『昼飯の刻』
導入部分として、超短編を書いてみました。
独立しているのでこれ一本でも読めます。
お試しに読んでいただければ幸いです!
だいたい7000字くらいです。
「ねぇねぇ、オカルトサークルの人だよね」
二年生の六月。
大学の昼休みにすき家で牛丼を食べていたところ、隣に座った男に話しかけられた。
体育会系であろうことが一目でわかるガタイに、肌は浅黒く、短髪は金色に染まっている。
言葉を選ばずに言ってしまえば、チャラい男がニコニコしておれに愛想を振りまいていた。
白い歯が眩しい……。
いないわけではないが、おれのまわりではなかなか珍しいタイプだ。
「そうだけど」
「いきなりで悪いんだけどさ。紹介して欲しい人がいるんだけど」
「おれの知り合いで?」
「そうそう。ほら、あの女の先輩いるじゃん。超美人な」
「狐宮先輩のことかな?」
「そうそれだよ! おれの名前は田中祐也〈たなかゆうや〉。えっと名前なんて言うの?」
田中と名乗ったチャラ男は言いながらおれを指さす。
人に指を差してはいけないと教わらなかったのだろうか?
「河野康一〈こうのこういち〉」
「康一クンか。とりあえず話を聞いてくれよ。ここはおれが奢るからさ。頼むわ」
慣れ慣れしくクンづけされるおれだった。
頼むわと言いながら、有無を言わせない強制力を感じる。
なんというか、表面はにこやかだがこれで断ったらただじゃおかねーみたいなオーラがみなぎっている。
本職のかたよりは劣るが、ヤクザのそれに似ていた。
それでも貧乏学生としては飯を奢ると言われて断る理由は特にない。
とりあえず聞くだけならと、おれは空の丼を前にして耳を傾けた。
まぁ、だいたい予測はできるが。
「おれ、狐宮先輩にゾッコンなんだ。だから、康一クンの友達だって言って紹介して欲しいんだけど」
そうだろうと思ったよ。
「やめといたほうがいい。他の女の子にしろよ。サークル入ってるんだろ」
「ああ、○○○っていうテニサーに入ってるんだけどさ」
「え、あそこヤリサーなんでしょ」
「ちがうんだなそれが。あそこガチガチの体育会系でさ。ヤリサーだって聞いてたのに全然ちげーの。なんなんだよ!」
そうなのか。
しかし、大学のサークルなんて閉鎖的なもので、中がどうなっているかなんて入ってみなければわからないものだ。
そういうこともあるかもしれない。
そんなことを考えていると、チャラ男の前に店員がキング牛丼を置く。
洗面器で牛丼を作ってみました的なイタズラ心満載な偉容に、おれのような凡人はただひれ伏すしかない一品である。
裏メニューを頼むとは、こいつ、できるな。
「でも女の子いるじゃん」
「いや、あそこまでの美人はいねーよ。おれもわかってたらそっち入ったのに……。あ、そうか、入部させてくれないかな!? そっちのほうが話早いかもしんないな!」
勝手にドンドン話を進めるな……こいつ。
「大学だぜ! 大学! 可愛い女の子捕まえて一日中イチャイチャするための場所だろ!」
「まぁ、恋愛はするべきかもしんないけど」
「だろ!? 大学の人間関係なんてほぼほぼサークルで作られるものだぜ?」
「まぁそうだな……それができてたら自殺なんてしなかったかもしれないよな」
「あ?」
聞き返すチャラ男だったが、冷めないうちにとキング牛丼に手をつける。
おれはそんな彼に、最近の我が大学のまったく世間に誇れないゴシップを惜しみなく聞かせてやった。
「知らないのか? 新入生の女の子が自殺したんだぜ。大学にも出席せずに、家にずっと引きこもり。なんか人間不信になってたらしいんだよな。ここが第一志望だったらしいのに、やっぱり人間関係で悩んでたのかな」
「知らねえよ!」
キング牛丼を食べる手を止め、カウンターに箸を叩きつけてチャラ男は叫んだ。
店内の視線がいっせいにこちらへ向く。
それくらいの大声だった。
なにか気に障ることを言っただろうかと、さすがにおれも驚かされていた。
「あ、大声出してすまん」
チャラ男はすぐに正気に戻って、またあのにこやかな愛想笑いに戻る。
こいつ、絶対に普段こんな笑いかたしないんだろうな。
「とにかく、そいつも人間関係で悩んでたってことだ。そうだそう。きっとそう。だから紹介して欲しいんだよ」
自殺した女生徒の話をすれば少しはテンションが下がるかと期待していたのだが、相変わらずこいつは自分のペースで話を進めて行く。
肉食にもほどがあるだろ。
山のようなキング牛丼を飲み物のように臓腑に納めていく。
「ところで康一クンのサークルってなにするんだ?」
「あー、うー……。酒を飲んだり酒を飲んだり酒を飲んだりダラダラしたり。たまに心霊スポットに行くって感じ」
「それ、よく学生課に許可降りてるな。活動なのかそれ?」
「おれも不思議だよ」
由花子さんが学生課の人間の弱みを握っているという噂がまことしやかに囁かれているが、真偽のほどは定かではない。
でもたぶん本当だとおれは思う。
「な、頼む! この通りだ! なんならうちのサークルの女の子たち紹介するからさ」
「悪くないな」
おれは率直に思ったことを口に出す。
このチャラ男が所属している○○というテニサーは可愛い子がものすごく多い。
そして男のレベルも高い。
ゆえに嫉妬混じりでヤリサーと揶揄されてるわけだが、あんな子たちと仲良くなれるなら、それは素晴らしいことなのではないだろうか?
