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壱 『ホテルの亡霊』 5/5

 五話目です。『ホテルの亡霊』はこれにておしまいになります。

 章の追加の機能を試してみたいので、もう一つ他の話を投稿してみたいと思います。

 よろしくお願いします。

 ホテルでの肝試しが終わり、車でまた駅の前まで移動したあと、解散ということになった。

 おれは終電がとっくに終わっていたので、どこかで時間をつぶさなければいけなかった。

 漫喫にでも入って始発まで過ごそうと考えていると、由花子さんに声をかけられた。

 また何かやられるのかと身構えたが、話を聞いてみると今日のお詫びにこれからファミレスでなにか奢ってくれるということだった。

 反射的に疑ってしまうが、もうさすがに罠もなさそうだし、ちょうど小腹も減っていたので、素直に奢られることにした。



 時間は深夜一時を回っていた。

 月のない今夜はまだまだ明けるには早いようだ。

 ファミレスのなかは思っていたより客が入っていた。

 よく見てみると学生が多い。

 おそらくこの人たちも始発待ちコースなのだろう。

 それなりにテーブルは埋まっていたが、店員さんが気を利かしてテーブルを二つ繋げてくれたので、広々と使うことができた。


 由花子さんは奥の席に座り、おれは由花子さんと向かい合うように席に着く。

 いざファミレスに来てみると急に空腹がひどくなってきたので、水とおしぼりを持ってきた店員さんにすかさず注文することにする。

 おれはスパゲッティ、由花子さんはきつねうどんを頼んだ。

 料理がくると、由花子さんは目を輝かせながら美味しそうに油揚げにかぶりついていた。

 居酒屋でもこの人油揚げばかり食べていたけれど、もしかして好物なんだろうか?


「そういえば、由花子さんに聞きたいことがあるんですけど」

「ん。何?」

「肝試しのとき、井上さんから五番目のペアが出発していないっていう電話をもらったのって、おれたちがあそこで待ち伏せしているときですよね? なんでそのときすぐに帰らなかったんですか?」

「そんなことしても面白くないじゃない。なんとなく出て来そうな雰囲気だったし、せっかく新入生が見られるものなら見てみたいって言っているのに、何も見ないで帰るなんてかわいそうだなぁと思ってさ。私に感謝しなさいよ」

「……」


 まさか居酒屋での特に何も考えていなかった言動が、こんな結果を招くきっかけになっていたとは、これからはもうちょっと考えてから喋ろうと思う。


「ところで、康一くんはもうサークル決めたのかな? もし決まってないなら、うちなんてどうかな。君はなかなか見所があるからね、歓迎するよ」


 なんだか知らないうちに由花子さんのおれにたいする評価が上がっていたようだ。

 それはまぁ嬉しいのだが、ひたすら怖がっていた記憶しかないおれには、全くもってその評価の意味がわからない。


「おれなんかいいことしましたっけ?」

「あの電話が鳴ったときのことだよ。あのドッキリって毎年恒例でね、私も今までいろんな人を見てきているけど、あの場面で電話を取ろうとする人なんてなかなかいないよ。普通は鳴った瞬間に叫んで逃げ出すか、気の小さい人だったりすると気絶しちゃったりするんだから」

