正義で人の人生を狂わせる覚悟はある?
正義とは何だろうか?
悪とはなんだろうか?
ぶっちゃけ、そんなものは変わらない。どっちも人の人生を狂わせることがあり、悲しませる。
覚悟があるかないかの違いでしかないだろう。
「こんにちは、聖条 真理亜です!」
突然表れた転校生は、ものスゴい美少女だった。不自然な位に整った容姿、けれど、自分はまるでその容姿になるのが始めてというような態度だった。
「(整形でもしてんのか?)」
下世話な私は、人工物のような美しさをもつ彼女のことをそう思った。
とまぁ、ここまでならば、整形疑惑のある転校生が来たってだけの話なんだけど、それだけでは終わらなかった。
学園全員が、彼女のことを好きになったのだ。
一種の宗教であるかのように、皆がみんな、真理亜を好きになる。いや、確かに彼女は美しいし、いい子だと思う。けれど、これは不自然だろ……
彼女は正義感をもち、皆を幸せにとかほざいている姿が気持ち悪いが、私には関係ないだろうと高を括っていたのだが……
「お前は……俺を騙してたんだな……お前の会社が……俺の会社目当てだから付き合っていただけなんだろ?」
突如、彼氏にそう切り出された。彼はこの学園の生徒会長で、私と蓮司とはそこそこ上手くいってたのでそれなりに驚いた。
「会社と俺を一緒に見て欲しくないって俺は言ったのに……」
「どこで……それを……」
「私だよ!」
ピョコン!っと物陰から真理亜ちゃんが可愛らしく表れた。
そして、犯人を追い詰める探偵のような口ぶりでペラペラと喋りだす。
「佐原 柚希の目的は蓮司くんじゃなくて、その会社だよ!自分の会社の為に蓮司くんに近づいて……」
なんだコイツ?ペラペラと喋るコイツが気持ち悪い。
私と蓮司が出会ったことから、私が蓮司の会社目当てだったこと、何もかも全てを語られた。
「そうでしょ?フフフ」
いや、フフフじゃない。フフフって笑えることじゃない。
全てあってる。合いすぎている。なんでコイツ、こんなに私を知ってるんだよ。調べたってレベルじゃねーぞ……
「こんなのさ……可笑しいと思うんだよ!可哀想だよ蓮司くんがさ!だから……別れた方がお互いのためだと思うの」
いや、可笑しいのはお前だ。この女、可笑しいぞ。
私は思わず項垂れる。なんだこの女?どんな手を使ってるんだ?何いってるんだコイツは……
そんな私を蓮司は何も言わずジっと見ている。
「行こっか!蓮司くん!」
真理亜ちゃんは勝ち誇った笑みで蓮司の腕をひき、校舎内へと行ってしまった。
「ヤバイ……どうしよ……」
本気でヤバイ、鷹乃宮財閥には完璧に切られるだろう。
いや、蓮司は実権を完全には握っていないから、まだ大丈夫だ。
けれど、時間の問題だ。
現在、会社では1000人が働いている。
鷹乃宮の援助が切れたら多大なリストラをしなきゃならない。
うちの会社は言わば誰かの援助によって利益を出す工場のようなタイプだ。
自力でのことは……不可能。
「畜生……あの小娘め……」
あの子は1000人の人生を狂わせているというのが理解出来ないのか?何が互いに別れたほうがいいだよ……こっちはそれなりのもん背負ってんだぞ……
大体、蓮司も蓮司だ。
会社と自分を一緒に見てほしくないとか言ってるが、だったら会社を継ぐんじゃねーよ。悲劇のヒーロー気取り。
「んなこと言ってる場合じゃないわね……」
仕方がない……じゃあ済まされないけど、まだやらなきゃならない事がある。すぐに会社に連絡して、体制を整えなきゃならない。
立ち止まっている暇なんて……ない。
アレから、会社の人たちに全てを話したが、意外と優しげなものであった。大丈夫だと、自分達も頑張ると、そう言ってくれた。
親は少し泣き、怒りながらも、「隠居は早すぎたね、まだ若いから大丈夫」と笑って言ってくれた。
「ありがとう……っ……」
私は泣き崩れそうになったが、まだ泣くわけにもいかなかった。すぐに全員で今後のことを考え、取り組みを始めた。
会社のことがあっても、学校にはちゃんと登校する。この学園の特待生で卒業生という肩書き必要だし、専攻でとっている経営学も結構役に立つからだ。
「柚希さんまだ学校に来れるんだ~…あんなことがあったのにさ~」
一人の女の子がこっちに来て、ニヤニヤしている。
