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弐 『一人かくれんぼ』 5/5

 話も一段落したところで時計を見ると、もう深夜の二時を回っていた。

 言うまでもなく終電は終わっている。

 しかたがないので今日は由花子さんの家に泊まることになった。

 はたから見れば美人女子大生の家に泊まるという、夢のあるシチュエーションだが、この人に限ってはそんな気分にはなれない。

 由花子さんは自分からおれに今日泊まっていくことをすすめてくれたが、その代わり何かしたら、おまえの息子を噛み千切ると言っていた。

 そんなセリフが吐ける人をそういった状況に持っていけるわけがないし、何より目が本気だったので、徹頭徹尾おとなしくすることにした。


 まぁでも、由花子さんはいい人だと思う。

 汗をかいて気持ち悪いだろうからと言って、おれにシャワーを貸してくれた。

 もしかしたら、おれの体臭が気になっただけかもしれないが、ここは好意的に受け取ったほうがお互いのためだ。


 おれのマンションはユニットバスなので、こうした広々とした風呂場は久しぶりだった。

 というか実家の風呂場よりでかい。

 マメに掃除しているのか天井や壁にはカビや水垢など一つもない。

 さらに備え付けの大きな鏡は湯気で曇らないようになっている。

 ここ家賃いくらなんだろう?


 シャワーから出てくるお湯を頭から浴びる。

 ベタベタしていた一日の汗と垢が洗い流されていくのが分かる。

 頭を洗い、体を洗い終えてから立ち上がると強い眩暈に襲われた。

 どうやら、完全にアルコールが抜けないうちに熱いシャワーなんか浴びたものだから、アルコールが回ってしまったようだ。

 心臓の鼓動がやたら耳につく。

 

 気持ちが悪い。

 

 うずくまって吐きそうになっていると、いきなり風呂場の扉が開いた。


 そこには、裸の由花子さんが立っていた。

 おれは何が起こっているのかわからず扉に背を向けるが、ちょうど扉の前に鏡があるので、自分の背中ごしに由花子さんの肢体が見えてしまう。


 すらりとした手足に、大きさ形ともに申し分ない胸。

 みずみずしく綺麗な肌。

 均整のとれた肉付き。

 それは完璧といってもいいかもしれないが、ヴィーナス像のような完璧さゆえの清潔感などまるでない。

 それは不潔でいて、いやらしく、そして艶かしかった。


「ちょっ。何しにきたんですか? 由花子さん」


 由花子さんは変にうわずったおれの呼びかけを無視して、扉を閉めて風呂場に入り、うずくまっているおれの背中にそっと体を重ねた。

 背中に乳房の感触と由花子さんの吐息がかかるのが分かる。

 おれの耳には、自分の心臓が未だかつてないほどの速さで脈打つのが聞こえた。

 意識はますます朦朧とし、視界が白くなり始めたかと思うと、おれは気を失った。



「うおっ!」


 布団を勢いよく跳ね除け、起床する。いつも通りの男臭い部屋におれは一人で横になっていた。

デジタル時計を見るともう昼の十一時を過ぎていた。


 アルコールのせいでいまだにフラフラする頭を手で支え、もう一度横になってから、昨日のことを思い出そうとしてみる。

 ――昨日はたしか店の前で由花子さんに介抱されたあと、なんとか終電に乗って帰って来れたんだっけ……。

 記憶の断片を繋ぎ合わせるとそういうことになるようだ。

 それにしても変な夢を見た。

 由花子さんに裸で迫られる夢なんて、あの人にはとてもじゃないけど言えないな。


「惜しかったな。あんなところで目が覚めるなんて……もうちょっとだったのになぁ」


 軽い二日酔いだったので、水をガブ飲みしたあと、そのままもう一度眠りにつく。

 次に井上さんからの携帯の着信で起きたころにはもう夕方の五時を回っていた。


「何ですか?」

「もしかしてまだ寝てたのか。これから由花子の家に来れるか?」


 由花子さんの名前を聞くと、なんとなく後ろめたい。

 いや特に現実で何かしたわけじゃないが。


「別に大丈夫ですけど、おれ由花子さんの家行ったことないですから、どこに行けばいいのかわかりませんよ」

「じゃあ、大学の前で待ち合わせしよう。六時ちょっと過ぎぐらいにはこっち来れるだろ?」

「はい。大丈夫です。でも由花子さんの家で何するんですか?」

「パーティだよ。パーティ。いいから早く来いよ」


 昨日あんなに飲んだのにまた飲むつもりですか?