「へぇ。じゃあ井上さんとか由花子さんのときはどうだったんですか?」

「そりゃあ私と形兆は取ったわよ。あそこで電話が取れる人はだいたいうちのサークルに入るんだよ。だから君も入りなよ」

「はぁ」


 正直、入りたくないと思った。

 なぜなら、おれはもっと明るく健全なサークルに入ったりして、可愛い彼女を作ったりなんかしつつ、楽しい大学生活を送ろうとしていたからだ。

 そんなおれだから、そういった大学生活のイメージからは全くかけ離れていそうなオカルトサークルに入るのは気が引ける。

 由花子さんは確かに美人だけど、このわずか数時間で、ちゃんと付き合ってみたいなんて気は毛ほどもなくなっていた。

 どう考えても手に負えない。


「あれ。あんまり乗り気じゃないみたいだね。いいから騙されたと思って入ってみなって。思い出してごらんよ。なんだかんだ言って、今日の肝試し楽しかったでしょ?」


 そう言われて思い出してみると、楽しかったような気がするから不思議だった。

 いままで生きてきた人生のなかであんな体験をしたのは、間違いなく生まれて初めてだ。

 あんな経験がそんじょそこらの人たちにあろうはずがない。

 そういう意味では今日のこの体験は有益なものだったのかもしれない。

 由花子さんはおれがそんなことを考えているのが分かっているかのように言う。


「他人と一緒の人生なんて面白い? 私と一緒にくれば確実に面白い体験ができると思うよ。少なくとも退屈はさせない。それは保証するけど、どうかな?」


 そのとき、おれは由花子さんの言うことも正しいような気がしなくもなかったが、それでもいま一歩というところで、決断には踏み切れなかった。

 煮え切らないおれを見て由花子さんはとんでもない提案を出してきた。


「じゃあ、こうしよう。これからこのファミレスの中でもう一度、幽霊を見せてあげよう。無事に見ることができたら、うちのサークルに入るなんていうのはどう?」

「本気ですか? こんなに人がいるんですよ。とてもじゃないけど幽霊が出てくるような雰囲気じゃないですよ」

「だから面白いんじゃない。どうする。やってみる?」

「じゃあ。おれが見られなかったときはどうするんですか?」

「ん? そんなの決める必要ないよ」

「なんでですか」

「そんなの絶対に見えるに決まってるんだからさ」


 どこから出てくるんだ。

 その自信は。


「じゃあ。ありえないけど、もし見えなかったら、私の有り金を全部あげよう」


 由花子さんは鞄から自分の財布を取り出すと、その中身をおれに見せつけた。


「やります」


 明らかに大学生の持っている財布にはそぐわない量の一万円札を前に、おれはイイ顔で即答した。



 そうこなくっちゃと言うなり、由花子さんは残ったうどんの汁を一気に飲み干すと、おしぼりが入っているかごを手元に引き寄せた。

 なかには一つだけおしぼりが残っている。


「さて問題です。これはなんでしょうか?」

「おしぼりですよね。どう考えても」

「そう、これはおしぼりに間違いない。でもなんでここにあると思う?」


 一体この人は何が言いたいのだろう?

 それと幽霊が何か関係しているのだろうか?


「余ったからじゃないですか」

「正解。私に一つ、君に一つで、おしぼりは足りているのにここにはまだ一つ余っている。ということは店員さんが数を間違えたということになるよね」

「そうですね」

「それじゃあ次の問題です、店員さんが水の入ったグラスを持ってきたとき、おぼんには何個のグラスが載っていたでしょうか?」


 おれは店員さんが来たときのことをはっきりと思い浮かべながら、先輩の考えを推し量るように答えた。


「……たしか三つです」

「そう三つだった。君は見ていないかもしれないけど、店員さんはそのグラスを厨房のほうに持って帰ってしまった。つまり、店員さんが数を間違えたから、ひとつ余ってしまったということになるよね」


 たしかにそれが事実ならそういうことになる。

 けれどそれがどうしたというのか。

 そんなことただの偶然じゃないか。


「それと、この今座っている席なんだけど。おかしいとおもわない?」

「……四人がけというところですか?」

「そう。四人がけというのは、三人以上のお客さんが使うものだよね。でも私たちは二人しかいない。にもかかわらず、わざわざ隣の机を動かしてまで四人がけにする必要があるのかな?」

「でも、それは店員さんが気を利かしてくれただけなんじゃないですか?」

「そうかもしれない。もちろん、そう考えるのが普通だと思う。でも、もし店員さんがつい間違えてしまったとしたら、それはどういうことを意味しているのかな? それと、これが一番おかしなところなんだけどね……」

「まだあるんですか?」

「君、なんで荷物を地面に置いているの? せっかく店員さんが机を動かして四人がけにしてくれたのに、空いている隣の席に荷物を置かずに、地面に置くなんておかしいと思わない?」