「紹介してもいいけど……悪いことは言わない。やめたほうがいい」
「はぁ? とかなんとか言っておまえも狙ってるんだろ」
「仲はいいし、綺麗だとも思うけど、彼女とかにはできないよおれには」
「じゃあいいじゃん」
「いいと言えばいいんだが、おれはこの話をされたときは必ず一度は断るようにしてるんだ」
「なんでだよ?」
「今までおまえみたいな奴は他にもいた。五人目になるな」
「……」
「まず一人目はサックリとフられた。初手でいきなり告白だったからな。中学生じゃないんだから、そりゃ断れるだろ。そいつは小一時間説教されたよ。おれもされたし、もうちょっと厳選しろって言われたよ」
「え? 断んのかあの人? 男なら誰でもいいビッチだって聞いてるんだけど」
「……」
「――じょーだん。あれほど美人だったら倍率が高いのはあたりまえだろ」
「まぁ、本人はそういう風評とか全然気にしてないけどさ。誰でもいいっていうか、どうでもいいって感じだ」
「ならおれにもワンチャンあるじゃん!」
目をキラキラさせながら、出たての芸人のようにグイグイやってくる。
この精神、女の子を口説くときのおれにも見習って欲しいものだ。
たぶん見習わないけど。
「……二人目は、一日もたなかった。急性アル中で病院送りだ」
「あーあの人ってすげー酒豪らしいな」
「酒豪とかそういうレベルではない」
「でもそんな激しいのかおまえのところの飲み」
「いや、そこそこコールはあるけど可愛いもんだよ。強要はしないし。そいつは由花子さんと張り合って自爆したんだよ。酔い潰したかったんだろうが、逆に潰された」
「マジかよ。でもおれは絶対に負けねーぞ。飲み会で鍛えてるからな」
テニサーならそうだろうな。
大学の飲み会など、いかにバカバカしく大量の酒を消費するかがすべてだ。
うちは文化系のサークルでいえばおそらくトップレベルだろうが、体育会系に比べれば可愛いものだ。
「三人目は三日もった。その結果、彼は由花子さんの姿を見るたびに叫びながら逃げ出す生き物になった」
「……なにがあったんだ?」
「別に……ただ彼はオカルトサークルの素養がなかっただけだよ。恐がりだったんだ。失禁しちまってさ」
「マジで!? あっははははは」
「笑ってやるなよ。酒飲んでたせいもあるんだから」
「でもおれは大丈夫だぜ。ホラー映画とか大好きだし。心霊スポットにも合宿の肝だめしで行ったしな。あんなの怖くなんかねーよ。幽霊なんているわけないんだから」
若い。
などとほぼ同い年なはずの相手に対して、おれはそんなことを考えていた。
そう考えていた時期がおれにもありました。
具体的に言うと去年、おれが新入生だった頃だ。
あれからもう一年か……。
「四人目もおまえと同じようなことを言ってたな。確かにあいつが一番もった。だがあいつが一番ヒドい目にあっている」
「なんでだよ。それにあってるってなんで現在進行形なんだ?」
「……行方不明なんだよ」
「……」
「ほら、去年の学祭でステージに立ってた軽音楽部のあいつ――」
「え、あいつ!? そういや最近見ないなと思ってたけど……」
「この前確認したらアパート解約されてたから、もしかしたら実家に帰ったのかもな。連絡つかないけど」
「なにがあったんだよ?」
「さぁ? おれはバイトで忙しかったし、由花子さんに聞いても知らないの一点張りだ」
「……」
さすがにチャラ男は黙った。
だが残っていたキング牛丼を一気にかき込むことで、気合いを入れ直したのか、また元のテンションに戻っていた。
「いや、大丈夫大丈夫、絶対大丈夫だって、あれこれ言ってないでとりま紹介しろよ。それだけでいいからさ。康一クン」
そろそろ次の授業のために教室へ行かなければいけない。
はっきり言って、この男に対する印象は良くないので、おれはこの申し出を断るつもりだった。
また由花子さんに怒られてしまう。
断るとなにか揉めそうな雰囲気を感じるというか、向こうがそういうオーラを出してきてはいるが、なにも殴られはしないだろう。
去年ならビビって言いなりになっていたかもしれないが、今のおれにとってこのていど恐怖でもなんでもない。
我が身可愛さに先輩を売るおれではないのだ。
カッコイイ!
