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漆 『チャーリーゲーム』 2/10

 目指すはオシャレでミステリアスで、他人の役に立つハイソなオカサーである。


「でも大丈夫なのかな? 素人がタロット占いなんてやってさ」


 あらかじめ先輩から譲り受けたトート版のタロットカードをシャッフルしていく。

 このタロットカードは、よく見かけるライダー版のタロットカードよりもずっと大きく、普通のトランプの二倍ほどもあった。

 そのため、シャッフルが非常にしづらく、ぎこちなさを隠すために相談相手が来る前に準備を済ませている。


 カードの順番だけでなく、カードの上下も占いには大きく関わってくるので、カードを落とさないようにゆっくりと入念にシャッフルする。


「大丈夫ですって、自信もってください。私とちがってヤマーさんはあいつに才能があるって言われたじゃないですか」


 璃々佳ちゃんがあいつというのはオカサーのOBこと河野康一、先輩のことである。


 先輩は入部希望に際し「好きにしろ。俺は知らん」とにべもない態度だったが、こちらが弱みを掴んでいることもあり、オカルトの手ほどきを週二くらいのペースで施してくれている。


 占いはその一環であり、あとは深夜に先輩が厳選した心霊スポットに連れていってくれる。


 これまでそうしたものを遠ざけてきたわけだが、いざ開き直ってその世界に飛び込んでみると、奥深さに圧倒される。


 正直に告白すると、かなり楽しい。


 初対面の人にオカルトが趣味だとはなかなか打ち明けられないけれど、それが好きな自分を素直に認められるようにはなった。


 心霊スポットではこの一ヶ月だけでもけっこうな数の幽霊を見ている。

 以前であれば見えてしまったことを恥ずかしくすら思ったものだが、今はそれほど嫌悪感がない。

 むしろ先輩とそのことについて話すことが楽しいくらいだった。


 先輩いわく、ここまで筋が良いのも珍しいとのことで、最初こそ不貞腐れていたものの、最近はけっこう熱心に色々と教えてもらっている。


 とはいえ、まだまだまだまだ、未熟者にはちがいない。


「経験が少なすぎて本当に役に立ってるのか不安だよ」

「役に立ってますって。早くもリピーターが何人かついてますし。大学でもよく当たるって少しずつ評判になってますよ。お礼だって何回かもらってるでしょう?」


 璃々佳ちゃんの素晴らしい営業活動のおかげもあって、タロット占いで迷える子羊たちを救ってイメージアップ作戦! はそこそこの成功を収めている。

 でもそれはどちらかと言えば璃々佳ちゃんの手腕によるところが大きいんじゃないかと思う。

 引っ込み思案な印象が強かった璃々佳ちゃんだが、実は物事をちゃんと一人で考えて決めることができる、たくましい女の子なのだった。


 一つ年下の子がこんなにがんばっているのに、弱音ばかりを吐いてもいられない。


 気を取り直して、試みに一枚、一番上のカードをめくって自分のこれからの運勢を占ってみる。


 SWORDSの9が正位置で出てきた。

 個人的には全七八枚の中で一・二位を争う不吉なカードだ。

 刃こぼれが出るまで酷使された九本の剣からは真っ赤な血が滴り、その間を縫うように涙のような小さな水滴が落ちていく。


 ううん……。


「私はアドバイスしてるだけで、問題を解決したのはその人の力だよ。だからそそのかしているだけな気が――」

「そんなことはありません。みんなそのアドバイスが欲しいんですから。迷ったときに背中を押してくれる力強い言葉を、人々は求めているんですよ」

「それはそうかもだけど……」

「それにこっちは修行中ということで占い料はロハなんですから。問題ありません。むしろ私たちの飲食代くらいとりたいくらいです」

「それはごめん」

「あ、ちがいます。ちがいますよ? ヤマーさんはなにも悪くありません。悪いのは部室をあんな風にしたあいつです」


 あいつ、こと先輩からは「現役生こそ部室を使うべきだから、使いたいなら使っても良いが、頼むから物を捨てたり配置を変えないでくれ。危ないからな」との言伝を授かっている。


 部室の鍵はあるので使おうと思えば使えるのだが、ものの三〇分ていどでもいると気分が悪くなってくるので、こうして大学近くのバーを第二の部室として使っているのだった。


 ちなみに璃々佳ちゃんは部室にいてもなんともないらしく、平然としている。

 心霊スポットでも璃々佳ちゃんだけがなにも見えないし感じないということが多く、先輩には鈍感娘の烙印を押されていた。

 