 と言おうとしたが、井上さんは用件だけ伝えるとさっさと電話を切ってしまった。

 あの人もいい加減にしたほうがいいと思う。



 由花子さんのマンションは大学から二十分ほど歩いたところにあった。

 それは、はっきりとは思い出せないが夢で見たマンションととてもよく似ている気がした。

 井上さんはおれが不気味がっているのを勘違いしたのか、小馬鹿にしたような声で言った。


「どうした康一。由花子との生活レベルの違いに愕然としてるのか?」

「まぁ、そんなとこです」


 おれはここ最近のデジャヴのこともあり、不気味でしょうがなかったが、今さら引き返す理由もなかった。

 エントランスに入ると由花子さんが待っていた。


「おーす康一君。昨日は大丈夫だった? ちゃんと帰れたかちょっと心配だったんだけど……」

「ええと、そのことですけど。おれ店の前で休んでから、終電に乗って帰ったんですよね。その辺の記憶が曖昧で……。おれ由花子さんの家になんか行ってませんよね?」


 由花子さんはやれやれといった感じで、首を横に振った。


「こりゃー相当飲んでたみたいだね。私の家に君が来たことは、私が知る限りじゃ今まで一度もないよ。もっとしっかりしなきゃいけないね」


 ということはあれは本当に夢で、今の感覚はデジャヴにしかすぎないということなんだろうか?

 普通に考えたらそういうことになると思うが、この既知感は由花子さんの部屋に入っても付きまとっていた。

 なぜならその部屋の様子は、夢で見た光景とまったく一緒だったからだ。


「元気ないけど、どうしたの? 気持ち悪いなら無理してつき合わなくてもいいんだよ」

「いや、別に大丈夫です。ちょっと考え事してただけですから」

「ならいいんだけどね。せっかく私が腕によりをかけた料理をごちそうするんだから、もっと元気を出してくれないと」

「えっ。これ全部由花子さんが作ったんですか?」


 テーブルの上にはところ狭しとたくさんの料理が載せられている。

 レストランで出てきてもおかしくないほどの出来栄えだ。


「由花子ほど料理できなさそうな女いないんだけどな。こんなものが作れるとか始めて知ったときは本当に驚いたよ。しかも美味い」

「実家からたくさん食料が送られてきてさ。こんなにあっても一人じゃ食べきれないから、今回は好きなだけ食べてってね。おかわりもたくさんあるから」



 というわけで、何だか高そうなワイン片手にパーティが始まった。

 料理はお世辞抜きにして、本当においしかった。

 普段の食生活がコンビニ弁当なのだからなおさらだ。

 そしてなぜかこの日以降、デジャヴが起こることは一切なくなった。


「本当にうまいですね。見直しました」

「でしょー? 家事もできて、美人で、さらに頭もいい。こんな完璧すぎる自分がたまに恐ろしいよ」

「いや、そういうのはいいから由花子。ちょっとそこにあるスペアリブ取ってくれ」

「はいはい。康一君も食べる?」


「……ところで、何の肉ですか? それ」

「――秘密」

                                    (了)


 これにて「一人かくれんぼ」はおしまいです。

 最初のうちはこれでテスト投稿を終わろうと思っていたのですが、せっかくなので残りの三話もここで毎日あげていくことにしました。

 色々と勉強できて楽しいです。

 よろしければお付き合いください。

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