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漆 『チャーリーゲーム』 6/10

「――ん。そう? いや全然なんでもないよ。とにかく、お守りは絶対に手放すなって先輩に言われたから」

「そうですか……。いざというときは、このお守りを景子さんに渡そうかと考えてたんですけど」

「駄目だよ。絶対に持っててね」

「はい」


 そういう手段も思いついてはいるが、もしそうなっても渡すべきは璃々佳ちゃんのお守りではないだろう。

 万が一にも、この子を危険な目に遭わせることなんてできない。


 璃々佳ちゃんは霊感に乏しいが、かといってそういったものの影響を受けないわけじゃない。

 影響を自覚できないだけだ。


 璃々佳ちゃんはとてもいい子で、理由は正直よくわからないが、こんな変わり者の自分を好きになってくれた。

 その好意に答えられないと伝えても、璃々佳ちゃんはひたむきな愛情を注ぎ続けてくれる。


 その好意に彼女の望む形で答えることはできないが、この子が少しでも幸せになってくれることを願ってやまない。

 例えどんなことがあっても、璃々佳ちゃんの笑顔がなくなるなんてことは、あってはいけないんだ。


「それじゃあ、そろそろ璃々佳ちゃんのほうの報告も聞かせてもらえないかな」

「そうですね。まずはチャーリーゲームの件からにしましょう。その場にいた複数の人たちに当時の様子を聞いてきました」


 それは景子さんが所属する英米文学科が毎年開く夏のゼミ合宿で起こった。


「最初にやろうと言い出したのは景子さんだったみたいですね。場所はうちの大学所有の合宿所の一室です。私も一度行ったことがありますけど、最寄りのコンビニまで歩いて三〇分かかる山の中に合宿所はあります。部屋は大きめの和室で、二〇畳くらい。部屋の左右は押入になっていて、奥の窓からは林くらいしか見えません」


 学生の集まりなので、勉強会の後は当たり前のように飲み会が開催される。

 問題のチャーリーゲームは二日目の夜、酔った勢いの余興として行われた。


「チャーリーは最初のうち、呼びかけに応じなかったらしいんです。どんなに呼びかけても、鉛筆は動かないまま。それがなぜか貴美子さんが呼びかけたときだけ反応したんです。反応の仕方が変というか、まるで磁石で操ってるみたいにピシッとNOを指したと」

「ん? ちょっと待って、NOを指したの? [Charlie Charlie,are you there?]って問いかけに対して?」

「ええ。聞き込みをした人たちはみなそう証言してますから、まちがいないでしょう」


 それからすぐに照明が消えたという。

 深夜ということもあり、部屋は完全な闇に閉ざされた。


「泣いて騒ぐ女子に釣られる形で、部屋はちょっとしたパニック状態になったそうです。部屋中にバタバタと誰かが駆ける足音がいくつも聞こえたとのことでした」


 そこで、いったん璃々佳ちゃんは言葉を切った。

 几帳面な璃々佳ちゃんらしく、証言の一つ一つは誤りのないように手帳へメモしてある。

 璃々佳ちゃんはそこから先を読み上げるのをためらっているように見えた。


「どうしたの?」

「いないんですよ。そんな人」

「誰がいないって?」

「これは私が聞いて回って初めてわかったことで、このことに気がついている人は誰もいませんでした。今でも知りません」

「だから、どういうこと?」

「暗くなったとき、部屋を動き回った人なんて一人もいなかったんです。声こそ上げても、みんなその場から動けずにじっとしていたんですから」

「……」

「でも、誰かが走り回っているような音が聞こえたというのは、全員が証言しています。それと、これは二人だけでしたが、鳥のような鳴き声が聞こえたそうです」

「夜なのに?」

「ええ、しかも普通の鳴き声じゃなくて、威嚇するみたいにつんざくような鳴き声だったそうです」

「足音だけなら拓弥さんや貴美子さんということにもできるんだけど、鳥の鳴き声か……誰かの叫び声がそう聞こえたとかではなくて?」

「どうでしょう。興奮状態だったと思いますし、鳥の鳴き声に空耳したと思えなくもないですね。でも、実はまだ不思議なことがありまして、鳥の鳴き声を聞いた一人が話してくれたんです。あの足音は獣のものだって」

