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壱 『ホテルの亡霊』 2/5

どうもこんばんわ!

二回目のテスト投稿になります。

毎日投稿しますとか昨日告知しておいていきなりこんな時間までずれ込むというね……。気をつけたい。

 飲み会はこれといっておかしな所もなく和やかに進んでいった。

 まずはこの団体がいったい何の団体なのかをはっきりさせておこう。

 この団体の正体はずばりオカルトサークルというやつだ。

 これだけ聞くとかなり怪しい感じがバシバシと伝わってしまうが、この飲み会の雰囲気を見るかぎり、いたって普通の若者が馬鹿騒ぎしているようにしか感じない。

 先輩の話を聞いていると、やはりオカルトというその怪しい雰囲気から警戒されてなかなか人が集まらないらしい。

 だからあえて正門の前に集合するときに何のサークルなのかをぼかして、おれみたいなのが引っかかるのを待つということだった。

 今思えば、このときからもうすでにはめられていたということになる。


 その飲み会は新入生と先輩たちを合わせて十五人くらいの中規模な飲み会だった。

 正門の前では影があるように感じたが、こうして喋ってみると本当にどこにでもいる普通の大学生という感じだ。

 逆にオカルトというのは男より女の子のほうが惹かれるようで女子が多めだった。

 そして、おれは桜並木の下で見かけたその女の子たちの中でもとびぬけて美人だったあの人の隣の席に着くことに成功し、同じテーブルの人たちと楽しく談笑していた。


 その人の名前は狐宮由花子(きつみやゆかこ)

