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終 『きさらぎ駅』 11/11




「おい、そろそろ起きろ」


 ドアの向こうにいる先輩の声で目が覚めた。

 カーテンの隙間から漏れ出てくる光が眩しい。

 ベッドから起きて窓を開けると、空にはコバルトブルーが広がっている。


「んんにゃぁ」と背後から眠たげな声がした。


 布団がもぞもぞと蠢くと、璃々佳ちゃんがぴょこんと顔を出す。

 それから身体を起こして、アヒル座りをしながらぐーっと伸びをしていた。


「おふぁよーごじゃます」


 璃々佳ちゃんのおっきな乳房がたゆんたゆんと揺れている。

 こうして明るい場所であらためて見ていると、やはり見事なものだ。


 日本の女の子には珍しい円錐形のいわゆるロケットオッパイで、Gのバストサイズは自己主張するように突き出している。

 対照的に小さな乳首と桜色の乳暈は配置こそ完璧だが、いじらしく恥じらっているようで愛くるしい。


 見て良し、触って良し、揉んで良し、顔を埋めても良しという、素晴らしいオッパイである。


 ……。


「ちょっと、ヤマーさんくすぐったいですよぉ……」


 璃々佳ちゃんを背後から抱きしめながら胸を揉む。

 オッパイの柔らかさというのはなぜここまで人を安心させるのだろう。


 首筋を舌でなぞると璃々佳ちゃんは「んぅ」と、色っぽい声を漏らしていた。

 冗談交じりの情欲にゆっくりと火がつき、璃々佳ちゃんの腰から鼠径部、そして内腿へと手が伸びる。


「ヤマーさん?」


 だがその手は秘部に触れることはなく、璃々佳ちゃんに突入を阻止されてしまった。


「昨日さんざんしたでしょう」

「でもちょっとくらいなら――」

「絶対にちょっとじゃすまないです」

「それは璃々佳ちゃんが可愛い過ぎるせいでさ――」


 そう耳元で囁いただけで、璃々佳ちゃんは律儀に赤くなってくれる。

 こういういつまでも初々しいところなんて本当に可愛い。


「と・に・か・く! 今日は駄目ですよ。してたら遅刻しちゃいますから!」

「ちぇー」

「まったく……最初の頃は指一本触れようとしない紳士だったのに」

「我慢してた分、溜まってるからね。まだまだ可愛がり足りないもの」

「……まぁそれはいいんですが、今日はお預けです。朝食、冷めちゃいますから」

「はぁい」


 簡単に着替えてからリビングに出ると、先輩がコーヒーを入れている最中だった。


「おはようございます先輩」

「おはざーっす」


 リビングは高い天窓から陽の光が射し込んでいてとても明るい。

 白いテーブルクロスの上に、ハムとチーズのホットサンドにスクランブルエッグ、ヨーグルトが用意されていた。


「昨日はお楽しみでしたね」

「警察に突き出しますよ。オッサン」

「オッサン言うな」


 そんなやりとりをしつつ、三人でテーブルについて朝食をとる。


 璃々佳ちゃんは最近よく先輩のことをオッサン呼ばわりするが、実際のところはかなり年齢不詳だった。

 というよりも男なのか女なのかすら一見しただけではよくわからない。


 肩よりも長いウェーブのかかった黒髪のロングヘアに、銀縁の丸メガネという最高に胡散臭い格好をしている。

 本人談によるとまずは形からということだったが、占い師だからといってそれはやりすぎだと個人的には思う。


 家の中ではたいてい長髪をトップでパイナップルのようにしてまとめており、オシャレな雑誌からそのまま出てきたように見えなくもない。


「ていうか声がでかいんだけど。どうにかなんないの?」

「それはお互い様でしょう」

「うん?」

「河野先輩もけっこう聞こえますよ? それを私は指摘することなく我慢していたというのに、あなたという人は……」

「え、本当に聞こえてんの?」

「ヤマーさんのでしたらまだしも、なにが悲しくてあられもないオッサンの声を聞かなくちゃならないんですか? 事案ですってもはや」

「ご、ごめんなさい。気をつけます」

「……まぁほどほどにしていただければいいですよ。どうせヤマーさんの攻めに耐えられるとは思えませんし」

「それな」

「ちょっと。人を絶倫みたいに言うのやめてくれるかな」