学校での私の立場はドン底に落ちた。蓮司の恋人という肩書きを無くし、しかも会社目当てで近づいていたことがバレたからだ。
コイツらは言わば大義名分を得ているので、自分のやっていることを善だと思っている。
「すっごく神経図太いよね~……なんで学校に来てるわけ?」
そんな嫌味をネチネチと言われるが、私は知ったことではないという風に勉強に取り組み、その言葉を無視した。
あの小娘……言いふらしやがったな……
シャーペンをペシリと折り、私は殺気を出しまくっていた。
私に嫌がらせをしてくる奴は排除した。
これでも、色んな人脈や人望はある方なので、机に落書きをしたり、物を盗む奴等には私のファンや友人に成りたがっている奴を使い、それなりの制裁を加える。
「蛇が怖いなら藪をつつくな」
そういってしまえば、もう私に嫌がらせをしてくるものはおらず、それなりの平穏を味わえた。
「イジメはダメだよぉ!」
ある日、聖条さんが、そんなことを言ってきた。相変わらず人工物みたいな美しさが気持ち悪い。
「最近、イジメをしてるんでしょ?そんなのダメだよ、間違ってるよ!」
「元の発端はアンタだし、アレはあっちから仕掛けてきたことだし、大体、私は直接手を下してないわよ」
ただ、ちょっと利用しただけ。
自分に好意をもつ人間を利用して何が悪いのだ。
「本当に反省してないんだね、アナタって本当に最低!いっとくけど、私は負けないんだからね!」
お前は何と戦っているんだよ。
「最後に勝つのは私だし、悪者は倒されるのが当たり前なんだから、そしたら皆でハッピーエンドなんだよ!」
「お前、頭大丈夫か?」
流石についていけなくて、本気で頭を心配する。何だかこの子は、ちょっと世界をまるで物語のように見ているふしがあるし、何だか言ってることも可笑しい。
しかし、彼女は私の言葉には答えず無邪気に笑って学校を後にした。
彼女と変なことがあった次の日、事件が起きた。
「ニュースみて!」
親に起こされ、なんだと思いながらテレビをつければ、うちの会社がニュースに流れていた。
『医薬品を経営している佐原会社ですが、賄賂の事実があった模様、更には非道な人体実験を……』
「なんだ……これ」
私はテレビにくぎつけになりながら、目を見開いて震えていた。ニュースのキャスターが言っていることは確かに本当のことが……
けれど、違う。
賄賂なんかじゃない。アレは信頼を勝ち取った会社からの援助だ。長年経営を共にし、援助したりされたりする対等な関係だ。
人体実験なんかじゃない。ちゃんと何度も実験して、安全を80%まで立証して、残りの20%をちゃんと許可を得て、キチンとした手続きを踏んでやったんだ。
けれど、テレビがそういってしまえば完璧に勘違いされてしまう。いや、事実を別の方向で見せられている。
「あの女……」
聖条 真理亜がやったんだと直感で分かった。しかし、分かったからと言って今はそれどころじゃない。
「会社を何とかしないと!」
まずは会社を建て直すことが先決だ。
私は泣きそうになる目を堪え、頬をバシン!と叩いて自分に活をいれて、会社へと赴いた。
会社の損害は激しく、色んな契約が打ち切られはしたが、会社を存続させることはでき、親の人望と信頼、私への期待もあり、なんとか最低限建て直すことは出来た。
学校に登校出来るようになったのは、一週間後のことだった。
ニュースのこともあり、周りは引いている。しかし、そんな空気を読まずに一人の女の子が走りよってきた。
「柚希さん!ニュースみたよ、やっぱ悪いことはよくないことだね!皆を不幸にしちゃうよ!やっぱり正義は……」
「黙れ」
私がそう凄むと、聖条さんはビクリと体を震わせ、しかし勇気を出して私にいった。
「な、何よ!自業自得でしょ!?貴方が悪いんじゃない、それに嘘は言ってないよ」
「……ちょっと来なさい」
私はフワフワな彼女の頭を掴んで、歩いた。痛い痛いと聖条さんは泣きながら訴えるが、私はその言葉を無視して足を動かす。
「ちょっと!聖条さんに何を……」
「は?」
止める人はいたが、こっちの本気の殺気を感じたのか、積極的に止めようとするものはおらず、その間に私は校門の外に足を運んで、適当にタクシーを拾い、聖条さんを放り込んだ。
「何処へ連れていくき!?」
「安心して……ちょっとだけ現実をみて貰うだけだから」