「じゃ、おれの分の会計もよろしく」
そう言って河野康一はクールに去ろうとしたわけだが、あの人はこういう後輩の思いやりをことごとく無駄にしてくれる人でもある。
見ると、入り口のところに亜麻色の長髪をした女性がスーツを着た男と二人で歩いている。
アーモンド型の形の良い二重の瞳に、すっと通った鼻梁。
キメ細かい肌に、一本一本が艶やかに輝く亜麻色の髪。
華奢な肩のわりには大きめなバスト。
そして、子供のような笑顔を振りまく愛想の良さ。
まぎれもない、それは我がオカルトサークルのリーサルウェポン、狐宮由花子〈きつみやゆかこ〉、その人に他ならない。
「あれ? 康一くんじゃん。はろにちわー」
しかも、ご丁寧にわざわざ店の中に入ってくる始末だった。
ていうか、横にいたスーツの会社員は誰なんすか?
なんでいつも横にいる男がちがうんすか?
「誰ですかあの人?」
「え、さっきそこで会った人。ごはん奢ってくれるっていうから奢られてた」
「……」
「世の中にはいい人がいっぱいだよ! 感謝感謝だよねー」
そうじゃねえだろ、と思うが今さら言うことでもないのでおれはもうなにも言わなかった。
ほら、会社員の人、いきなりあんたにほっとかれて唖然としてるじゃん。
……ああ、ついにあきらめて歩きだしてしまった。
睨むなよ。
おれのせいじゃねえって……。
「で、この子は?」
おれは由花子さんには見えない角度から、チャラ男に脇を小突かれた。
しかもけっこう強めに。
「ねえねえ、教えてよー。康一くんの友達なの?」
「……」
無言で困っているおれを見限り、チャラ男はやや強引におれをはねのけて前に出る。
「田中裕也です。康一クンとはバイトで知り合ったんですよ。僕もオカルトは大好きでして。UFOとかチュパカブラとか、そういうのにグッとくるんですよ」
「へーそうなんだー」
「そうなんすよー。だからよろしくおなしゃす!」
ペラペラとそうまくしたてながら、チャラ男は由花子さんに握手を求める。
だが由花子さんは、差し出された手を無視して、チャラ男をじっと見ている。
いや正確に言うと、チャラ男の背後の空間に焦点が合っているので、なにを見ているというわけではない。
だが、にこやかに笑う由花子さんは、チャラ男に視線を戻してこう言ってのけた。
「私は君のこと、嫌いだな」
「な――」
「行こっか。康一くん」
「え、はい」
由花子さんはおれの手を掴んでさっさと店の外へ出ていこうとする。
「君は幽霊を見る目より、私に紹介すべき男を見る目を磨くべきだし、それよりもまず先に友人を選ぶ目を磨いたほうがいいようだね。その二つの瞳は節穴なのかな?」
「いや、ちょっと――」
「駄目だよ。今すぐここを離れなさい。こんなのといたらとばっちりを食らうから」
「なんだこのアマ!」
チャラ男が切れた。
そりゃそうだ。
こんな人前でここまでコケにされれば怒りもするだろう。
ちなみに言うと、店内の男たちの視線は登場時からずっと由花子さんに釘付けである。
ガンを飛ばしてくる男に、由花子さんは気圧されるどころか、まだあの愛想笑いを顔に張り付けたままだった。
「そうやって大声出して女の子を怖がらせてきたんだよね」
「んだと!」
「暴力に訴えるのが好きなんだよね。それしか君はやり方を知らない。そんなことしなくても普通に女の子とつき合えばいいじゃない」
「ちょっ、由花子さん!」
挑発を続ける由花子さんをおれが止めようとするのと、チャラ男が動いたのはほぼ同時だった。
おれはとっさに向かってきたチャラ男を受け止める。
「調子に乗りやがって!」
「――」
「ああ!? なんだよ!? なに言ってるのかわからねーよ!」
「――殺してやる」
聞いたことのない声が、由花子さんしかいないはずのおれの背後から聞こえてきた。
なんだ今の声?
由花子さんが喋ったのか?
