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肆 『ミステリー・ハウス』 3/5

「きゃあああああああああああああああああああ」


 談笑していた部室に何の脈絡もなく叫び声が響き渡った。

 俺たち三人は驚いて声のしたほうを一斉に見ると、冬なのに玉のような汗を額に浮かべている黛が座っていた。

 どうやら今までずっとコタツで寝ていたらしいが、うなされて起きてしまったらしい。


 この唐突な登場の仕方をした女は黛朋子(まゆずみ ともこ)

 俺とは語学のクラスで知り合い、その特異な能力を面白がった由花子さんが熱烈にこのサークルに勧誘し現在にいたる。

 コタツで寝ていても気がつかないほど小柄で、本人に言うと怒るが一五〇センチくらいしか身長がなく、童顔なため下手すると小学生ぐらいに見えるときがある。

 でかい井上さんと並んで歩いていると犯罪のにおいすら漂うほどだ。


 黛は驚いている俺たち三人の顔をそれぞれ見てから何事もなかったかのように、またもぞもぞとコタツの中へと戻っていった。


「いや、それはないだろおまえ。なんか言えよ」

「ねーむーいーのー。由花子さんがここで昼寝しててもいいって言うから私ここに入ったんだもん」

「今日はどんな夢見たの、ともちゃん?」


 由花子さんは黛のことをかなり気に入ってる。

 見た目が小さくて可愛いからというのもあるが、一番の理由は彼女の一風変わった特技である、予知夢を見ることがあるという点を評価しているのだろう。

 彼女が自称するところによると、今までその予知夢が外れたことはないらしい。

 とてつもなく胡散臭い話だが、あながち嘘とも言い切れないエピソードがある。


 こいつはこの通り寝てばかりいるので大学の授業は休みがちで、授業に出てもほとんど爆睡しているという駄目学生だ。

 そんな奴だから本来ならテストのとき、まったく戦力にはならない。

 はずなのだが、こいつが夢の中で解いたという問題がことごとく的中するという出来事があった。

 それは偶然だとかまぐれだとかそういうレベルを遥かに超えていて、少し怖くなってきたほどだ。

 そんなことがあってから俺もこいつの予知夢にはかなりの信用を置いている。


 黛は由花子さんに夢の内容を聞かれると、一瞬きょとんとした表情をしたかと思うと、次には眉間にしわをいれるほど考え込んでしまった。


「えーと。今の夢は……変だな」

「どうしたの?」

「思い出せません。おかしいな、こんなこと今までなかったのに……。悪い夢だったことは漠然と覚えてるんですけど……。あれれー?」

「忘れるようなことだから大したことじゃないんじゃね」

「たぶんそうだよね。ふぁー。じゃあおやすみなさーい」


 さっさとコタツの中に戻って行こうとする黛に、ちょっとと言って井上さんが話し始めた。


「寝る前に朋子ちゃんにも聞いて欲しいんだけど、二週間後にいつものバーに皆を集めてクリスマス・パーティをやろうと思うんだけど、どうかな?」

「私は出席する」

「私もその日は特に何もないんで出席しまーす」

「すいません。僕はちょっとその日は用事があるんでパスです」

「またー? 康一くん最近ノリ悪いよ」


 俺はもっと淡白な反応が返ってくると思っていたが、いつになく不満そうにしている由花子さんが少し意外だった。


「いや。その日はちょっと用事が入っちゃってて、どうしても行けないんですよ。本当に残念ですけど……」

「じゃあさ、今週の金曜日の夜は空いてる? 私ちょっと行ってみたいところがあるから付き合ってよ。ともちゃんたちもどう?」


 話を聞くと、隣の県に今から一年前くらいに閉園になった遊園地があるのだが、そこにあるアトラクションの一つが出るという噂らしい。

 最近なかなかそういったことに参加できていなかった俺は二つ返事で参加することを決め、井上さんと黛も参加することになった。


「金曜の夜に車で向かえに行くから、忘れないでよね。それじゃあ私ちょっとこれから用事があるから」


 そう言って由花子さんは、俺たちと約束するとさっさと部室から出て行ってしまった。


「用事って何かあるんですかね? 俺はてっきり今日は飲みに行くのかと思ってました」

「そういえばそうだな。あいつは特にバイトなんてしてないはずだけどな」


 由花子さんはほとんどバイトをしない、理由は家からの仕送りで十分に贅沢ができてしまうからだ。