「獣? 人間の足音じゃなかったってこと?」

「ええ。その人は犬が好きで毎日散歩に行くらしいんですけど、足音のリズムがどう聞いても犬の駆け足だったって言うんですよ」

「……うーん」


 なにか引っかかるものがある気もするが、それがなんなのかまではわからない。

 もし先輩なら、ここまでの話で真相を悟ってしまえるのだろうか。


「部屋の照明が消えていたのは時間にして十秒も満たなかったそうです。自然と蛍光灯がついて、部屋はすぐに明るくなりました」

「そのときって景子さんたち三人はどうしてたのかな」

「その翌日に重傷を負った貴美子さんは泣いていたそうです。死んでしまった拓弥さんは、貴美子さんを抱きしめて慰めていたとか」

「……?」

「景子さんのほうは外見上、落ち着いていたみたいですね。近くにいた人の話だと、小声でブツブツと独り言をつぶやくていどには、取り乱していたようですが」

「独り言?」

「よくはわからないですが、「あンだょ」とか、そういう風に聞こえたみたいです。気の強そうなあの人のことですから、まぁありえなくはないかと」

「……それ、結局どうなったの?」


 蛍光灯が再び点灯し、一同が机の上を見ると、鉛筆はぐるぐるとルーレットのように回って止まらなくなっていたらしい。

 ここにきて恐怖のあまり部屋から出ていく人間もいたようだ。

 だがそこは景子さんだった。

 慄く一同を尻目に、自ら強制的に終了させ、紙をビリビリに破いたとのことだった。


「だいたいそれで当日の話はおしまいですね。その翌日の帰り道に、景子さんたち三人が交通事故に遭いました。拓弥さんは即死、貴美子さんは全身打撲と骨折で入院。事故の様子を聞くに、景子さんがあのていどで済んだのは奇跡に近いでしょう。この辺は聞いたとおりですね」


 それがチャーリーと呼ばれたなにかのせいなのか、それはまだわからない。

 普通ならば、ただの偶然だと言って済ませてしまうだろう。


 だが聞いていて嫌な感じがするのも事実だった。

 怪談話を聞いた恐怖感以上のものがそこにはある。

 そして璃々佳ちゃんが語ってくれた補足情報は、その嫌な予感をさらに加速させる。


「ですが、一つだけ情報が更新されました」

「更新っていうと、状況が変わったの?」

「ええ。貴美子さんは二日前の深夜に自殺しているそうです」

「え……意識不明じゃなかった?」


 メモ帳をめくる手を震わせつつも、璃々佳ちゃんは努めて冷静さを失わない。


「そのことですが、意識は不明でも貴美子さんはこの三ヶ月のあいだずっとうなされていたみたいなんです。引っ張るのはヤメテ……お願い……と何度もうわ言を繰り返していたと聞きました」

「でも、自殺って言うけどどうやって? まともに動くこともできないほどの大怪我でしょ」

「死因は病室からの投身自殺です」

「おかしいって。だって全身打撲に骨折で、三ヶ月も寝たきりだったのに。そんなことできるわけが――」

「お医者さんもまったく同じことを言ってましたし、警察も取り調べ中なので正確なところはわかりません。でも看護士のかたがこうもぼやいてました。ナニカに引っ張られて、連れて行かれたんじゃないかって……」

「……」


 ねっとりとまとわりつくような闇の感触が、胸の奥に残る。

 こうして調べて回ることで、得体の知れないチャーリーに見つかってしまったような、そんな感覚――。


 りりりりりりりりりりりりりりりりり


 携帯の着信音が部屋に響いた。

 それと同時に、床が沈み込むような感覚に襲われる。


「あれ? マナーモードにしてなかったっけ……」と言いながら、璃々佳ちゃんは携帯に手を伸ばして着信をとってしまった。

「もしもし? もしもーし!?」


 まずい。


 それがなにかはわからないが、良くないものが今、この部屋にやってきている。

 自分の中に湧き起こった嫌な予感と、この着信のタイミングがあまりに良すぎる。

 なにより現実から一枚膜を隔てたような曖昧な感覚、転調が起こるときはたいてい異常の前触れだ。


 璃々佳ちゃんから無理に携帯を取り上げて代わりに耳に当てた。


「……」


 なにも聞こえない。

 無言電話だった。

 画面を見ても非通知なので誰がかけてきているのかもわからない。


「誰だ?」

 そう問いかけた直後、大きな物音がした。

 ドタンバタンと電話の向こうでなにかが暴れているような音と、くぐもった人間の声のようなものが、電話のスピーカーから聞こえてくる。


 それが五秒ていど続いたかと思うと、という人間らしきうめき声と、「ゴズ」というコンクリートに物をぶつけたような鈍い音が同時に聞こえると、また無音の電話に戻った。


「……――……――……」


 いや、ちがう。

 音がある。

 かすかにだが聞こえるものがある。


 はっはっはっはっは――という呼吸音がかすかに、しかしはっきりと聞き取れた。


 それは例えるならば、獣の呼吸に酷似していた。

 その獣はおそらく舌を出して、吸って吐いてを何度か繰り返してから、電話はぶつりと切れた。


 璃々佳ちゃんは不安そうにこちらをのぞき込んでいる。


「大丈夫、大丈夫だから」


 震える璃々佳ちゃんの身体を抱きしめて、あやしながらも警戒を解くことはやめない。

 電話が切れてもまだ違和感は続いている。

 その正体を見つけようと、部屋中に注意を張り巡らす。


 コツ……コツ……コツ……


 窓のほうから音が聞こえる。

 璃々佳ちゃんは気がついていないようだったが、誰かがガラスに小石を当てているのか?


 判断に迷うが、下手に動くこともできない。

 璃々佳ちゃんを抱きしめたまま硬直していると、しだいに違和感は遠のいていった。

 断続的に聞こえていたコツコツという音の間隔も開いていき、まったく聞こえなくなったところで、ゆっくりと息を吐いて緊張を緩めた。


「もう平気だよ……ん、璃々佳ちゃん?」

「すいません。私は……平気じゃないです」


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