 当然、そんな烙印を押されて璃々佳ちゃんが愉快に思うわけもなく、二人の仲は険悪でよく喧嘩をしているのだった。


「で、次の人はどういう相談内容なの?」

「それなんですけど、実は次の人は占いじゃないんですよ。なんか悪いものに取り憑かれてるかもしれないので、見て欲しいそうです」


 いちおう占い以外にも相談ごとは受け付けているが、こっちとしては不安な部分が大きい。

 実績はいくらか残してはいるものの、それはほとんど璃々佳ちゃんの活躍のおかげと言っていいからだ。

 その働きぶりを見ていると、ほとんどプロの探偵であり、璃々佳ちゃんに解決できないトラブルなんてないんじゃないかと思える。


「ええ……でも、先輩に万が一があるから、占いていどにしておけって言われたでしょ」

「大丈夫ですって。今あいつは旅行中ですから。華麗に解決して、うちのサークルの評判を上げていきましょう! ところで、ヤマーさんはチャーリーゲームって知ってます?」

「いや、名前だけで詳しくは――」


 そこまで話したところで、カランカランと入り口のベルが鳴った。


 おそらくうちの大学の学生であろう女子が立っており、店内を見回している。


 パーマのかかった茶髪のロングヘアに臙脂色のジャケット、下は紺のロングスカートを穿いている。太めの眉と持ち上がった目尻は、話してもいないのに彼女の気の強さを確信させた。


 だが何よりも目を引くのは彼女の左腕だった。

 正確に言えば、左腕があるべき場所とでも言おうか。

 彼女の左腕は肘から先の部分が途中で消失しており、橈骨と尺骨を肉と皮膚が包み込む形で縫われた丸みだけがある。


 璃々佳ちゃんが手を振って呼んだところを見ると、どうやら彼女が次の顧客らしかった。


「あなたが魔女の山岸路希やまぎしろき?」

「こんばんわ、英米文学部三年の辻景子つじけいこ先輩。呼び方は景子さんでいいでしょうか?」


 景子さんは対面に座り込むなり足を組んで、こちらをジロリと睨みつけてくる。

 いきなり魔女とか言われたことを訂正してもらいたいのだが、璃々佳ちゃんの指示通りに余裕をもった笑みを浮かべるだけに止める。


 占いをするなら雰囲気からということで、「こっちはなんでもお見通しですよ、余裕なんですよ」とでも言いたげな態度を装うことにしていた。


 璃々佳ちゃんはその助手という位置で、占っている最中はほとんど口を挟もうとはしない。


 相談したい場合でも、それはお客さんが帰った後になる。


「呼び捨てでいいわ。煙草、吸ってもいい?」

「どうぞ、ご自由に。相談料は無料ですが、チャージとしてワンドリンク頼んでいただけます?」

「じゃあマンハッタンを」


 片腕の彼女に悲壮感や気弱なところはなく、カクテルの女王の名前を口にするときも慣れたものだった。

 とてもではないが、占いやオカルトを信じているようには見えない。

 占いがどうあろうと自分が決めた道を力ずくで歩んでいく強さを感じる。


「悪いものに取り憑かれてるようですね」


 とりあえず軽く用件を聞こうと話を切り出すが、景子さんは目を丸くしてこちらを見ている。


「やっぱりそうなの?」


 驚いている景子さんの様子に違和感を覚えたので、隣にいる助手を一瞥した。

 璃々佳ちゃんは涼しい顔でノートを広げていた。


 これじゃあ先輩が指南してくれたホットリーディングとコールドリーディングを駆使するインチキ占い師マニュアルそのものじゃないか。


 あとで説教だなとは思うが、ここで訂正するのも変な話なのでこのまま進めてしまう。

 演出されたものとはいえ、導入部分でこちらの能力を信じてくれたのなら色々とやりやすい。


「それが今回の件に絡んでいるのかはっきりとはわかりません。詳しい話をうかがってみないことには」


 運ばれてきたマンハッタンには手をつけずに、景子さんは「そうね」と腕組みをしてしばらく考え込んでいた。


「どこから話せばいいのかわからないけど、なにかがおかしくなったのは三ヶ月前にゼミの夏合宿でやったチャーリーゲームから、ということになるわね」


 合いの手を入れずに黙っているが、景子さんはチャーリーゲームの説明をする素振りは見せない。

 たしか、チャーリーゲームは外国版コックリさんのようなものだったと思うが、それを知らないことにすると不都合なのであえて触れない。


 学内ではけっこう有名なはずなのだが、不勉強が悔やまれた。


「そこでなにかあったと?」

「あった。けれどそれはそこまでの不思議じゃない。ただ決められた手順に従ってチャーリーゲームをしたら、噂通りに動き始めたってだけだもの。きゃーきゃーみんなで騒いだりしたけど、それも半ば演技のただの余興よ。だってそうでしょう? そりゃちょっと不思議だったけど、たかが鉛筆が一本動いたからってなんだっていうの?」


 景子さんはカクテルを口に含むことで、苛立った口調を抑える。


 やっぱりこの人、普段はこんなところへ来る人じゃないのだろう。

 鉛筆が一本動いただけで大喜びする先輩とは水と油だ。


「その翌日だったわ。事故に遭ったのは」


 しばしの沈黙の後、景子さんはカクテルにまた口をつける。

 ここでも私はあえて合いの手や質問をしたりはしない。

 少ない占い経験から学んだことだが、相談者が重大なことを話す際には長いタメが必要だからだ。


「馬鹿にしないで、最後まで聞いてくれる?」と前置きをしてから、景子さんは訥々と、彼女が体験した奇妙な話を語り出した。


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