 文学部の三年生だ。

 おれの体は連日の飲み会と睡眠不足でボロボロだったが、それでもこの飲み会に参加しているのはこの人がいたからだ。

 それぐらいこの人の容姿はずば抜けていた。


 まるでモデルのような身長と体型で、亜麻色の髪は縛らず胸にたらしている。

 その髪は濡れているようなつやを持っていて、頭を振るとそれにあわせて髪は流れ、その周りには甘い香気が漂う。

 まっすぐに通っている鼻筋と、二重の大きいつり目はこの人の芯の強さをよく物語っていた。

 口元は癖なのかいつも微笑んでいるのだが、その微笑からは優しさというよりは、どこか人を馬鹿にしているというか、常に何かを企んでいるような感じがしていた。

 黙っているとミステリアスな、気難しい印象を全体から受けるが、話してみると気さくで、その端整な顔が表情豊かに変わる様子は見ていて飽きなかった。


「ところで、河野くんは幽霊を信じてる人?」


 ついぼうっと見惚れていると急に話しかけられってしまった。

 おれは思いっきりあってしまった視線をテーブルの方へそらす。

 ここで当時のおれの幽霊観について言及しようと思う。

 当時のおれは幽霊の存在をあまり信じちゃいなかった。

 テレビでよくやる心霊特集なんかを見るのは好きだったが、これといって興味があるというわけではない。

 幽霊の話を読んだり聞いたりして、もしかしたら存在するのかもしれないと考えることもあったが、そこまで突き詰めて考えたことはない。

 仮に存在したとしてもおれの生活には全く関係ないことだと思っていた。

 つまり信じていないというより、正確に言えばどっちでもいいという感じだ。


「……そうですね。いるかもしれない、というレベルですね。おれは幽霊とかそういったものは一度も見たことないですし。狐宮さんはやっぱり信じてるんですか?」

「そりゃあね。あと私のことは由花子でいいよ」

「えっと、じゃあ由花子さんは心霊体験とかしたことあるんですか?」

「したことあるもなにも、私見える人だから」


 さも当然のように由花子さんは言った。まるでおれが間違ったことを言っているかのように。


「え?」

「今だってあそこに座っているんだよ。君には見えないだろうけど、あそこからじっとこっちを見ている。私が見える人間だっていうことに気付いたのかもしれない」


 由花子さんはたまたま空いている席を指差した。

 おれにはやっぱり何も見えない。


「そんなわけないって顔してるね。でも見えないからいない、なんていうのはちょっとどうかと思うな。君が幽霊を見ることができない理由ってなんだかわかるかな?」


 そんなこと真顔でいきなり聞かれてもこっちとしては返答のしようがない。


「さぁ……。わかりません」

「犬の視覚は色彩を感じ取ることができないのは知っているかな? 犬は人間と違って、白黒で物を見ているんだけど、このとき犬自身が色彩という概念を知ることは不可能だよね。どうしてかって、色彩という概念は犬の知性をはるかに凌駕しているから。もしかしたら色彩の存在に気づくことはあるかもしれない。けれど、その概念を理解することは絶対にありえないはず。この色彩と犬の関係を、幽霊と人間の関係にすると少しはわかりやすいかな」由花子さんは続ける。


「人間という存在は精神と肉体で説明できる。精神というのはつまり魂のこと。つまり私たちのような人間は肉体という乗り物に、魂が宿ったものと言えるわけ。幽霊は肉体をもたない人間のことを言う。その姿が見えないということはつまり、魂という概念は人間の知性を凌駕しているということになるね。ここで大切なのは色彩というものが本当に存在しているように、魂だって存在しているということ。人間が知覚できないから存在しないなんて、傲慢な考え方だと思わない?」

「はぁ。でも由花子さんは幽霊が見えるんですよね。それだと知覚できてることになりません?」

「知覚なんかできてないよ。色彩というものがあると犬に教えても、犬にとって世界が白黒であり続けるように、魂の存在を知ってもそれが完璧に知覚できるというわけじゃない。たしかに私には幽霊が見える。けれどもそれはその魂という概念のほんの一面にしかすぎない。そもそもそういったものを知覚なんてできるわけがない。だって、それは人間が知ることのできる領域を超えているものだもの。その存在に気づくことはあっても私たちは絶対に知ることはできない、そこは神様しか手を触れることを許されない領域……」


 由花子さんは急にうつむいて黙り込んでしまった。

 特に表情に変化はなかったけれど、おれはなぜかこのとき、由花子さんが一瞬悲しそうな顔をしているように見えた。


「まぁなんとなくわかりましたけど、結局おれの幽霊が見えない理由ってなんなんですか?」

「単純な話だよ。ただ幽霊の存在に気づくきっかけがなかったというだけ。きっかけさえあれば、誰だってとりあえずは見えるようになるはず。そのきっかけってやつがなかなか難しいんだけどね」


 おれは幽霊がいると指を差された席を見てみた。

 そう言われてみると、幽霊がいるような気がしないでもない。

 ……いや、やっぱり気のせいだ。

 見えないものは見えない。

 見えないものの存在を信じるなんて、そう簡単にできるわけがないだろう。

 おれが嘘くさいと思っていることに気付いたのか、由花子さんは飲み物を一口飲むと急にさっきの調子に戻った。


「とか真面目に言ってみてもやっぱり、信じちゃくれないかー」

「なんだ冗談ですか。いや面白かったですよ。今の話。由花子さんが一人で考えたんですか?」

「まあね。それより、幽霊がいるかどうかということはこのさい置いといて、君は幽霊を見てみたいと思う?」

「そりゃまあ見られるものなら見たいですけど」


 別にどうでも良かったが、会話を続けるためにはこういう返事をするしかあるまい。


「それじゃあさぁ、実はこのあと新入生と一緒に肝試しに行こうっていうことになってるんだけど、良かったら来なよ。もしかしたら見られるかもよ、幽霊」

「行きます」


 反射的におれは自分でも驚くぐらい溌剌とした声で返事をしていた。

 だって、こんな綺麗な人と暗闇で二人きりになるチャンスがあるかもしれないということを考えたら、そりゃ男なら誰だってこう言うだろう。

 だが今思い返せば若気の至りだったと反省している。

 こうしておれはどんどん引き返せない方向へ足を踏み入れていく。



 飲み会の終わりに参加者を募った結果。

 肝試しに参加する人はおれを入れて新入生五人、先輩たち五人の計十人で行くことになった。

 目的地までは先輩たちの車で行くことになっている。

 先輩たちの車は四台用意してあり、一台目と二台目に三人、三台目と四台目に二人ずつ乗って行く。


 おれは男の先輩と二人で同乗することになった。


 この人の名前は井上形兆(いのうえけいちょう)