 はっとした。

 たしかにおれの隣の席は空いている。

 それなのになぜ荷物をそこに置かなかったのだろう。

 そんなことは別にたいしたことではないかもしれない。

 ただうっかりしていただけということもある。

 けれど、奇妙なことにおれはその席が空いていることを指摘されて、初めてそのことを認識したような感覚があった。

 それと同時に、おれはなんだか嫌な予感がしていた。


「こんな話は知っているかな。

 一人の男がファミレスに入った。

 その男は窓際の席に座った。

 店員がきてコップを男の前に置いた。

 そして、誰もいないにもかかわらずに、男の前の座席にも置いた。

 男は不思議に思ったが、先に座っていた人がいるのか、単に店員が間違えたのだろうと考え、考えるのを止めた。

 男はスパゲッティを頼んだ。

 しばらくして、男の前にスパゲッティが置かれた。

 そして、前の座席にも。

 男は怒り、店員に文句を言った。

 すると、店員は驚いた様子で、さっきまで二人だったはずなのにと言った。

 レジにいた店員もたしかに二人だったという。

 男は憤慨して店を出た。

 しかし、その日をさかいに、必ず店員が一人多く数を間違えるようになった。

 始めての店でも、旅行先の店でも、誰と行っても。

 そのうち、男はノイローゼになり、家から出なくなってしまう。

 だいぶ月日も経ち、ようやく男は今までのことは偶然が重なっただけだ。

 と考えられるようになり、ファミレスに向かった。

 店内は人も多く、明るい感じだったが、普通の席はまだ抵抗があったので、カウンターの席に座った。

 いらっしゃいませというと、店員は男の前に水を置いた。

 そして、男の隣にも、その隣にも、隣にも隣にも隣にも……」


 先輩は懐から取り出した煙草に火をつけ、一口吸い込むと、ゆっくりと紫煙を吐いた。


「ファミレスなんかの店員というものは、客を見るとき、たいてい警戒せずにありのままを見ようとする。客の姿ではなく、数が大切だからね。だから、普段見えないものも見えやすくなるものなの。本人の知らないうちにね……」