 金持ちというのはずるい。

 その仕送りはほぼ毎日飲みに行っても余裕でお金があまるほどだ。


「……」


 ふと気づくと黛は由花子さんが出て行った部室のドアをじっと見つめている。

 こいつは普段から何を考えているのかさっぱりわからないやつだが、今もただぼんやりとその方向を見ているだけなのか、何か思うところあるのか判断がまったくつかなかった。


「黛? どうしたんだよ。あの辺になにかいるのか」


 黛はそれを聞くと俺のほうをちらと一瞥したあと首をかしげ、別に……、と言ってからまたコタツの中へと戻っていった。



 当日の金曜の夜に、由花子さんたちは借りてきたワゴンで俺を迎えにきた。

 目的地はここから車で二時間弱の少し山を登ったところにある。

 その日はとても冷えこんでいたが、そのかわり空気はとても澄んでいて、山のような人口の光が届かない場所からは夜空に綺麗な星がまたたいているのが見えた。

 真冬のドライブもなかなかいいものだ。


 遊園地のもともと駐車場であったろうスペースの端っこに目立たぬように車を停めて、俺たちはフェンスをよじ登り中へと入っていった。


 今までの経験から言って、こういう場所は暴走族のたぐいにメチャクチャに荒らされている場合がほとんどだ。

 この辺りにはそういう輩はいないのか、雨ざらしにされて多少老朽化している点を除いて遊園地は綺麗なものだった。


 しかし、それがさらに誰もいない遊園地の不気味さに拍車をかけていた。

 もともと遊園地というものは退屈な日常を忘れたい人たちが訪れる。

 現実から隔絶された夢の世界であったはずだ。

 遠くまで見渡せる観覧車、

 息もつかせないジェットコースター、

 メルヘンチックなメリーゴーランド、

 空に浮かぶ風船、

 たくさんの人がここを訪れその夢の世界を消費していったことだろう。

 だが消費されるものはいつか尽きてしまうものだ。

 夢の世界は消費され続け、やがて枯渇する。

 いわばここは過去の人々の夢の残骸なのだ。


 その夢の絞りかすでさらにまた夢の世界を消費しようとする俺たちは、屍肉をむさぼるハイエナと似ているかもしれない。


 中に入ってから三十分ほどで目的のアトラクションは見つかった。

 それは大きな洋館を模した迷路だった。


「君たちは『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』って知ってる?」


 由花子さんはその迷路の中に入ろうとする前に立ち止まり、そう俺たちに尋ねた。


「アメリカのカリフォルニア州にあるそれはそれは奇妙奇天烈なお屋敷なんだけどどう変だか知ってるかな?」


 俺はなんのことだかさっぱりわからなかったが、横にいた黛がそれに答えた。


「その話聞いたことあります。なんでもその屋敷の主人が生きている間ずーっと増築を繰り返していたせいで、迷路みたいに複雑な屋敷ができあがったって話だったと思いますけど」


「そう。短期間の間に自分の娘・夫・両親と次々に失っていったその未亡人は、ある占い師にこう言われたそうよ。

 あなたは悪霊に取り付かれている。

 その悪霊たちはじきにあなたの命も奪い、あなたは死んでからも家族と出会うことはないだろう。

 もし天国で家族と再会したいのなら西海岸に家を建てなさい。

 そしてその家は決して完成させてはならない。

 昼も夜も絶え間なく、悪霊が迷うような複雑に入り組んだ家を作り続けなさい。

 そうすればあなたは天寿をまっとうでき、天国で家族と再会できるでしょうと」


 そう言う由花子さんの瞳はまるで猫のように爛々と輝いていた。


「へぇー。面白い話だな、でもそれがどうかしたのか?」

「この建物はそれがモデルになっているみたいだよ。中もモデルに恥じないよう相当入り組んだものになっていて、まだこの遊園地が全盛だったころは、出られなくなって一日中さまよっていた人もいたってくらいだから、かなりのものじゃないかな。ちゃんと出てこられるように気をつけて進もうね」

「うわぁ。もうすでに嫌な予感しかしない……」

「そこまでしっかり作った迷路だもの。中には本物同様、ちゃんと悪霊がいなきゃ嘘だよね。どんなのがいるのか楽しみだな」


 俺たちは一人一つ懐中電燈を手に持ち、その光をたよりに迷路の闇に飲み込まれていった。


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