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漆 『チャーリーゲーム』 5/10

「冗談はよせ。現役の頃ならいざ知らず、社会人は暇じゃないんだ」

「そうですよね」

「やり方を聞かれたら教えてあげてはいるけれど」

「やっぱり片棒かついでるじゃないっすか!?」

「あははは。いや、オカルトは自己責任だからさ」


 言い訳をしようともせず、ぬけぬけと先輩はそう言って笑う。


「その景子さんが呼び出したものは、本当にチャーリーと呼ばれるものだったのか?」

「どうでしょうね。ネットで簡単に調べたんすけど、チャーリーって悪魔はメキシコに存在しないらしいんですよね。アステカ神話に出てくるテスカトリポカじゃないかって話も見かけましたけど」


 先輩は鼻で笑ってそれを否定した。


「ありえないだろ。天地創造の神が鉛筆二本と紙切れ一枚で呼び出されてたまるか。アステカ神話にとってのテスカトリポカとケツァルコアトルは、古事記で言ったら伊邪那岐神と伊邪那美神みたいなもんだぞ。鉛筆回すだけじゃすまねーよ」

「やっぱりそうですよねぇ……」

「そうか、悪魔について調べていたから君は図書館にいるんだな。勉強熱心でけっこうなことだ。先生は嬉しいぞ」

「……まぁ否定はしませんが、なんかイラっとしますね……その言い方。だいたいなんで図書館にこういう類の本が大量にあるんですか?」

「俺が入れたからね」


 先輩の反応はやっぱり予想を裏切らないものだった。


「……職権乱用ですか?」

「失礼な。神学を勉強する上で悪魔学は現代でも欠かせないものなんだぞ。歴史や民間伝承や芸術なんかにも悪魔は顔を出している。それについて書かれた蔵書が図書館に少ないなんて、けしからんと俺は思ったわけだよ」


 なんかそれっぽいことを熱っぽく語る先輩を、「あーはいはいなるほどーそいつはすげーや」などと生返事のテキトーな相づちで流しておく。

 本人には絶対に言うつもりはないが、実を言えばこういうやり取りがたまらなく楽しかったりする。

 顔が見えないので電話は嫌いだが、頬が緩んでいても先輩に茶化されないことを鑑みるとたまにはいいかもしれない。


「本当に悪魔なのかどうかが問題だな」

「ソロモン王の七二柱の悪魔を読んだりもしたんすけど、チャーリーらしいものはいませんでした。先輩の言うとおり、正体が分かれば対処法もあると思うんですけど――」

「そういう意味で言ったんじゃない」


 先輩は急に真剣な口調へと変わった。


「もし本当に悪魔なら、絶対に関わるんじゃない」

「え?」

「前に渡したお守り。今も持ってるか?」

「言われたとおり肌身離さず持ち歩いてますけど……」

「絶対に手放すんじゃないぞ。いいな」

「は、はい」


 基本的に与太郎な先輩が珍しくシリアスなので戸惑いを隠せない。

 もしかして、考えている以上に今の状況って危険なのか。

 ついさっき、挿絵で見てきた大量の悪魔たちが想起される。


「これは最悪のケースなんだが、もしかすると今回の件は――」と先輩は仮定の話ではあるものの、今回の事件の根幹の部分を語ってくれた。

「――なるほど……え? でも……そうだとして、なんでそんなことを?」

「確証はない。けどな、最悪のケースは想定しておくもんだ。そのためにも――」


 先輩は悪魔やオカルト関係以外のことで、この図書館で調べるべきものをもう一つ示してくれた。


「それって簡単に調べられるんですか?」

「今日のこの時間なら二階の受付に俺の知り合いがいる。そいつに俺の名前を出せば教えてもらえるはずだ」


 先輩はその人の名前を教えてくれた。


「たぶん物静かに座っているふりをして寝ているから優しく起こせよ。下手に起こすと機嫌を損ねるからな」

「子供ですか?」

「……それ、本人の前で言うなよ。あれでけっこう気にしてるんだから」

「? わかりました」

「あぁ、あと川尻の土産のことなんだけど――」


 それから璃々佳ちゃんのお土産の話をしてから、先輩との電話は終わった。


 机の上を片づけてから、先輩の指示通りに二階の受付へと移動する。

 もう時刻は閉館一五分前を指していた。


 受付のカウンターの向こうには、黒髪をオカッパに切り揃えた童女が一人、ちょこんと座っていた。


 そう、童女である。


 なぜこの時間に子供がいるのだろう。

 背筋を伸ばして座るその姿はどこからどう見ても小学生だ。

 もしかしてこれも幽霊なんだろうか? 


 そう考えてみればかの有名な座敷童に見えなくもない。


「……」


 前に立ってみるが、反応がない。

 よくよく観察してみると、背筋を伸ばしてはいるものの、どうやら眠っているらしい。

 耳を澄ませると「すー……すー……」という規則的な浅い寝息が聞こえてくる。

 それでも頭や身体が動く気配は微塵もない。


 器用なものだと感心させられるほど美しい寝姿だったが、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。


 先輩に聞いた名前を口にしながら、ちょっとだけ肩に触れてみる。


「あなたが、黛朋子まゆずみともこさんですか?」







「それで、その黛さんに調べていただいた結果はどうでした?」

「ビンゴだった。先輩の言ってた通り」

「怖くなって自分で調べたんじゃないですか?」

「いや、日付を確認してもそれより前なんだよね」

「そうですか……」


 閉館ギリギリまで粘ってから自宅へ帰ると、ちょうど璃々佳ちゃんとアパートの前で居合わせた。

 お互いに夕飯を済ませていなかったので、今日一日で収集した情報共有も兼ねて、璃々佳ちゃんの部屋で一緒にごはんを食べることにした。


 ちなみに一ヶ月前と住まいは二人とも変わっていない。

 そもそも引っ越そうにもお金がないのでできないわけだが、大家さんにかけあったところ、いくらか家賃を安くしてもらえたので未だにここに住んでいる。

 先輩の苦労の甲斐もあってか、今に至るまでおかしなことは起きていない。


 璃々佳ちゃんの部屋に初めて招待されたときはテディベアなんかが置いてあるファンシーな内装を想像していたものだが、実際のところは実用性重視のシンプルな作りになっている。


