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肆 『ミステリー・ハウス』 4/5

 中に入って初めのうちは本当にただのお屋敷といった感じだったが、奥に進めば進むほどその異様さは増していった。

 ドアを開けてもそこには壁しかないというものを皮切りに、途中までしかない階段なんかはしょっちゅうあり、一見ただのタンスにしか見えない家具が中を開けてみれば廊下が続いていたり、床や天井にドアが取り付けてあったりもする。


 いつのまにか悪霊そっちのけで迷路を楽しんでいた俺たちだったが、あるところで黛が変な足音が聞こえると言うので一気に場が引き締まった。

 俺たちはすぐに喋るのを止めてあたりに耳を澄ます。

 すると確かにコツコツというような足音が、かなりはっきりと聞き取ることができた。


 俺たちは懐中電燈の灯りを消して、扉の外にそいつが通るのを待ち構えた。

 ソレはときおり遠ざかったりしつつも、基本的には俺たちのほうへゆっくりと近づいてきていた。

 一体それがなんなのか、俺たちは恐怖と緊張で自分たちが興奮していくのを感じた。


 そしてそれはついに扉を横切り、俺たちの部屋を通り過ぎて行った。


 だが、残念ながら俺にはソレを見ることはできなかった。

 これは別段驚くことでもない。

 こういうことは今までにもけっこうあった。

 俺はそれほど霊感が高いというわけでもないので、心霊スポットに行ったとき、井上さんや由花子さんだけが幽霊を見るということがけっこうあった。

 今回もそんなところだろう。

 少し拍子抜けだった。

 懐中電灯をつけて黛の顔を見る。


「見えた?」

「いーや。全然見えなかった」

「井上さんはどうですか?」


 井上さんは少し訝しげな表情をしながら、見えなかったといった。

 井上さんが見えないということはなくはないが、それでもかなり珍しいほうだ。

 俺たちはお互いが見えなかったということがわかると、我がオカルトサークルの中でも、病的なまでに高い霊感を持っている由花子さんの顔をうかがった。

 このときの由花子さんの顔を俺は決して忘れないだろう。


「何……アレ……」


 扉の方向から目を逸らせずに、わなわなと震える唇でやっとそれだけつぶやいた由花子さんの顔はまるで蝋でできているかのように蒼白だった。

 俺たち三人はそれを見て今がどれだけ異常な事態かということを理解する。

 俺たちがどんなにヤバイめに遭おうともパニックにならないのは、この人がどんなことが起きても動じずにヘラヘラ笑っているからだ。

 こんなことは、いまだかつてなかった。


「一体、何が見えたんだ、由花子」


 パニックになりそうな俺と黛を意識してか、井上さんはいつもより力強くゆっくりと由花子さんに尋ねた。

 由花子さんは俺たちには聞き取れそうで聞き取れないような小声で、ボソボソと何か言っている。

 その目は俺たちを捉えてはいなかった。


「……嘘……そんなこと……えっこない……でも……れはたしかに………」

「しっかりしろ、由花子!」


 井上さんの大声で我を取り戻した由花子さんは、俺たちにただ一言こうつぶやいた。


「逃げましょう」


 そう言うなり由花子さんは脱兎のごとく駆け出した。慌てて俺たちもそのあとを追った。



 俺たちは出口を探して屋敷の中を駆け回った。


 一体今どこにいるのだろう?

 ここに入ってからどれくらいの時間が経ったか?

 出口に近づいているのか?

 それとも遠のいているのか?

 なぜこんなことをしているのか?

 胸の鼓動が高まるのと比例して恐怖は爆発的に俺たちを覆っていった。


 屋敷の構造は悪意すら感じられるほどより一層複雑になっていく。

 天井と床が逆さまになった部屋、

 ねじられている廊下、

 隠し扉、

 隠し階段、

 隠し廊下……。

 一緒に逃げていたはずの他の三人は、気がついたらいなくなり、こんなわけのわからない屋敷に俺は恐慌状態で一人さまよい続ける。

 そこにあの足音が聞こえてくる。

 コツコツと、コツコツと。


 それは確実に俺のほうへと近づいてきていた。

 一刻も早くここから逃げ出さなければならない、もしアレに追いつかれたら俺はどうなってしまうのだろう……。

 その未知のものに対する恐怖が俺の脳内に充満していった。


 どこをどう走ったのか、まるで思い出すことができない。

 無我夢中に、がむしゃらに俺は屋敷中を駆け巡った。

 そうしている間にも足音は確実に俺との距離を縮めてくる。

 それはもう立ち止まってしまえば、ぶつかってしまうようなところまで来ていた。


 振り向けない。

 立ち止まれない。

 出口は見えない。


 もう駄目だ!

 と思って開けた扉がその屋敷の最後の扉だった。

 そこにはもうすでに俺以外の三人がいる。

 助かったと思うと同時に、ソレはほんの一瞬、俺の手を掴んだかのように思えた。

 その感触はすぐに消え去り、屋敷の闇から月明かりの外へと繋がる扉は突風によって勢いよく閉ざされた。



 俺たち四人はしばらくの間、何の軽口も叩けなかった。

 四人が四人とも地面に疲弊した四肢をだらしなく伸ばし、満天の星空の下、鼓動が静まるのを待っていた。


「アッハハハハハハハ」


 夜の静寂を破って由花子さんは笑い出す。


「面白い。面白い。こんなに怖い思いをしたのは久しぶりだよ」


 呆れた。

 あれほどの目にあってもこの人は懲りていないのか。

 俺以外の二人も信じられないという様子で由花子さんを見つめていた。


「なぁ。一体何だったんだ由花子。おまえはあそこで何を見たっていうんだ」


 由花子さんは上半身だけ起こして俺たちのほうを見た。

 そして、いつもの半笑いのような、人を小馬鹿にしたような表情で「知りたい?」と聞いた。 俺たち三人がそれにうなずくと由花子さんはまた夜空を見上げながら言った。


「見えなかった」


 ……はぁ?

 何を言ってるんだこの人は。


「言ってる意味がわからないんですけど」

「だからー見えなかったの、何にも」

「じゃあなんで逃げたんですか?」


 黛も意味がわからないようだ。


「だってそんなことありえないよ。生きている人並みに、気配があれだけしているのに見えないなんて、そんなことありえない。あれだけ気配がはっきりしてれば君たちにだって、いやどれだけ鈍感な人でも見ることができるはずだよ。形兆だってそう思うでしょう?」

「たしかに俺も変だなとは思ったけど、まさかおまえがあんなに怖がるとは思わなかったよ」


 由花子さんは苦笑した。


「油断したよ。こういうところにいる得体のしれないものは全部幽霊だっていう思い込みがあったんだろうね。まさか幽霊じゃない、また別の何かが出てくるなんて……。世の中は広いね。私もまだまだだな」

「結局、アレって何だったんですかね?」

「さぁ。もう一回入って確かめてみる?」


 冗談じゃない、そう三人が同時に言って、今夜は解散ということになった。


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