肆 『ミステリー・ハウス』 2/5
「形兆にちょっとタロット占いしてもらおうと思ってさ。今からやってもらうとこだったんだよ」
井上さんはその外見からは想像しにくいが占いが得意だったりする。
その腕は大学内でも知れ渡っており、今年の文化祭にタロット占いの店を出したときには長蛇の列ができるほどだった。
今でもたまに井上さんに占ってもらいたい人が部室に訪ねてきたりもする。
「へー。何を占ってもらうんです?」
それを聞くと由花子さんはきまり悪そうに黙ってしまった。
それを見てニヤニヤしている井上さんは俺が考えてもいなかった意外なことを教えてくれた。
「これからの恋愛運だとさ」
「ええっ! 由花子さん好きな人とかいましたっけ?」
「うるさいなー。私が恋愛運占ってもらっちゃいけないのか。私だってお年頃なんだからそれぐらいいるよ!」
いきなりだが、由花子さんは何の文句のつけようもないほどの美人だ。
テレビに出てくるアイドルや芸能人と並べてみたとしても何の違和感もなく、さらにその中でも綺麗なほうに入ると思う。
そんな容姿に加えてノリの良さと酒好きな性格があいまってこの人はかなりモテる。
大学内でもたまにこの人が男といるのを見かけるときがあるが、そのたびごとに横にいる男が違うほどだ。
そして、タチが悪いのがこの人にはその気がまったくなく、向こうがどんな気持ちで自分に接しているかを承知のうえで一緒にいるところにある。
そんなだから一部の由花子さんと仲のよいグループを除いて大学内での女子の評判はすこぶる悪い。
由花子さんと出会って間もないときは、この大学内での評判を知らないからあんな傍若無人な振る舞いをしているのかと思っていた。
が、思い切ってこのことを言ってみたら、何をいまさらというようなセリフが返ってきて驚いたことがある。
本人に言わせればこれはもうどうしようもないことらしい。
昔から黙っていても自分はモテるけれども、別に自分から何かしているわけではないし、男を誘っている気も別にない。
向こうが勝手に勘違いして自分に擦り寄ってくるだけで、人から非難されるようなことを自分がしている覚えはない。
だから自分に彼氏を取られただとか言ってきて、嫌がらせをされても意味がわからない。
こっちこそいい迷惑だ。
と、そんな由花子さんだからてっきりそういうのには興味がないと今まで思っていたが、それは間違いだったらしい。
何だか初めて由花子さんをからかうネタができて嬉しかった。井上さんも俺と同じ気持ちらしい。
「へー。由花子さんがねー。へー」
「そうらしいんだよー。意外だよなー」
俺と井上さんは二人でニヤニヤ笑いを顔に浮かべながら、由花子さんを茶化す。
由花子さんはそんな俺たちにむかってパンパンと手を叩き、先をうながした。
「はいはい。小学生じゃないんだから、早くやってよ」
◆
井上さんは占いをする前に軽くタロット・カードについて説明してくれた。
井上さん曰く、タロット占いと一口に言っても、やり方やタロット・カードの種類は数え切れないほどあるらしい。
今ここにあるタロット・カードは世界で最も普及しているライダー版タロットで、占いのやり方は初心者でもできる簡単なセブン・スプレッドと呼ばれるやり方らしい。
よく切ったカード七枚を円状に並べるわけだが、出す順番や向きでそれぞれ意味が違ってくる。
カードを一回裏向きでコタツの上にばら撒き、よく混ぜ合わせてから、それをまたシャッフルし、由花子さんに何回かカットさせ、上から一枚ずつカードを並べていく。
由花子さんの占いはこんな並びだった。
一枚目「過去からの影響」刑死者
二枚目「現在の状況や現在の出来事」月
三枚目「一般的な未来の状況」塔
四枚目「手段・方法」悪魔
五枚目「質問者の態度」女教皇
六枚目「妨害」恋人
七枚目「最終結果」死神(逆向き)