 基本的には無印良品で買い揃えられた家具たちがモノトーンでまとめられており、むしろ家具や物の数は少ない。


 本人いわく、無駄を削ぎ落として残った機能美こそが美しいとのことらしい。


 部屋は整理整頓されており、同じアパートの同じ間取りのはずなのに広く感じるほどだった。

 掃除も行き届いており、ちょっとした物陰に目をやってもホコリの一つも落ちていない。


 今夜のメニューはもはや作るのが面倒なので、お互いの家の残り物を持ち寄って白米だけを用意した。


 チキンカレー、豚の角煮、ボンゴレビアンコ、わかめの味噌汁、ひじきの煮物、なすの浅漬、そして白米。


 以上の品々が所狭しとテーブルを賑わせている。


「璃々佳ちゃんは先輩のお守り、どうしてる?」


 決して大きくない卓袱台なのに対面には座らず、璃々佳ちゃんはすぐ隣に無理矢理座って食事をしていた。


「いちおう持ち歩いてはいますよ。この部屋のこともありますし、もうあんなことはコリゴリです……」


 箸を止めて、璃々佳ちゃんは頭を垂れて凹んでいた。

 ぴこぴこと揺れるツインテールにも元気がない。

 その小さな頭を撫でる。


「気にしなくて大丈夫だからね」

「ヤマーさん……もっと、慰めてください」

「よしよし」

「ごはんを食べさせてください」

「いや、恥ずかしいからそれは駄目」

「ちぇー」

「そんなに食べさせっこしてみたいの?」

「ヤマーさんは好きな人と食べさせっこしたくなったりしません?」


 そういうものだろうか?


 うーん。


「ちょっと試しに想像してみてくださいよ」

「んー、でも別に好きな人なんて――………………!?」

「顔赤いですよ! 誰のことを考えてるんです?」

「ちがっ……! そ、そうじゃなくて、周りに男の人がいないから――」

「私の部屋で男の人のことを考えるのは今後一切禁止します!」

「ええ……」

「私のことだけを考えてください! それ以外は取り締まりますから! 今後それを破ったさいには更正プログラムを受けてもらいます。私しか愛せない脳みそにチューニングしますから!」

「とんだ頭脳警察だよ……」


 いつもの璃々佳ちゃんに戻ってくれて良かった。

 出会った当時の、お淑やかでとっても女の子している璃々佳ちゃんも可愛いが、個人的にはこっちの元気でパワフルな璃々佳ちゃんのほうが好きだったりする。


 かといって女の子と恋愛関係になるつもりはもうないが。


 あくまで友人として仲を深めていければなと切に思う。


「話は戻りますけど、このお守りは効果あるんですかね? これ、たぶんあいつの手作りですよ」


 言いながら、璃々佳ちゃんは手荷物の中から先輩に手渡されたお守りを取り出す。

 それは神社やお寺でよく見かけるようなものではなくて、丈夫な千代紙で作られた手製のものだった。

 中にはやはり先輩手製のお札が入っているらしいが、聖別してあるとのことで、決して中を開けて見るなと厳命されている。


「効果はあると思うよ。貰ってから肩こりとか家鳴りとか、さっぱりなくなったし」


 そもそも先輩に「最近肩が凝ったり、身体がダルかったりしないか?」と尋ねられたことが、このお守りを授けられる流れへと繋がっている。

 教えてもいないのにどうしてそんなことが分かるのか不思議だったが、先輩いわく「俺も昔はそうだった」らしい。


「心霊スポット行脚を始めた頃は睡眠不足もあいまって、昼間でも幽霊が見えるレベルまでもっていかれたからな。君にはそこまでのスパルタで仕込むつもりはない。無理せずにやっていこう」とのことで、このお守りを先輩はくれたのだった。


 さらに「優しいなぁ俺。ちゃんと感謝しろよ。俺のときなんて由花子さんに――」と、昔話には必ず顔を出す狐宮由花子きつみやゆかことのエピソードがもれなくおまけでついてくる。

 その女性が先輩をオカルト道に引きずり込んだ諸悪の根元(先輩評)らしい。


「そのかた、前から思ってたんですけど、性格が悪すぎません?」と、思い切って先輩に言ってみたことがある。

 だってエピソードの一つ一つが本当にロクでもなく、脚色もしてあるのだろうが人間味が感じられない。

 人と言うよりは、それこそ悪魔に近いものがある。


 すると先輩は「よくぞ言ってくれた。いや実際のところあの人の人間性は最悪だ。男好きでワガママで狡猾でドがつくほどの悪趣味で、倫理や道徳をすべて忘れていて、面白いことにしか興味がない。自分が美人だと思っているナルシストだし、タチが悪いことにそれが事実なのも手に負えない。その上外面だけは良くて裏表がすっげー激しい。かくいう俺もそれに騙されてこんなことに――」と放っておけばずっと狐宮由花子との思い出を話し続けるのだった。


 先輩は狐宮由花子のことが、どうやら好きなようだった。

 それは昔を懐かしんでのノスタルジーとかではなく、現在進行形の好きであるように思えてならない。


 男女の関係として、先輩は狐宮由花子が好きなのである。


「……」

「どうしました? 眉間にしわが寄ってますよ?」


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