全ての思い
耕司が逮捕されて一週間が過ぎた。あれから耕司は警察に連れて行かれ、銃を触った夏希も念のために署に来て欲しいと言われたのだ。発砲音が聞こえた件については、富栄と祐一を殺害した犯人が銃を発泡したと哲平が夏希を守るために高校側にそう報告した。そのおかげで夏希は何のお咎めなしだったのだ。それを聞いた夏希は、そこまでしなくても良かったのにと思っていた。
耕司が逮捕された翌日、体育祭と事件が一段落してホッとした気持ちと連日の疲れから夏希は高熱を出してしまい、週末をまたいで四日間寝たきりとなった。熱が下がった週明けの月曜日も念のために休みを取り、火曜日から登校してきたのだ。
夏希が登校してきた日の風歌出版社が発売した週刊誌は、今回の事件の事が克明が記されていた。富栄の事、耕司の事など詳しい事が書かれていた。
連日のワイドショーでも取り上げられていて、耕司の過去の暴行事件の事までも扱っていて、このことが犯行の引き金になっているのではという見方がされていた。熱で休んでいた夏希は、ワイドショーを見ながら富栄の事を思い出していた。
(母さん、幸せだったのかな。岸田さんに殺害される三日前にボクと再会出来て嬉しかったのかな。ボクはあんなに酷い事をしたのに...。でも、少なからずボクは母さんの娘で幸せだった。親不孝だけど、好き勝手な事ばかりしてきたけど、それでもボクは幸せだった。その思いが伝える事が出来たのならどれだけ良かっただろう。もう二度と母さんに会えないけど、母さんの思いは届いてるから...)
夏希は机の引き出しの中にある富栄と一緒に写った写真を見つめながらそう思っていた。
「これで再び風歌出版社は有名になったな。こんなことで注目されるなんてな」
仁が週刊誌を読み終えてから、複雑そうにしながらため息まじりで言った。
昼休み、夏希達三人は教室で昼食を取っていた。風歌出版社から出ている週刊誌は、仁が駅のコンビニで買ってきたものだ。今回も売上部数がいいのか、最後の一冊を買ってきたのだ。
「そうだな。無事に解決して良かったけどな」
週刊誌を読んだ美夕も仁と同じ事を思っていたようだ。
「夏希が銃を持った時、撃つのかと本気で思ったぜ」
あの日の事を思い出した仁は、夏希が銃を撃たないかヒヤヒヤしていた。
「撃とうかなと思った。殺してしまおうかなって思った。でも、それは出来なかった。ちゃんと罪を償って欲しかったからな」
夏希はなんでもないようにあの日の心境を話す。
せっかく暴走してしまわないようにと仁と美夕についてきてもらったのに、結果、銃を触ってしまい意味がなかった。
「警察に連れて行かれて何聞かれたんだよ? 事情聴取受けたのか?」
仁は夏希が署に連れて行かれた事が気になって聞いてみる。
「何も聞かれてねーよ。ただ注意を受けただけだよ」
「注意...?」
「うん。これから先、銃を手にする事はないだろうけど、もう二度と持たないようにって言われただけだ」
そう答えた夏希はお弁当を食べる手を止める。
「まぁ、あの状況では仕方なかったんじゃないか。内縁の夫にお前なんかいなかったらこんなことはしなかったって言われたんだしな。本当はいけないんだけどな」
美夕は状況が状況だったためにやむを得なかったと言う。
「今竹の言うとおりだけどさ、オレは夏希が犯罪者になったらどうしようっって思ったぜ。今、ここにいるってことは犯罪者にならずに済んだってことなんだけどな」
仁は夏希が銃を手にした事を思い出すと、改めて夏希が犯罪者にならなかった事にホッとした表情を見せた。
「そうだな。夏希が犯罪者になればこれこそどうにもならねーよ」
美夕もホッとしていたが、それを見せずに言う。
「それよりあの内縁の夫はどうなるのか聞いてないのかよ?」
仁は耕司の話題に変える。
「二人殺害してるから懲役になるか無期懲役になるだろうって...。理由が理由だから最悪、死刑もあるかもしれないって警部が言ってた」
瀬川警部に聞いた事を二人に教える夏希。
それは夏希も気になって瀬川警部に聞いてみた答えが、この答えだったのだ。
「そうなんだな。確か、前に暴力事件起こしてるんだっだよな? 初犯じゃないから執行猶予はつかないと思うけどな」
美夕は瀬川警部の言う事は当たってるだろうなと思いながら言う。
「アパートの片付けはしたのか?」
「ううん。今週末に片付けるつもりだ。岸田さんの私物は警察に渡す。母さんの物は何個か形見として取っておいて、他は捨てるつもりだ。いつまでも置いておけるものじゃないからな」