「もう私、男じゃ満足できないと思います」

「それな」

「やめなさいって。食事中だよ」

「「へーい」」


 日曜の朝、テレビ番組に平日のせせこましさはなく、ゆったりとした時間が流れていた。


「にしても井上さんもついに結婚か」


 実を言うと、卒業してしまってからというもの、こうして三人そろって朝食をとるというのはかなり珍しい。

 それがなぜ今日はこうなのかと言えば、昼に井上先輩の結婚式があり、全員で出席するからだった。


「良かったですよね。弁護士と警官なんてすごいガチガチの組み合わせですよ。どこぞの山師とはちがいますね!」

「……まぁ、奥さんが弁護士だと大変そうだよな。俺はけっこう心配だよ」

「それは大丈夫でしょう。奥さんが旦那様にゾッコンなわけですし。私とヤマーさんには負けますけど」


 二人の出会いは奥様が暴漢に襲われていたところを井上先輩が助けてあげたというのが馴れ初めだ。

 すっごいドラマチックで個人的には羨ましい。


「ベッタベタだけどな」


 暴漢から腕っ節で女の子を助けるなんてことはできそうにないガリガリな先輩は、その話をすると面白くなさそうに拗ねるのだった。


「お子さんもお腹にいらっしゃるということで、ダブルでめでたいわけですね」

「ところで余興の準備は大丈夫か?」


 先輩は二次会の司会を、私は披露宴でギターの演奏を、それぞれすることになっている。


「大丈夫です。ただいつも自分がやってることをそのままやるだけでいいのかな?」

「まったく問題ありませんよ。ヤマーさんは商業デビューもしている新進気鋭のプロなんですから。マネージャーとしては代金を請求してもいいくらいです」


 在学中からマネージャー業の真似事をしていた璃々佳ちゃんだったが、卒業してからは本格的にそちらの道へと進んだ。

 とは言っても就職したとかではなく、起業したのだった。


 小さなタレント事務所ではあるものの、いちおーは女社長という立場に収まり、公私に渡って定職についていない私たちの面倒を見てくれている。


「先輩も司会のほうはどうです?」

「まぁなんとかなるだろ」

「口先と世渡りだけは巧いですからね、この男は」

「才能も技術もない男は器用さで勝負するしかないのさ」


 なんでもないことのように先輩は話しているが、学生時代からこっち、我が家の家計を支えているのは先輩の収入があってこそだ。


 大学図書館をクビになったときはどうなるかと思ったが、人づてにオカルト関係の仕事を紹介してもらってからというもの、先輩はとんとん拍子で出世していった。

 今では話題の占い師としてローカル局の番組にたまーに出させてもらっている。


 半分以上は芸人的な扱いだが……。


「あ、言うの忘れてましたけど」

「なに?」

「キー局の深夜番組の出演依頼がとれました。どうします?」

「マジで!? 出ます。出させてください」

「でもバラエティ番組ですよ。しかもけっこうキワイというか、エッチな……」

「望むところだ!」

「よしっ! ではゴーで!」

「はい!」

「私を崇めよ!」

「璃々佳さまオッパイさまー」

「牛乳を取ってこい!」

「ははー」


 先輩はへこへこしつつ、恭しく璃々佳ちゃんに牛乳を注いでいた。


 ……うーん。


「それにしても結婚ですか……。ヤマーさんと私はどうしましょうかねぇ」

「朝にする会話じゃないでしょ」

「いやー、でもじゃあ、いつするんだって話ですよ。夜とかにしたら行くとこまで行っちゃいそうで怖いでしょう」


 それはその通りで、みんながその話を避けてここ数年過ごしてきた事実は否定できない。


「我らのスローガンである平等、公平、友愛の精神を考えれば結婚はあきらめてもいいんですけど、子供はどうにかなりませんかねぇ」


 先輩が先ほどそれとなく話を逸らした甲斐もなく、璃々佳ちゃんは一番デリケートなところへとぶっこみをかける。


 璃々佳ちゃんの立場的に、それは一番の問題なはずだった。


「子沢山なトモちゃん先輩を見ているとけっこう羨ましいんですよねー。私としてはヤマーさんのお子さんを育てたいんですけど、その子には河野先輩の血も入ってるわけで。悩ましい……深い愛情とドス黒い嫉妬にまみれてしまいそうです」