 このオカルトサークルの部長を勤めている経済学部の三年生だ。

 井上さんはラグビーでもやっているのかと思うような体格で、見た目は怖い人だけれど、話してみると冗談好きな面白い人だ。

 気楽にしゃべれるので、目的地までの道のりまで気まずい思いはしなくて済みそうだった。

 その車の中では今日飲み会に来ていた新入生の女の子たちの中で、誰が可愛かったかという、ありふれた会話をしていた。


「それで康一は誰が一番好みだった? うちのサークルけっこう可愛い子が多いから、一人ぐらいは好みの子がいると思うんだけど」

「やっぱり、由花子さんですかね。おれ実は地元がけっこうな田舎なんですけど、都会は違いますね。あんな綺麗な人始めて見ました」


 井上さんはあちゃーといった感じで額を叩いた。


「あー。そうだよな。何も知らなかったらそりゃ由花子のこと気に入るのもしょうがないよな。うん。悪いことは言わないから、あいつとは距離を置いておいた方がいい」

「確かに変な人ですけど、すげー美人じゃないですか。あれぐらい綺麗な人だったら、おれはもうだいたいのことなら目をつむれます」

「だいたいのことならおれだって余裕だよ。でも由花子の場合に限ってだいたいとかじゃ済まないからヤバイんだよ」

「そんなに変な人なんですか?」


 こう聞くと井上さんは声を急にひそめだした。まるで、誰かに聞かれるのを恐れるように。


「まぁ変なやつには違いないんだけどさ、問題はそこじゃない。由花子はねぇ、なんというか、言っても信じないとは思うんだけど、見えるんだよ。幽霊が、しかもハンパなく」


 井上さんは居酒屋のときの由花子さんと同じことを言っていた。

 ということは幽霊が見えるというのは本当の話だったのだろうか。


「そんなにすごいんですか?」

「おれもこんなサークルの部長やってるわけだから、幽霊が見えないわけじゃない。大学に入ってあいつに会うまでは、自分以上の心霊体験をしているやつなんて見たことがなかったくらいだからな。でも由花子だけは別格だ。会ってからもう二年ぐらいつるんでいるが、あそこまでいくともう病気の域だな」

「でも見えるとしても、見えるのは由花子さんだけだから、そんなに問題でもないんじゃないですか?」

「霊感の強い人間は霊を呼びよせるっていうだろ? あいつの回りにいると本気でとんでもない目に遭うぞ」

「本当ですか?」

「嘘なんかついてないって」

「じゃあ井上さんも何かヤバイ目に遭ったって言うんですか?」

「……遭った」


 その声は真剣そのものだった。

 井上さんは顔をしっかりと前に向け、その目はガラスの向こうの遠くを見ていた。

 おれはこんな反応が返ってくるとは思わなかったので、たじろいでしまった。


「一体どんな目に遭ったんですか」


 おれは恐る恐る聞いてみると、井上さんは数秒の沈黙の後、一言喋ると黙り込んでしまった。


「思い出したくない……」


 そのままどう話を切り出すべきかわからず、おれはそのあと目的地に着くまで窓の外を眺めていた。

 外はいつのまにか街灯が乱立する明るい街から、ひとけのない暗い山道に変わっていた。

 車は黙る二人をよそに走り続けた。

 車が止まったとき、そこには笑顔の由花子さんが手を振って迎えに来ていた。


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