お弁当を食べ終えた夏希は、お弁当箱をカバンに片付けながら答える。
本当は富栄の物は全て処分したくなかったが、そういうわけにはいないこと夏希にはわかっていた。恐らく、アパートを片付け終えて全てが終わると、今までよりももっと淋しさが襲ってくるだろう。そうなると人知れずたくさん涙を流してしまうだろう。泣きたくなったらたくさん泣こうと思っていた。
「でも、まぁ、事件も解決して普段の生活が戻ってくるな。ホント、慌ただしかったよな」
夏希は淋しさを隠しながら言う。
その淋しさが表情に出ていたのか、仁と美夕はなんともいえない気持ちになっていた。
「夏希の場合、この短期間で色んな事があったから仕方ないよな」
仁は夏希の淋しい気持ちをやわらぐようにして言った。
「赤谷さん!」
三人の背後から悠美が声をかけてくる。
「あ、高田...」
仁は悠美に声をかける。
悠美は人の笑顔を見ると、少しはにかんだ。
「お母さんを殺害した犯人見つかったんだって? 朝のニュースでやってた」
悠美は夏希に顔を向けると事件の話をした。
「うん。なんとか解決したよ」
悠美が仁の事を好きだと知っている夏希は、笑いを堪えながら答える。
「そっか。色々大変だったけど良かったね」
近くに仁がいるためぎこちない悠美。
「そうだな。...ていうか、仁に告白しないのかよ?」
仁に告白しないのかというところは悠美に配慮して小声で聞いた夏希だったが、悠美のほうはというと本人にバレていないか心配だった。
「しないよ。だって...」
悠美はモジモジしながら答える。
「だって、なんだよ?」
「いうほど仲良くないし...」
「そこはなんとかなるだろ? 好きなら行動に移さないとな」
夏希は二人に聞こえないように言う。
「わかってるよ。簡単に行動に移せたら苦労しないって...」
悠美はわかってるけどそれが出来ないと頬をふくらませる。
「そりゃあ、そうだけど...」
夏希は頭をポリポリ掻きながら、悠美の言う事も一理あるなという表情をする。
「二人共、何コソコソしてるんだよ?」
仁はコソコソと話している夏希と悠美に話が見えないというふうに聞いた。
「なんでもねーよ。デリケートな話をしてるんだよ」
夏希は悠美の気持ちを知っているためオブラートに包んで答える。
「デリケートって...高田は別として夏希にデリケートなんて似合わねー事言いやがって...」
仁はケラケラ笑いながら言う。
「確かにそれは言えてるかも...」
美夕もケラケラ笑っている。
「ボクにだってデリケートなところあるし...」
今一番にデリケートな心があることを隠しながらフッと笑う夏希。
「まぁまぁ...三人共、落ち着いてよ」
悠美が三人をなだめる。
「オイ、赤谷、写真だ」
そこに義隆が夏希に写真だと言って一枚の茶封筒を渡す。
「写真...?」
夏希は富栄の事件真っ只中の時に義隆に声をかけてもらった以来なため、驚きつつも茶封筒を受け取る。
「応援団の時のだよ。さっき職員室に行った時に渡しておいてくれって言われたんだよ」
面倒臭そうにそう言った義隆はそそくさと教室を出て行く。
義隆の姿を見届けた夏希は早速茶封筒の中を見ると、体育祭の応援合戦の真っ最中の写真数枚と青組の全員で撮った写真、そして、三色の応援団員で撮った写真が入っていた。
体育祭が終わった後、三色の応援団をやっていた生徒は集められ、写真撮影が行われたのだ。その後、体育教師からの労いの言葉があり、三色の応援団は解散となった。
解散した後の夏希はホッとした反面、少し淋しい気持ちがあった。応援団が決まってから二学期に入り、毎日練習をしていた時は早く終わって欲しいと思う気持ちがあった。それなのに応援団が解散してしまうと、淋しい気持ちが沸き上がってきた。応援団の解散直後は燃え尽き症候群に陥ってしまっていたが、今はそれはない。
「夏希、良い顔してるな。それだけ応援団が充実してたって事なんだけどな」
美夕は写真の中の夏希を見ながら言った。
「そうだね。赤谷さんはやっぱり笑顔のほうがいいよ」
悠美も写真に目を向けたまま頷く。
「体育祭も終わって事件も解決したし、一件落着だな」
仁は笑顔になる。
「一件落着だけど、もうすぐしたら学園祭が始まるし...」
美夕はボソッと仁に向けて言う。
それを聞いた仁はあっという表情をした。
その評定を見た美夕と悠美は笑い出す。
(仁の言うとおりだな。とりあえずは一件落着だ。自分にとって嫌な事件だったけど、消せない過去はあったけど、ボクはこれで良かったんだと思ってる)
夏希は同級生達を見ながらそう思っていた。