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捌 『てるてる団地』 5/10




 黛朋子。


 小学生のような身長と童顔。


 黒髪は肩口でスパッと切り揃えられたボブカット。


 というより、容姿を踏まえれば見事なおかっぱ頭。


 仏像のようにいつも半眼なために眠っているのか起きているのか判別が難しい。


 一度は銀行に就職したものの、思うところあって現在は職を辞して大学院で勉強中。


 左手薬指にはあどけない容姿に反してダイヤをあしらった結婚指輪。


 既婚。


 趣味は昼寝。

 好きなことは寝ること。

 嫌いなことは睡眠を邪魔されること。


 そして、特技は――。 


「まーだからー、なかなか信じてもらえないかもしれないけどー、私は予知夢を見るんだー」


 深刻な霊障により部室には長時間いることができないため、部室棟の近くに設置されたベンチに座り、黛先輩は前置きなしに本題に入った。

 手には自動販売機で購入した熱々のコーンポタージュ。

 猫舌なのか飲み口に何度も息を吹きかけて冷ましている様を見ていると、七つも年上なことが信じられなくなってくる。


「信じますよ。オカルトサークルにスカウトされたのもその予知夢があったからだと、先輩から聞きました」

「よく知ってるねー。私が予知夢を見れることに気がついたのは後にも先にも康一だけだよー。それからオカサーの勧誘がすごいのなんのって、まいっちゃったよー。面倒くさいから部活なんてゴメンだったんだけどー、部室で二四時間自由に昼寝していいって言われたからさー」


 あれ?


 私が聞いたのはあの狐宮由花子がスカウトしてきたという話だったような……。


 しかし、狐宮由花子のことを自ら掘り下げたくなかったので、あっさりと聞き流してしまう。


「そうらしいですね。先輩から聞いた話じゃ、その的中率は一〇〇パーセントだって話ですけど」


 ぶっちゃけてしまうと、いくらなんでもそれは言い過ぎなんじゃないかと疑っている。

 先輩はすぐに話を盛るので、聞いたことは話半分どころか四分の一くらいにとどめておかなければならない。


「あはは。康一から聞いてるなら話は早いやー。私の夢は暗示だとか比喩とかが多い感覚的な情報が多くて、そこから経験則と夢占いなんかの知識で読み解いてくのー」


 なるほど、ならば百パーセントの的中率というのも少しは納得できる。

 予知夢というからどんなものかと思っていたが、それなればあるていど解釈に幅があるはずだ。

 多少外れたところでこちらの解釈がちがっていたとあるていどの言い訳も立つ。


「こっちのほうでも、けっこう当たるんだよー。もっとも夢解きのノウハウは康一との合作なんだけどー」

「え、今なんて言いました? こっちって」

「あーごめんごめん。その辺は聞いてなかったのかー。こっちっていうのは毎日見る普通の夢の話ねー」


 ……もしかして、さらっとすごいこと言ってるんじゃないだろうかこの人。 


「え、じゃあ予知夢って……」

「そんなの毎日見てたら頭おかしくなっちゃうよー。未来のことが全部わかっちゃう人生なんて、考えただけでも怖いしー」

「ちょっと待ってください――」

「魔女さんはさ。最近、変な夢を見るのが悩みだったりしないかな?」

「え?」

「例えば、その夢は――」


 黛先輩はなんでもないことのように、あの悪夢の内容をディテールも含めて完璧に言い当てて見せた。


「残念ながら、私は霊感に関してはからっきしでねー。幽霊を見るなんてことは滅多にないから、そっち方面じゃ役に立てないんだけどー。もしかしてあなた、最近そういう良くない場所に行ったりしてない?」

「ええ、そうですね。てるてる団地って黛先輩はご存じですか?」

「トモちゃんでいいのにー」

「……では、あいだをとって、トモちゃん先輩というのはどうでしょう」

「ふあー、そうだねー。じゃあそれにしましょうかー」


 あくび混じりに黛先輩改め、トモちゃん先輩は悠長にかまえていた。

 今になって考慮すると、それが彼女なりの気遣いだったのかもしれない。


 ことは想像をはるかに越えて深刻で、もはや手遅れと言ってもいいレベルだった。


 だって、彼女の見る夢は一〇〇パーセント実現するのだから。


「てるてる団地かー、懐かしいねー。私もそこへはよく行ったものだよー」

「ええ、河野先輩に教えられましたから。数ある心霊スポットの中でも三本の指に入るって」

「あはは。そうだねー。あそこはそれくらいの場所だよー。ところでさー」

「はい」

「604号室に入ったりしてないよねー?」

「……」


 目眩がした。


 ここにきて、ようやく自分がとんでもないことをしでかしたと、うっすらと気がつき始める。


 トモちゃん先輩は無言を肯定と受け取り、やっぱりなんでもないことのようにふあーとあくびをしていた。


「なるほど、だいたいわかったよ。でもまだちょっと時間があるから、話題を変えようかー」

「ええ!?」


 いや、そんなの無理っすトモちゃん先輩!