「そう言われたでしょ。いや、君は今も言われ続けてるんだよ」
あれほどゲキギレていたチャラ男の顔色はみるみるうちに青くなっていく。
いったいなにが起きているのか、おれにはチンプンカンプンだった。
「これくらいの髪の長さした姫カットの子が言ってるよ。心当たりがあるでしょ?」
それが合図だった。
チャラ男はおれを振り払って、青い顔のまま店から出ていった。
「あ、携帯忘れてるよ」
と由花子さんが注意するが、チャラ男の耳には届いていないようだった。
「そろそろ行かないと、授業あるでしょ康一くん」
「あ、はい」
結局、チャラ男の牛丼の料金も払うことになったおれはこの世の不条理に涙目になっていたが、次の瞬間にはもはや千円そこらの出費はどうでもよくさせられる。
ゴドンッ――!
という大きな鈍い音が周囲に響いた。
見れば車が電信柱に衝突している。
いやそれだけではない。
一見するとわからないが、車の下からは血だまりが這い出てきている。
女の子数人の叫び声が数秒遅れてこだまする。
おれと由花子さんは現場に近づいて見る角度を変えてみると、あのチャラ男が死んでいた。
もっとも、チャラ男かどうか判断できたのは顔ではなく服装からである。
それ以外に判別する方法がない。
なぜならチャラ男の顔は全体がグシャグシャに潰れており、頭が本来の大きさの三分の二ていどに縮められているからだ。
酸っぱいものが胃からこみ上げてくるのを感じる。
「救急車とパトカー、どっちを先に呼ぶべきかな? あの子、脳味噌ちょっと出てるんですけど」
由花子さんは携帯をいじくりながらそんなことをおれに尋ねる。
なんでちょっと楽しそうなんだよ……。
「良かったね。あの子と一緒にいたら君も跳ねられてたかもよ」
「どうゆうことですか?」
「人から恨みを買うもんじゃないよねってこと」
そう言って由花子さんは自分の携帯ではなくチャラ男の携帯のメモリに入っていた画像を見せてくれた。
そこにはいわゆるハメ撮り画像というものが、これでもかと入っていた。
しかも嫌がっている女の子一人に対して、複数の男たちが群がっている。
それがレイプだと、おれにはすぐにわかった。
その中には、由花子さんがさっき口にしていた姫カットの女の子もいる。
「うわっ……」
「天網恢恢疎にして漏らさずってね。悪いことはできないよね」
「見えてたんですか?」
「どっちだと思う?」
由花子さんは、おれたちにとっては馴染み深い、心霊スポットではお馴染みの真の笑顔を見せてくれる。
全然可愛くない。
世界のすべてを心の底からバカにしているかのような、邪悪なニヤニヤ笑いだ。
その笑いのまま、由花子さんは事故現場を人目もはばからずに携帯で写真を撮りまくっていた。
あきれていると、おれのラインにトークが入る。
見てみると、由花子さんが今撮影したばかりのフレッシュなゴア画像がオカルトサークルのグループに投稿されていた。
写真にはすぐに何個も既読がついていく。
時間帯的にみんな昼飯直後か、下手をすれば真っ最中なはずだ。
かわいそうに……。
「彼、うちの大学で有名なヤリサーの人でしょ。あそこの子とこの前女子会したんだけどさ。空気読めない後輩がいて困ってるって話してたんだよね。私はヤリサーとかあってもいい派だけど、無理矢理は良くないでしょ」
警察が来る前にトンズラこいた由花子さんは、そんなタレコミが事前にあったことをおれに教えてくれる。
「いや全部駄目ですって!」
由花子さんと同じくトンズラこいたおれだったが、先輩のこの貞操観念を見逃すわけにはいかない。
「全部ってどこからどこまでさ。いーじゃん。女の子だってセックスしたいんだよ!」
「声デカいですって」
「おっと――」
周囲の目を集めていることに気がついた由花子さんは、いつもの昼間用であるところのニコニコ笑顔に戻る。
正直、由花子さんのこのぶっ飛び具合は校内に知れ渡っているのだが、実際この愛想の良さで会話をされると、いい人だとか、まともな人だとか思わされてしまう。
綺麗な女の人って、本当に怖い。
幽霊よりよっぽど怖いと、おれは真剣に思う。
「あ、そうそう、今夜さ形兆の車で心霊スポット行くけど来るでしょ」
「いや、おれレポートあるんで」
「そっか……じゃあ二〇時に迎えに行くから」
「聞けよ」
「聞いてるよ。それまでには終わらせといてねってことだよ」
「そうじゃなくてですね……」
「そういや次の授業、康一くんもとってたよね」
「ええ」
「交通事故なんて見ちゃって気分悪かりし……」
「それ、おれもですよ?」
「じゃ、そういうわけだから出席とっといて、私これから飲みに行くから!」
「ちょっ――」
「よろ!」
そう言って、由花子さんは疾風のごとくおれの前から去っていく。
今日も由花子さんは絶好調のようだった。
(了)




