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伍 『ケンケン様』 4/7

 囲炉裏を囲んでの食事というのはなかなか乙なものだ。


 夕方、俺たち三人としのぶさんは居間で豪勢な夕食に舌鼓を打っていた。


 山菜の天ぷらに、鮎の塩焼き、キュウリとナスの漬物、舞茸や油揚げが入っているうどんすき、冷やっこ、ほかほかのご飯にミョウガの味噌汁。

 これらはすべて豊大さんが作ったらしい。

 こう言ってしまうと失礼だが、にわかに信じがたいことだ。

 当の豊大さんはおばあさんと食べるようなのでこの場にはいない。

 あのムスっとした顔の豊大さんと、あの少しボケているおばあさんが食卓を囲む絵は、ちょっと想像できなかった。


「いやー食べた食べたー。もう私おなかいっぱい。ご馳走様でした!」


 好物である油揚げをゆっくりと味わっていた由花子さんが最後に食べ終わると、しのぶさんは「ちょっと待っていてください」と言って居間から出て行く。

 しばらくして、瓶とグラスを持って戻ってきた。


「お酒が駄目なかたって、もしかしていらっしゃいますかー?」

「そんなわけないじゃないですかしのぶさん! 私たちは大学生ですよ? お酒を飲むのが生業ってぇもんですよ!」


 威勢良く由花子さんがそんな妄言をのたまう。

 それはさすがに言い過ぎだが、俺を含めたこの三人は大学生の中でも特にお酒を飲むほうだ。

 一年を通してお酒を飲んだことのない日を数えたほうが早いかもしれない。

 だから記憶をなくすことなんてしょっちゅうだ。

 そんなボンクラ三人組なのでグラスにはなみなみと酒が注がれる。


 ちょっと見たところではワインに見えたその酒は、ルビーのような真っ赤な色をしていた。

 だがその香りからワインではないことはすぐにわかる。

 その酒の香りを嗅いでいて俺はピンときた。

 あのおばあさんの部屋に混じっていたニオイはこれだ。


「この村でよく取れる柘榴のお酒ですー。村では一年を通してこのお酒をよく飲んでるんですよ」

「おっ! なかなかうまいですねこれ」


 自炊は全然しないくせに味にはうるさい井上さんが褒めるのだから間違いない。

 俺も一口飲んでみるとさっぱりとした甘さに、スッとした香りでかなり飲みやすい。

 するすると入ってしまう。


 酒に酔えば自然と会話も弾む。

 今まで他人行儀なところがあった俺たちとしのぶさんは、あくまで同世代の人間として打ち解けた雰囲気の会話ができるようになった。


「実は私たちオカルト研究部に入ってるんですけど、あの神社のことについて教えてくれませんか?」


 俺と井上さんが繁華街で酔っぱらって通りにある看板を全部なぎ倒していたらヤクザに本気で追いかけられた話が一段落したのを見計らって、由花子さんは少し顔が紅くなっているしのぶさんにそう話しかけた。

 それを受け、ニコニコした顔から一転して、しのぶさんは露骨に困った顔をした。

 オカルト関係のことになると特に見境がなくなる由花子さんは黙っているしのぶさんにはかまわず、勝手に話を始める。


「あれは祟り神ですね?」


 その一言を聞いて観念した様子のしのぶさんは、今まで閉じていたその口をゆっくりと開いた。


「よくわかりましたねー。そうです。あれは実は祟り神なんです。……別に騙そうとしていたわけではないんですよ。怖がらせちゃいけないと思って嘘をついてたんです」


 本当によくわかったなと俺も思う。

 まぁこの人になぜ?

