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捌 『てるてる団地』 1/10

 中学生くらいまでは、この世に絶対的なものがあると信じていたように思う。


 世界にはちゃんと意味があって、もちろん自分がこうして産まれてきた意味だってある。

 美しいものや尊いものはどこかに必ず存在していて、その価値は絶対に揺らいだりしない。


 特定の宗教を信仰していたわけではないけれど、神様はいて、定められた規則や価値に従ってこの世界というものは動いている。

 そんなことを、素朴に信じていたように思う。


 しかし、それは昔の話だ。


 この世に絶対なんてないし、意味なんてない。


 神様もいないし、世界には規則や価値も、なにもない。


 人類の大多数は、絶対的なものの存在を確信しているわけじゃない。

 神様一つとってみても、色々な解釈で様々な教義があって、そこで試されているのは結局のところ信仰心なのだと思う。


 つまるところ、なにを信じるのかという話になってくる。


 信じるに値するものを、自分で選びとって、決めなくてはいけない。


「絶対」に身を任せる消極的な方法論でなく、自分で価値を決めてゆく積極的な関わりかたを世界は求めている。


 なら、最初からそう言えよと思わなくもないが、愚痴ったところで益体もない。

 そんなことをするよりも、自分の人生というものを考えたほうがましだ。


 それを世間ではモラトリアムというらしく、その時間を過ごした場所が、自分にとっては大学であり、恥を忍んで詳細に語れば、怪しさと胡散臭さと虚飾と嘘にまみれたオカルトサークルだった。


 というか、そこにいた河野康一こうのこういちという、もはや怪人の領域に片足を突っ込んでいるようなメンヘラ男に、私は多大な影響を受けている。


 理由は単純この上なく、あの人に恋していたからだ。


 しかも初恋だった。


 いったいどのタイミングで、あの人のことを好きになってしまったのか、今をもって未だにわからない。


 気がついたら好きになっていたように思う。

 陳腐な表現だが、運命の赤い糸があるかのように、あの人のことを好きになっていた。


 けれど、だとすれば、先述した世界の在り方とは矛盾が発生する。


 恋に落ちる相手を選べないのだとしたら、この私の気持ちは、この想いは、いったいどこからやってきたのだろう?







『てるてる団地』

 二年目の一月。


 先輩が遊んでくれない。


 年が明けてからこっち、それがこの山岸路希やまぎしろきのもっぱらの悩みだった。


 先輩はオカサーのOBでいて、大学図書館に勤めている心霊マニアの奇人だ。

 しかも複数の精神病持ちで精神病棟への入院歴あり、障害者手帳も二級という、こう言ってはアレだが、筋金入りのおかしな人でもある。


 あまり偏見に満ちたことは言いたくないが、向精神薬をガリガリと噛み砕いてビールをがぶ飲みしているところを何度も見させられると、やっぱりおかしな人としか形容できない。


 しかも、本物の霊能力者としても名を馳せており、オカルト関係の評判もわんさと揃っている。


 おかしな人という表現は、むしろだいぶマイルドなはずだ。


 うちの大学の生徒ならば一度は噂を耳にしたことがある有名人――悪評にまみれた危険人物――それが先輩こと河野康一だった。


 そんな危険人物と知り合いになり、オカサーに入部したのがかれこれ九月頃。

 なのでそろそろ先輩と出会って四ヶ月が経とうとしていた。


 最初の二ヶ月は師事というほど大仰ではないが、先輩はけっこう熱心にオカルトに関するあれやこれやを教えてくれていた。


 この心霊スポット巡りだって、先輩オススメの場所へ一晩に何カ所もはしごしたものだし、先輩が収集した怖い話やいわく付きのアイテム、オカルトに関する稀覯本なども披露してくれた。