「私も璃々佳ちゃんの子供を育てたいなぁ」

「それも捨てがたいんですよねー。でも人間は同性で子供を作れない哀れな生き物なので男を相手にしないと無理なんですよ」

「璃々佳さま。ここに」

「はぁ?」


 貴族こと璃々佳さまは横に控えさせていた従僕に容赦ないボディーブローを浴びせる。

 鳩尾に入った拳は先輩を床に這いつくばらせるのに十分な威力をもっていた。


 この辺の辛辣なところは昔からなにも変わらない。


 ……と思う。


「冗談なのに……」

「笑えない冗談は冗談じゃないんですよ。私の伴侶はヤマーさんであって、家族といえども河野先輩はペット的な存在です」

「バター犬的な?」

「……」

「すんません、調子こきました」


 璃々佳ちゃんの振り上げられた拳は、ため息とともに収められる。


「……あとぶっちゃけると、河野先輩とそういうことしてると刺されそうなんで」

「え、誰に?」


 間髪入れずに、二人の人差し指が私に向けられた。


 What's?


「ものすげー嫉妬深いからなこいつ……」

「自分のハーレムを侵すものに容赦がありませんからね……」


 なんか誤解されてる!


「そんなことないよ! 先輩と璃々佳ちゃんの子供ができてもちゃんと愛せるよ! ちょー可愛がるよ!」

「どう思います?」

「危ういな……」

「ですよねぇ」


 ……ソンナコトナイヨ?


「なら先輩はどうなんですか?」

「俺は路希の決定を尊重するよ」


 ダメージから回復した先輩は、空いたお皿を次々に流しへと片づけていく。


「ずるいですねぇ、この男は」とその背中に璃々佳ちゃんは冗談混じりの皮肉を投げかける。


「いや真面目な話、それを俺が決めたらバランスがとれないだろう」

「「……」」


 ここら辺が今日の限界だろう。


 パチンッと一度大きく手拍子をして「保留!」と宣言すると、「まぁ」「そうなりますよね」と、二人ともこの会話から離れてくれた。


「ときに璃々佳さんや」

「なんですか? オッサン」


 ……。


 未だにトゲトゲしい返しをしている璃々佳ちゃんだけど、実は本当のところ先輩となんだかんだで仲がいいんじゃないかと疑っている。


 いや別に仲が良くてもいいし、大好きな二人が仲良くしてくれるに越したことはない。


 でも嘘をついて欲しくはないというか、私を気にしてそう振る舞っているならやめて欲しいし、普通に仲良くしていて欲しい。


 だからこれは嫉妬じゃない。


 ちがう。


 絶対に。


「いま何時かのう?」

「なかなかいいところに気がつきますね、クソムシ」


 璃々佳ちゃんは棚の上に架けられている時計を確認し、牛乳を一気のみしてから私に笑いかけた。


「安心してください。遅刻寸前ですよ」

「ダメじゃん!」


 私は大慌てで残っていた朝食を口に詰め込んでいく。


 流しに放り込んだ食器もそのままに、私たちは超速で準備をして荷物を車に詰め込んで家を出た。


 都心から離れた現在の住まいは、駐車場付きの格安物件だ。


 格安なのは言うまでもなく、入居した人間が半年も居ることができないと評判の事故物件だからである。

 なんでも凄惨な一家惨殺事件があったらしく、事実よく彼らはいるわけだが、我らオカルトサークルのOG・OBは彼らとも良好な関係を築いていた。


 周囲はちょっとした田舎だが、夜中にギターを鳴らしても苦情が入らないのでかなり気に入っている。


 いや、家だけでなく、私は今の暮らしを最高に気に入っている。


 幸せ過ぎて怖いくらいだ。


 だが同時に、今の私たちがとても危ういバランスで、奇跡的に成り立っていることもわかっている。


 あるいは、もう駄目になっているのに、それに気づかないふりをしているのか。


 でも、今はまだ終わりじゃない。


 そんなことを気にしていてもしょうがない。


 この幸せな時間にも、いつかは終わりがやってくる。


 どういう形で、それが訪れるのかは誰にもわからないが、すべてのものに終わりは訪れるから。


 でも終わったとしても、私の今の幸せを、なかったことには誰にもできないから。


 だから、幽闇へとすべてが還っていく、そのときまで。


 私は両手いっぱいの幸福を、素直に抱きしめている。


                          了


















































 おはようございます、こんにちは、こんばんは。

 割烹を読まないかたは初めまして。

 