 と聞いてみたところで「なんとなくそんな感じがする」という直感だけで、根拠なんてないだろうが。


 嘘がばれたしのぶさんは、申し訳なさそうに小さくなってしまった。

 和服を着ていることも加えて、不覚にもその姿に俺は胸がキュンとなってしまった。


「そんなこと全然気にしてなんかいないですよ。だって僕たちのことを考えてそうしてくれたんですから」


 井上さんがここぞとばかりにカッコつけてそんなことを言った。

 くそ。

 しのぶさんに見惚れていて先を越された。

 それを聞いたしのぶさんは顔をまたぱぁっと明るくさせた。


「本当ですか?」


 かっかわいい。


「本当ですとも。えぇ。マジで恋する五秒前ですよ」

「何言ってるの康一くん? 話を元に戻しますけど、あの神社の神様は祟り神なんですよね。あの神様について逸話なんかはないんですか?」


 ここで祟り神について少し説明しよう。

 神というのは基本的には祟るものだが、普通の神よりその怒り、つまりは災厄が尋常ではないとこう呼ばれることになる。

 尊敬や感謝の念から神として祀られているというよりは、祟り神の場合、民衆の恐怖心から祀られている。

 王様に例えて簡単に言えば、普通の神様が国民全員から慕われている優しい王様で、祟り神がバリバリの恐怖政治で国民全員から畏怖されている王様というところだろうか。


「ケンケン様というのはもともとこのあたりに出るとされている物の怪の名前なんです」

「もしかして人面犬の噂の元になったのがこのケンケン様なんじゃないかって思うんですけど」


 人面犬は口裂け女やほかの都市伝説と同様に、その噂のおお元が判然としない。

 だが由花子さんはこの手の噂は自然発生的に現れるわけではなく、必ずなにか元となる話があるはずだと考えていた。


「えぇ。程度はあるでしょうがたぶんかかわっていると思いますー。なにせ人面犬そのままの見た目ですからね。でもケンケン様は人面犬というよりは狼男の話に近いんですよ」


 しのぶさんはケンケン様の話を俺たちにしてくれた。


「ケンケン様は正確にはあの犬の姿のことを言っているのではなくて、悪霊のようなものらしいんです。それにとり憑かれると昼間は普通の人間ですが、夜な夜なあの姿に変わって家族や近所の人間に襲いかかり、その肝を生きたまま食べてしまうと言われて恐れらています」

「ずいぶんとエグイ話ですね」


 井上さんがその話を聞いて顔をしかめる。


「そうですねー。私も初めてこの話を聞いたときはぞっとしましたよ」

「でも悪霊っていうのならケンケン様はもともと人間だったってことですよね?」


 由花子さんがそんなことを指摘する。

 たしかに人間以外の霊のことを悪霊とはあまり言わない。


「えぇ。この村にも飢饉というのはやっぱりあって、当時はたくさんの餓死者が出たそうです。こんなことを話してはいけないのかもしれませんけど、赤ん坊や老人の間引きもこのころにはしょっちゅう行われていたようです。そういった霊たちがやがて悪霊となって村に悪さをすると考えられていたみたいですね」


 思わぬ村の暗部に触れてしまい俺は唖然としてしまう。

 間引きというのが昔たしかに存在していたのは知っていたが、いざそれを本当に昔おこなっていたと人から聞いてみても現実感がなかった。

 しのぶさんもそんな俺の考えを見透かしてのことなのか、少し喋りすぎてしまったなといった顔をして黙ってしまった。


 囲炉裏の周りに座っている俺たちに気まずい雰囲気が流れた。

 そんな空気を打ち消そうと動いたのは井上さんだった。


「じゃあ俺たちは今夜あたりヤバイかもしれないな。なぁ由花子」

「あ、あぁ。そうね。しのぶさんも気をつけないと駄目ですよ。部屋の扉にはちゃんと鍵をしないとあぶないかもしれません」


 由花子さんは黙っているしのぶさんに話しかけた。

 少しのあいだその意図を考えていたしのぶさんは、二人に話を合わせる。


「そうですねぇ。康一さんには外にある蔵に寝泊りしてもらったほうがいいかもしれませんねぇ」

「ちょっと待ってくださいよー。なんでですか?」

「それは……なぁ」


 井上さんが由花子さんにそう話しかけると、由花子さんはもう手遅れですといった調子で首をフルフルと横にふった。


「だから大丈夫ですって。さっきの神社のあれは俺じゃなくても誰かがやったであろうことですよ! 俺には神様を侮辱しようなんて気持ちはこれっぽちもないんですから!」


 由花子さんは意地悪い笑いを漏らす。


「わかんないよー。神様ってけっこう理不尽だからね」

「そ、そんな馬鹿な」

「大丈夫ですよー。私にまかせてください!」


 そんな俺のピンチに立ち上がった女性は、少しでも自分の力を認めてもらおうと自分の胸をポンとたたく。

 だがやはりどう見てもあまり頼りになるとは思えない。


「実は泉家はこの村の昔からの長であると同時に、ケンケン様を退治する役目もあったんですよー。ですから万が一そんなことがあっても大丈夫です! 康一さんは私が助けますからー」


 しのぶさんが元気を取り戻してくれたので俺はほっとする。

 やっぱりこの人には暗い顔なんて似合わない。


 空気を読まない由花子さんがつぶやいた「でもしのぶさんはこの家の血筋じゃないから関係ないんじゃ……」というセリフはこのさい黙殺することにした。



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