「……最終結果のところに死神がいますね。あとところどころにヤバげなカードが」
面白がって冷やかすと由花子さんに軽く頭をはたかれた。
「もういいから康一君は黙ってて。で、どうなの形兆?」
「いやこの場合の死神はそんなに悪い意味じゃないな。その相手と上手くいくわけじゃないが、障害はなくなって希望は取り戻せるって意味だ。五枚目の女教皇を見る限り俺の占いをちゃんと信用してるみたいだな。順を追って見ていこう。
まず一枚目の刑死者、これは今まで由花子がその相手とあまり上手くいってなかったことを表す。
二枚目の月を見ればわかるが由花子は素直じゃないからな、相手に対する自分の感情を持て余しているところがあるんだろう。
三枚目の塔は穏やかじゃないな、これから何か悪いことが起こるかもしれない、でもそれは相手との関係が悪化するとかそういう意味ではない。
四枚目の悪魔だが、これが出るのはおまえらしいな、意味は理性を失う・悪い行い。おまえはどんな手を使ってでも相手との障害を排除しにかかる。
その障害は六枚目にわかりやすく出てる。その相手には恋人がいるみたいだな、おまえはその二人の仲を裂こうとするだろう。そしてそれは成功する」
井上さんはカードを指差しながら占いの結果を解説していく。
タロット占いというのはどうやら占い師のインスピレーションの良し悪しが、占い師の良し悪しにかかわってくるようだ。
「……なるほど。さすが形兆。参考になったよ、ありがと」由花子さんは軽く頭を下げた。
由花子さんが珍しく人にお礼を言ったことに俺は驚く。
井上さんも同じだったらしい。
「なんだよ。おまえにお礼を言われると気持ちが悪いな。あんまり無茶なことするなよ」
「ほどほどに……ね」
そう言って由花子さんはクスクス笑ったが、目が笑っていなかったのがすごく気になった。
◆
「そうだ康一くんもやってもらいなよ。私の暇つぶしにもなるし」
「そうだな、俺の暇つぶしにもなるしな。ちょっと康一の恋愛運でも占ってみようぜ」
「暇つぶしですか……。まぁ別にいいんですけど。俺も暇ですし」
と暇人だらけの部室でそのとき行われた、俺の占いの結果はこんな感じだった。
一枚目「過去からの影響」魔術師(逆向き)
二枚目「現在の状況や現在の出来事」恋人
三枚目「一般的な未来の状況」塔
四枚目「手段・方法」刑死者(逆向き)
五枚目「質問者の態度」節制
六枚目「妨害」愚者
七枚目「最終結果」審判(逆向き)
「あードンマイドンマイ。一回や二回失恋したくらいでめげんなよ。女なんて他にもいっぱいいるだろ」
井上さんはめくったカードを見るなりそう言って俺の肩をバンバン叩きだした。
「意味がわかんないです。ちゃんと説明してくださいよ」
「最終結果の逆向きの審判は、別れ・孤独になるという意味がある。つまりそういうことだよ」
それを聞いた由花子さんも俺の肩を叩いて励ますというか、馬鹿にして面白がっている。
「アハハハハハハ。ドンマイドンマイ康一くん」
「笑いすぎだろ! ちょっとさっきみたいに詳しく教えてくださいよ」
「まず一枚目の逆向きの魔術師、これは康一の未熟さ・たよりなさを表す。そんでもって二枚目の恋人、これはたぶん今好きな女が二人くらいいることを示していると思う。どうよ?」
「いませんけどね! 別に!」
「またまた。三枚目の塔は由花子と同じでこれからおまえに何か悪いことが起こるのを暗示している。気をつけていたほうがいいかもしれない。四枚目の刑死者の逆向きは、犠牲的行為に欠けるという意味だ。六枚目の愚者と合わせて考えると康一の浅はかな行動が、最終結果の審判に繋がっていく感じだろうな。五枚目の節制は康一がそれなりに俺の占いを信用してるのがわかる。この占いの結果を頭に入れて行動すれば少しはマシになるんじゃないか?」
そういう井上さんの顔は終始笑いをこらえている感じだった。
「はいはいわかりました。せいぜい気をつけますよ」