 あとがきが始まります。


 このたびは「幽闇の刻」を読んでいただき、ありがとうございました。

 この作品は前半(壱~伍話)と後半(陸~終話)で書かれた時期が八年以上も離れておりまして、読みづらい部分も多かったと思います。

 なにせ前半はろくすぽ小説を書いたことがないボンクラが習作として執筆していたものでして、なかなかに荒削りな品々となっております。

 当時の僕はたかだか二万字の短編を書くのにも四苦八苦でして、特に一番の悩みはキャラクターの動かし方がさっぱりわからないというものでした。


「だったら連作短編にして繰り返し同じキャラを書きまくればいいんじゃね?」をコンセプトに出来上がったのが前半部分で、所属していた文芸部の機関誌に、頼まれてもいないのに一人で連載してました。


 もともと習作だったこともあって、大学卒業と同時に彼らの物語は中断されることになります。


 それから時は流れ。


 小説家デビューもできないし、そもそも自分は小説で飯を食べるのに向いていないと結論を出した――ようするに挫折した――僕が、それでも発表の場は欲しいとなろうに投稿し始めたのが、彼らと再会するきっかけでした。


 一度始められた物語は、終わりを与えられることでようやく独立した生命を獲得すると、僕は考えます。


 小説を書き始めた頃の愚直な情熱が込められつつも、中途で投げ出されたこの物語を完成させて公開する。

 そうすることで、僕はまたスタートラインに立つことができるような、そんな予感というか気のせいから後半の執筆が始まりました。


 こうしてそれが叶ったことで、僕はようやく十年近く前の初心に戻れたような気がします。


 いやー、まだまだ書きたいことあるわ!

 二万字じゃ全っ然収まらないくらい!


 とまぁ、まだまだ書きたいことはあるのですが、長くなるのでこの辺にしておきます。


 それでは、最後は謝辞にて締めさせていただきます。


 まず、この小説家になろうという初心に戻る機会を与えてくれた運営の方々に感謝を。

 運営に携わってくださるかたたちのおかげで、僕は今日も健やかに生きることができています。


 また、ここまで読んでいただいた読者のかたたちに感謝を。

 この作品がごくわずかでもあなたの血肉となっていたのなら、これ以上の幸福を僕は知りません。


 そして、この作品で暴れ回っていたキャラクターたち一人一人に、とりわけ河野康一と狐宮由花子の二人には深い感謝を。

 君たちがいなければ、僕はもしかしたら小説を書けない人間になっていたかもしれません。

 

 皆さん、本当にありがとうございました。




 次回作がいつになるかはわかりませんが、なるべく年内にまたお会いいたしましょう。





 以下はこの小説を書くに当たって参考にした本です。今回はけっこうがんばって勉強しつつ書いたので自慢と感謝を込めてここに記しておきます。(え? あまり勉強していたようには見えないって? ……勉強したことがバレないように書くのが粋ってもんなんですよ。僕がヘタクソだとかじゃなくてー)


・「現代語 古事記」 竹田恒泰 学研

・「日本呪術全書」 豊島泰国 原書房

・「完全マスター 西洋占星術」 松村潔 講談社

・「聖書」 いのちのことば社

・「神話と日本人の心」 河合隼雄 岩波書店

・「昔話と日本人の心」 河合隼雄 岩波書店

・「ユング心理学」 河合隼雄 培風館

・「決定版 夢占い大辞典」 不二龍彦 学研

・「魔導書 ソロモン王の鍵」 青狼団   二見書房

・「面白くてよくわかる ユング心理学」 福島哲夫   アスペクト

・「一瞬で信じ込ませる話術 コールドリーディング」 石井裕之   フォレスト出版

・「なぜ、占い師は信用されるのか?」 石井裕之   フォレスト出版

・「呪術・霊府の秘儀秘伝」 大宮司朗   ビイング・ネット・プレス

・「タルパ・コンプレックス」 ポックル   Amazon Services International, Inc.

・「プロカウンセラーの夢分析―心の声を聞く技術 」 東山 紘久   創元社

・「日本書紀(上下) 現代語訳(講談社学術文庫)」 宇治谷 孟   講談社

・「風土記 (平凡社ライブラリー) 文庫」 吉野 裕   平凡社

・「図解 近代魔術」 羽仁 礼   新紀元社

・「図解 悪魔学」 草野 巧   新紀元社

・「図解 魔術の歴史」 草野 巧   新紀元社

・ネットにある数多の怪談。特に「師匠シリーズ」

・ウィキペディアの神話関連のページ。

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