聖条さんは納得がいかないようであったが、大人しくしてくれた。
私たちが向かったのは、少し大きな総合病院だ。
どうしてここへ?という疑問を抱いている様子の聖条さんを連れて病院に入り、エレベーターに乗ってとある階へと向かった。
「これが、貴女の正義の結果よ」
エレベーターが開き、私は聖条さんにその光景を見せた。
「え……なにこれ……」
見えたのは、廊下にいる、沢山の人。
泣きわめく小さな子供、頭を抱える妙齢の女性、今にも死にそうな老人、色んな人が悲しんでいた。
「パパァア!死なないで!」
面会出来ない子供が病室の外で泣いている。
確かあそこは父子家庭だから、更に苦しいし、不安なのだろう。
「あの子供はうちの会社員の東城さんの息子、父が過労で倒れて心配で泣いているの。あの女性は春木さんのフィアンセ、あのニュースが無かったら今頃結婚してたの、あの老人は中丸さんのお母さん、中丸さんはニュースに踊らされた人に襲われて入院しているわ……まだまだいっぱいいるわよ」
ここの階以外にも、上の階にも何人かの会社員が入院し、誰かが泣き、又、面会出来ずに死にそうになっている人がいる。
「これが、貴女がやった正義の結果よ」
「う……うそ……」
「絶対に守ると過労で倒れた人がいた。責任を取ると自殺しようとした人がいた。正義ぶった奴にプライバシーを公開された人がいる。襲われた人がいた。そして……彼等を大切に思い、愛している人は皆が泣いている……
全員、貴女が関わりさえしなければ、幸せだった筈の人たちなの」
聖条さんは口許を押さえ、顔を真っ青にした。
こんな筈じゃなかったんだと、こんなのは知らないとでも言いたげに、自分のやった罪を抱えきれてない様子だ。
「確かにウチの会社は褒められたことをしてない時もある、他を蹴落としたこともあるし、誰かを不幸にしたこときっとある……けれど、それに関しては背負う覚悟はあるの……聖条さんはその覚悟がある?」
「私は……正しいことをすれば……皆が幸せになると……なって欲しいと……」
まだ現実を見きれていない彼女に私はいった。
「ここは現実だよ、正義でハッピーエンドになるゲームか物語じゃないの……
正義で人の人生を狂わせる覚悟はある?」
聖条さんはフルフルと震え、周りを見渡した。
精神が弱っている彼女には、これがどう映っているだろうか?私たちの会話は場所的に聞こえてない筈だけど、それを彼女は分からない。
怖いだろう、不安だろう、自分が不幸にして、自分がした罪の重さを彼女が抱えられる訳がない。
「う……うぅ……うぁぁあん!ごめんなざぁあい!うわぁあ!そんなつもりじゃなかったのぉお!」
聖条さんは崩れて泣いた。
それはもう物凄く、玉のような涙をポロポロと流し、鼻水も出て顔はクシャクシャ、今にも死にそうな程に泣き、土下座のような形になっている。
「泣いて謝っても……許さない」
項垂れた頭を掴んで顔を無理矢理あげ、私は耳元でそういった。
悪だろうが正義だろうが、覚悟がないなら何もするな。
「……本当に……ずみまぜんでじたぁ……」
汚い顔で聖条さんはまた謝った
後日、聖条さんは消えた。何処かへ……ではなく、本当に姿が消えたのだ。
入院している、もしくは鬱になっていた会社員たちは急激な回復を見せて、すぐに復帰し、会社を支えた。
あのニュースは誤報と報じられ、すぐに信頼を取り戻し、スポンサーは戻り、契約も再び繋げることが出来た。
不自然なほどに早く、不自然なほどに自然に元の会社に戻った。
学校には、聖条さんがいなかったことになり、皆の記憶から消えていた。
「俺とやり直してくれ!柚希のことが本当に愛しているんだ!」
「知ってるよ、それぐらい」
頭を下げた蓮司に私はクスリと笑って許すことにした。
彼の会社のこともあるが、私なりに蓮司を愛しているし、蓮司も私を愛しているのは知っているし、聖条さんには結局靡いてなかったのも知ってる。
そんな感じにやはり不自然なほどに自然に元の日常戻り、むしろ前よりも優遇された感じがする。
聖条さんが何処に消えたのかは分からない。
けれど、もう会うことなんてないだろう。
『ごめんなさい』
風にのって、そんな幻聴が聞こえた気がした。
「許さないよ……」
今はね。
私は戻った日常へと足を運んだ。