「要するに……先輩はこう言いたいんですね。店員は間違えたのではなく、俺たち二人以外の人間が見えていると」

「そう」

「たしかにそれらは事実ですけど、状況証拠に過ぎません。このテーブルに幽霊がいるなんて、それだけでは信じられませんよ。それに結局全然見えてないじゃないですか」


 由花子さんは、おれの反論など全く意に介さない様子で、とても美味しそうに煙草を吸っている。


「さっきの約束。忘れてないよね」

「はっきりと覚えています」

「それじゃあ、ちょっとこっちに顔寄せてくれない?」


 おれは言われるがまま、顔を由花子さんのほうに向けた。

 そうした瞬間。

 由花子さんの顔が近づき、唇同士が触れあった。


「「―――――――――――」」


 驚いて顔を離そうとすると、由花子さんはおれの頭を手で押さえつけて逃げられないようにする。

 そうしたあと、そのままおれの口のなかに大量の煙を吹き込んできた。

 煙草を吸わないおれがたまらずむせるとようやく頭を離してくれた。


「いきなり何するんですか!?」


 由花子さんは何食わぬ顔でおしぼりを使って口をぬぐうと、また煙草をくわえ始めた。


「顔真っ赤だよ。もしかして、初めてだった?」

「そ、そんなのどうだっていいでしょう。なんなんですか? いきなり」


 テンパッているおれを無視して由花子さんは話を進める。


「じゃあ隣の席、見てみなよ」

「はぁ?」


 そこには、見たこともない初老の男がいつの間にか座っている。

 おれはその姿を一目見るなり、思わず奇声をあげて席から転げ落ちた。

 それは明らかに普通の、生きている人間ではなかった。

 頭と服とが全身血だらけで、顔はナイフでさしたような細長い穴がいくつも開いていて、その穴からは血が滲み出てきている。

 力なく開いた口からは血が一筋流れていて、その口の端には血の泡がついている。

 両の目は黒目がなく白目をむいている。

 その目は男が死者であることをよく物語っていた。

 そして、その男は見えたのも束の間、うっすらと透けていき、十秒ほどで完全に見えなくなってしまった。


「大丈夫? 康一くん。すっごい目立ってるよ」


 我に返って、周囲を見渡すと店中の客が、おれのことをきょとんとした目で見ていた。

 おれは顔から火が出るような思いというのはこういうことを言うんだなぁと、なぜか第三者視点で自分のことを見ていた。


「とりあえず、出ようか?」


 店中の視線から逃げるようにおれは店を後にした。



 外に出ると、涼しい風が吹いておれの頭を冷やしてくれた。

 いつのまにか、あの分厚い雲は消えてなくなり、頭上には青い満月が煌々と光っていた。

 街には誰もいない、あるのは一定間隔で道路を照らす街灯の灯りだけだった。

 おれたちは店を出ると近くの大きな公園に行き、池の前のベンチに落ち着いた。


「さっきのあれ一体何だったんですか?」

「あれはあのホテルのオーナーの幽霊よ。なんかあのときから私たちの後について来ちゃってるんだよね。特に何か悪さをしてくる感じじゃないから、そんなに考えなくても大丈夫だよ」


 由花子さんはケラケラ笑っている。

 だがとてもじゃないが笑えない。


「ついて来ちゃってるって……」

「幽霊が見えるようになったのは、まぁおまじないだと思ってくれればいいよ。美女との口づけで幽霊が見えるようになるなんて、ロマンチックな気がしない?」

「いや、全然。まったく。微塵も」


 由花子さんはあきれているおれをよそに、とても楽しそうに笑っている。


「ほらほら休んでないで、もう行くよ」

「えっ? 行くってどこにですか?」

「勝負は私の勝ち。ということは、もう君は我がサークルの一員だよ。だから私がこれからこの辺のオススメの心霊スポットを教えてあげる。言ったでしょ。退屈はさせないって。さっきのおまじないで幽霊が見えるきっかけを作ったから、訓練しだいで見えるようになるはずだよ。幽霊って見れば見るほど見えるようになるからね。それじゃあいってみようか」


 勘弁してください。

 そんなおれの言葉を完璧に無視して、由花子さんはおれの背中を押して歩く。

 時刻は深夜二時。

 夜が明けるのはまだまだのようだ。

 おれはここにきてやっとこの人に抵抗するのは無駄だということを理解し、なされるがままにすることにした。

 池の周りを沿うようにしばらく歩くと、分かれ道に出た。

 といってもそのうちの片方は五メートルも歩くと舗装された道がいきなり途切れていて、灯りのない鬱蒼とした林が続いている。

 明らかに道ではない。

 言うまでもなく、由花子さんは舗装されていない方の道を選んだ。

 林の入り口に着くと、分かれ道の分岐点にいるおれの方をくるっと振り返った。


 その林の入り口に街灯の灯りは届かないが、空の上には青い月が懸かっていて、あたりに光を注いでいた。

 その光を全身に受ける由花子さんの姿はやっぱり美しかった。


「康一くん」

「はい」

「あなたの知らない世界へようこそ」


 そう言って、由花子さんは右手を差し出した。


 たしかにこの人となら退屈はしないだろう。

 この道の先にはほとんどの人が経験したことのない不思議なことがいくつも待ち構えている。

 そう考えるとなんだかそれが楽しそうに思えてくる。

 おれは由花子さんがいる道を選び、その手を取って握り返した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そうして、おれたちは先の見えない暗闇の中を歩き出した。

 だが、おれはそのときは深く考えなかった。

 知らない世界には当然危険がつきものだということを。



「ていうか、由花子さん。今もホテルの幽霊はついて来てるんですよね。それどうすんですか?」

「んー。これから増えるかもしれないから、とりあえずほっとこう。私って霊感は強いんだけど、幽霊がすごい見えるだけで、基本的には何もできないんだよねー」

「……」


 こうしておれの無茶苦茶な大学生活が幕を開けた。

 肝試しがあれでまだまだ序の口であったことを、このときのおれは知るはずもなかった。


(了)





 



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