜いた雑草が野菜だったりするかもしれない。だが、少女いわく自分で作ったほうがおいしいもんっと膨れっ面で廃墟のビルの階段を上がっていった。

 汽笛の音が聞こえた。

 薄ピンク色の海の上に整備された線路に沿って今日も電車がこの街に入ってくる。そして、印をつける。これで正が3つ目となった。これが倍になれば電車は俺のもとの世界へ向かってくれる。

 しかし、冷静に考えてみれば俺は元の世界に帰りたいと願えば無限の世界はその願いを叶えてくれるはずだ。今のところ、俺のちょっとした願いをすべて叶えている。今日の飯は肉が食べたいなって望むと少女が街の貯蔵庫からベーコンを見つけてきたり、俺が電車を見守る波止場まで近道でもあればなと望めば少女がその近道を教えてくれて今までの半分以下の時間でここにこれるようになったりと細かい望みはすべて叶っている。

 ならば、元の世界に帰りたいと望めば俺は帰れるのだがそれをしないのはなぜか?帰りたくないからだ。帰れば再び現実と向き合わなければならない日々が再開されるからだ。しかも、1ヶ月何もしなかった期間が俺の就職活動にどう悪い方向へ影響するか分からない。ただでさえ、今年の就職活動は3ヶ月短くなっている。周りの友人は続々と就職先を決めている中で俺だけが決まらない。焦りというものはない。逆にこのままでもいいんじゃないかと思うこともある。一生懸命就職活動をしたけどもどこにも就職することができなくて卒業する。その間に俺は小説家になるべく努力を重ねてデビューする。

 世の中の小説家たちも社会にうまく順応することができず就職しないで小説家になった人物も多くいる。俺もその小説家たちと同じ道を歩めば良いと前向きになるが、結局のところお世話になった親や学校や先生の面子に泥を塗ることに変わりはない。

 俺のせいで他人に迷惑をかけることだけは嫌だ。

「はぁ~」

 いつもこの繰り返しだ。すべてが丸く収まる方法をずっと考えてきた。俺の夢が叶って誰の面子も汚さず、誰にも邪魔されないで夢を持続していく方法だ。そんな都合のいいことは奇跡でも起きない限り不可能だ。その軌跡というのもゼロコンマの後ろにいくつゼロがあっても足りないくらいだ。

 もしも、このままもとの世界に帰ることができずに有限の世界で俺が行方不明となれば、すべてが丸く収まるのかもしれない。俺が行方不明で死んだことになれば俺の周りの関係をリセットできる。そうすれば、何者にも縛られず自由に生きることができる。夢をかなえるために精進することもできる。

「なら、いっそう1ヶ月とか言わずにずっとここに・・・・・」

「それはダメだよ」

 振り返ると麦藁帽子につなぎのような服を着て泥だらけの少女がカゴいっぱいに野菜を抱えていた。

「ダメって何が?」

「ここにずっといるって奴だよ」

「なんで?君はずっとここにいるじゃないか」

 少女はうつむきながら答える。

「私は帰るところがもう有限にはないから。でも、お兄さんには少なくとも帰りを待ってくれてる家族や友人が有限にいるんじゃないの?」

 確かに俺の両親は健全だ。研究室の先生や大学の友達もいる。今上げた人の中に俺の夢を語ったものはひとりもいない。誰もが自分勝手に俺のイメージを決め付けて俺の夢を正面から否定してくるからだ。そんな人たちに心配はかけたくない。だが、彼らのために帰ろうとは思わない。

 この人生は俺の人生だ。他人の機嫌を損ねないようにたった一度しかない自分の人生を使いたくない。正直、夢を追うか現実を見るかで悩んでいること事態が人生を無駄にしている気がしてならない。

「帰るところはあるが・・・・・帰りたくない」

 できるなら彼らが俺のことを忘れたころに帰りたい。そう無限の世界に願った。

 街から電車が次の目的へ向けて汽笛を鳴らして出てきたが、突然電車の目の前の線路が崩落した。急ブレーキをかけるも間に合わず一両編成の電車はそのまま薄ピンク色の海へ落ちていった。白いしぶきを立ててエンジン部分から黒い煙を上げながら電車がどんどん海の底へと沈んでいく。

「お、お兄さん。本気で帰りたくないって望んだの?」

 少女は声を震わせながら俺に問いかける。俺も目の前で起きた事故をただ見ているしかできなかった。唯一の帰る手段を失った。この薄ピンク色の無限の世界から出ることができなくなってしまった。

 帰りたくない。俺はそう望んだ。優しい無限の世界はそれを律儀に叶えてくれたのだ。

「ハハハ、ハハハ。そうか・・・・・・もう、帰ったときのことを考えなくていいのか!やったよ!やったー!バンザーイ!」

 ひとりはしゃぐ俺を少女は声を掛けないでただ見つめていた。

 これですべての悩みから開放されたのだ。この無限の世界では夢と現実の狭間で迷い必要もない。ただ、好きなように望んで生きていけばいい。これ以上幸せなことは他にあるはずがない。

 喜びの声を上げながら俺は涙した。

 心の底から笑えなかった。

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