 いくらなんでも自由すぎだろう!


「私に聞いてみたいことがあったりしない?」


 聞いてみたいこともなにも、この状況で質問なんて思いつく人間が果たしてどこにいるのか――。


「先輩はどうしてます?」


 不思議なもので、ほぼ反射的にその一言を発していた。

 このあたり、自分でもだいぶ倒錯していてやばいと思う。


 トモちゃん先輩は院生のかたわら、先輩が働いている大学図書館でアルバイトをしている。

 なので、最近の先輩の動向を知っている可能性は高いはずだった。


「休職中だよー。ここ一年くらいは調子が良くてすっかり治ったと思ってたんだけど、やっぱり心の病気って難しいんだねー」


 心の病気か……。

 そりゃあんな酒の飲み方してればなぁ。


「あんまり詳しくは知らないんですけど、鬱病ですか?」

「複数あるんだけど、鬱っていうよりは躁鬱だよねー。それと統合失調症と不安障害も少々。学生のときなんて大変だったんだからー、康一を精神病院に叩き込むのにサークルのみんなで大立ち回りさー」


 今の先輩しか知らないので、そんな暴れるような姿はまったく想像できなかった。

 変な人ではあるが、基本的には物静かで冷静な人だ。


「トモちゃん先輩のような真面目な人が先輩の友人で良かったですよ。本当に……」

「なにそれー。そんなことないよー」

「いえいえ、留年もせずにストレートで卒業して、銀行に就職して、そこで満足せずにさらに勉学に励むなんて――」

「私は欲望に忠実なだけー。あいつもそうでしょ? やりたいことだけやって、やりたくないことはやらない。ていどの差はあるけれど、私もおんなじー。働くのは嫌いだしー」

「そう言われてみると、先輩はやりたいことしかやらないイメージが強いですね」

「人間は文字通り人間であるときだけ遊んでいるのであって、遊んでいるところでだけ真の人間なのだ」


 なにかの引用だと思われるが、教養がないためうまく返すことができなかった。

 先輩もたまにこうした韜晦をしてくるが、どうやらこの世代に特有の悪癖らしい。


「私は康一ほど人間らしい人間を知らないねー。駄目人間だけど、そこだけは尊敬できるよー。普通はまともになろうとか、ちゃんとしようとかどこかで思うものー。それが羨ましくて、私も仕事を辞めたみたいなところあるしー。おまえが許されるんなら私だっていいじゃーん、みたいなー」


 褒めているのか、貶しているのか、微妙なラインではあるものの、言っていることにはとても頷けた。


「さてー、そろそろかなー?」


 トモちゃん先輩がそう言い終わるやいなや、彼女の携帯に着信が入った。


「ちょっと失礼」電話に出たトモちゃん先輩は簡単な挨拶をしてから「無事合流しましたー」と誰かに伝えていた。

 ここで言う合流とは状況的に現状のことを指すのだろう。


 トモちゃん先輩は電話の相手へ向かって軽くお辞儀をしてから通話を終えた。


「それじゃあ行きましょうかー。あなたに会わせたい人がいるからー」

「え、誰ですか?」

井上形兆いのうえけいちょうってわかるかなー。あなたがあの団地で出会ったデッカイ警察官だよー。オカルトサークルOBで私と康一の先輩だから、あなたの先輩ということにもなるよねー」


 なるほど、そのためにこの人は部室で待っていたのか。


 あらかじめ井上先輩からてるてる団地での事情を聞いていたのなら、これまでの超能力じみた一連の発言も少しは理解できるような気がした。


 それでもちょっと出来すぎている気がしなくもないが……。


「ほらー、じゃああのバーに行こうかー。あそこで飲むなんて久しぶりだなー。マスターは元気かなー」


 間延びしたゆったりとした口調でひとりごちながら、トモちゃん先輩は先へ行く。


 ん?

 いや、ちょっと待て。


「トモちゃん先輩」

「なんでしょー」

「私が今日ここにやってくるって、なんで知ってたんですか? なんの約束もしてないはずなのに……」


 考えづらいが私が先輩を待ち続ける覚悟だったように、トモちゃん先輩はずっとあそこで待っていたのだろうか?


「なーんだ。簡単だよそんなことー」


 トモちゃん先輩は振り向かずに、先へ歩きながらこともなげに言う。


「私の夢が外れるわけないんだからー」


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