 簡単なタロット占いや、ちょっとした呪術の類まで先輩から手取り足取り教えてもらった。


 だがしかし、それも最初の二ヶ月までの話で、今は電話で声を聞くことすらままならない。

 副業であるオカルト関係の仕事が忙しくなってきたという理由で、ポツポツとこちらの誘いを断るようになり、最近では本業である大学図書館にも顔を出していないようだった。


 もしかして、嫌われたんだろうか……。


「ヤマーさん。着きましたよ」

「……」

「どうしました? 難しい顔をして」

「ん。いや、なんでもないよ。いつも運転してくれてありがとね」


 心からの謝意を込めて、璃々佳ちゃんの頭を丁寧になでなでする。


 璃々佳ちゃんはたいていこれをしてあげると子犬みたいに喜んでくれるが、今は困ったような表情しかしてくれない。

 そこまで酷い顔をしていたのだろうか。


 小柄な璃々佳ちゃんが手足のように運転してのけるワンボックスカーから外に出ると、そこには夜に閉ざされた巨大な建築物がいくつも立ち並んでいた。


 ここは心霊スポットとしても廃墟マニアにもよく知られている場所、通称てるてる団地。


 最寄りの町から車で一五分ほどかかる郊外にあり、周囲に人が住んでいる住居は一つもない。

 陸の上にある無人の孤島といった風情なので外灯も存在しておらず、柔らかに降り注ぐ月明かりと、厳かにそびえ立つ巨大な団地群だけがある。

 鉄筋コンクリートたちに囲まれて森閑としている暗闇を、無遠慮に照らす懐中電灯の光が複数見えた。


 ひそひそとさざめき、きゃっきゃと笑い声をあげるその一団へ、璃々佳ちゃんは駆け寄って声をかけた。


「皆さん集合してくださーい。絶対に個人行動はとらないようにお願いします!」


 今回で四回目になるオカサー真冬の心霊スポットツアーの発起人である璃々佳ちゃんは、慣れた調子で参加者の統率をとってみせた。


「いいですか? 心霊スポットで一番怖いのは幽霊ではなく人間です。ましてや私たちはか弱い乙女。ですから、決してはぐれず集団で動くようにしてくださいね」


 今回の参加者は五人ほど、そのうち入部希望者は三人で、全員が女の子である。

 いくら治安の良い日本とは言え、二十歳前後のうら若き乙女たちにとって、深夜に人目のない場所をふらふらするというのはかなりリスキーな行いである。

 集団行動をとることは必須だと言えよう。


 ポップでキュートで健全なオカルトサークルの明日のためにも、リスクマネジメントはしっかり行うべきだ。


 であるからして、てるてる団地に集まったか弱き乙女たちは、動きやすい服装はもちろんのこと、こちらで支給した武装で各々が身を固めている。


 催涙スプレー、警報ブザー、懐中電灯は標準装備であり、あとは好みの武器――警棒、スタンガン、スリングショットなどなど――を装備している。

 また必ず一人は騎士役として武術の心得がある部員に声をかけており、今回は少林寺拳法部に所属している二年生の間田理恵はざまだりえさんに同行してもらっていた。

 ちなみに間田さんの武器はメリケンサックである。

 特徴的な縦ロールをしたお淑やかなお嬢様である間田さんだが、素手で瓦を五枚も割ってみせる屈指の戦闘力を誇る。


「――っと注意事項は以上になります。部員である間田さんと吉良さんは、入部希望のかたをちゃんとリードしてあげること、いいですね?」

「「かしこまりー」」


 最近は璃々佳ちゃんの企画力と実行力のおかげで、オカルトサークルの部員は増えつつあり、現時点で入部者は十人ほどになっている。

 とは言っても特になにか目的らしい目的があるわけではなく、みんなで集まってご飯を食べたりお酒を飲んだりが主な活動だ。

 占いや黒魔術が好きな者もいるが、大半は気軽に遊びに来てくれる普通の女の子たちである。

 今回の入部希望者である彼女たちも、見るからには後者だろう。


 そう思うと、先輩の存在は彼女たちにとってはあまりに毒が強すぎるかもしれない。


 ……ひょっとして、これが先輩に距離を置かれている原因なんだろうか。


「それでは、部長であるヤマーさ……ロキ様。入部希望者のかたに改めて挨拶をお願いします」

「……」

「ちょっとヤマーさん」


 ぼーっとしていたところを璃々佳ちゃんに小突かれて、みんなの前へ一歩出た。

 すると、なぜか全員が全員、ぴしっと直立して姿勢を正す。


 どうしてこうなった……と思わなくもないが、これも璃々佳ちゃんのプロデュースの一貫なのだった。

 なんでも「オカルトサークルにはミステリアスなイケメンが一人は必要なんです!」とかなんとか。


 イケメンでは断じてないが、璃々佳ちゃんの指示がまちがっていたことはないので、おとなしく魔女としての役を演じている私なのだった。


「皆さん、こんばんは。オカルトサークルで部長を務めている、山岸路希です。

 月が綺麗ないい夜ですね。この星からは海王星を視認することは叶いませんが、占星術で言えば今夜のホロスコープは月と海王星が黄道上の同じ位置に重なります。

 今宵産まれた子供たちはみな、神秘なるものへの憧憬を持つことになるでしょう。

 今日のような日をコンジャクションと言い、星と星のエネルギーがダイレクトに流れ込むことで、強い衝動を無自覚に引き起こすと言われています。

 ひょっとすると、我々が今こうしてここにいるということは、星々たちの導きによるものなのかもしれません。

 今宵の体験が、あなたたちの人生をより豊かにしてくれることを、心から祈っています」


 軽く一礼をしてから、間田さんと吉良さんの手を取る。


「オカルトサークルの先輩として、引率はしっかりお願いしますね」

「「はいっ!」」


 ものすごくいい声で返事をされてちょっと戸惑うが、微笑むだけに留めておく。

 なぜそんなにヤル気なのか不思議だったが、これならちゃんとまとめてくれることだろう。


 とはいえ、武道家である間田さんとちがって吉良さんは陸上部の三年生だ。

 無駄なく筋肉のついたスリムな身体を、上下のジャージがゆったりと包んでいる。

 無理を言って練習終わりに引率を頼んだせいでほぼスッピンの状態であり、普段はファンデーションで隠れているそばかすがうっすらと見える。

 けれど、逆にそれが少女性を際だたせていて愛らしかった。


「吉良さんは疲れてないかな。大丈夫?」

「大丈夫でありますっ! 車内で仮眠もとらせていただいたので! 命に代えても使命は果たします!」

「いや、命は大事にしてね」

「はい!」


 なぜ年上なのに敬語なのかと言えば、このオカルトサークルでは入った順番で上下関係が決まっているからだ。

 とは言ってもそこまでガチガチの体育会系というわけではない。

 もっとゆるふわな感じで、和気藹々とした雰囲気である。


 ただし、私に対してだけはみなガチガチなのだった。


「間田さんも吉良さんも、くれぐれも怪我のないよう気をつけて。あなたたちにも祝福がありますように」

「「はい! ありがとうございます!」」

「……」


 うーん……、やっぱりこれおかしいんじゃないかな?


 とは思うものの、今さらキャラをどう変化させればいいのかよくわからない。

 下手にいじって嫌われるよりはもう今のままでいいんじゃないだろうか……。

 幸い、慕われてはいるようだし……。


「それでは、でっぱつでーす!」


 そんな私の葛藤をよそに、璃々佳ちゃんは心霊ツアーの一歩目を踏み出すのだった。


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