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大切な人

二日間の休みが終わって、高校に登校してきた夏希はなんとなく行きたくない気持ちが先立っていた。しかし、二日間も高校に休んでいて、これ以上休むわけにはいかない。夏希は行きたくない気持ちを隠して、施設を出た。

あれからずっと事件の事を考えていたが、どうしても事実を変える事が出来なかった。しかし、真実を変える事なんて出来ない事は夏希自身わかっていた。起こってしまった事実を捻じ曲げるなんて事をしたら人間としてやっていけないことなのだという事を胸にしまい、時間だけが過ぎてしまった。

今日の放課後に事件の真相を話す事になっている。場所は夏希の通う高校だ。瀬川警部と村木巡査長以外にも耕司と風歌出版社の並木了も呼んでいる。そして、哲平と仁、美夕も呼んだ。この三人は関係ないのだが、暴走してしまいそうになる自分自身の気持ちを抑えるために来てもらうのだ。

朝から事件の事しか考えていない夏希は、授業に身が入らないでいる。上の空で担当教師の話を聞いている。午前中の授業での担当教師は、夏希が上の空だということに気付いていたが、母親の葬儀が終わったばかりだということもあり、咎める事はしなかった。

長い一日の授業を終えると、夏希は一人で中庭にいた。今日はここで事件の話を話す事になっている。なぜ中庭なのかというと、会議室など室内で事件の真相を話すと、息が詰まりそうな気がしてちゃんと事件の真相を話せないかもしれないと思ったからだ。

すでに十月に入っていて、秋の風が吹いている中庭で富栄の思い出を思い出した夏希は、どこか懐かしい気持ちになった。毎年、秋になると、富栄は秋の食材を食べさせてくれた。他の時季にもその時季の食材を食べさせてくれたが、秋の食材だけは違った。夏希の好きな食材ばかりだからだ。富栄と暮らしていた中で秋が一番好きだった。そんな懐かしい思い出がこの秋の風と共に思い出させてくれていた。

そして、しばらくすると、全員が集まった。それを見た夏希は自分の中にひた隠しにした思いを確認すると、全員にわからないようにそっとため息をついた。

「赤谷、お前のお母さんを殺害した犯人がわかったって聞いたけど...」

哲平が瀬川警部に聞いた事を確認してみる。

「わかったぜ」

夏希いつものように答えたが、勢いはなかった。

「辛いだろうが話してくれ」

瀬川警部が冷静に言う。

「ちょっと待って下さい。テープレコーダーに録音してもいいですか?」

了がテープレコーダーを見せながら全員に聞く。

テープレコーダーを見た哲平は戸惑う。

「並木さん」

瀬川警部は少しキツイ口調で声を上げる。

恐らく、撮るなというふうな意味なのだろう。

「警部、構わない。出版社の人だし、記事にしたいだろうからな」

夏希は撮るくらい構わないと承諾する。

「しかし...」

瀬川警部は夏希が下した判断が気に入らないようだ。

「撮るなと言ったところでなんとしてでも記事にするだろうからな」

夏希の言葉に、了はなんでもわかっている高校生だという表情を夏希を見た。

瀬川警部は仕方ないという表情を浮かべている。

了はテープレコーダーの録音のスイッチを入れる。それを確認した夏希は事件の真相を話し始める事にした。

「結論から言わせてもらう。この事件の犯人はあんただよ。岸田耕司さん」

最初に犯人の名前を告げた夏希は、耕司に険しい目つきで見た。

何の前触れもなく犯人だと言われた耕司は、戸惑いながらえっという表情をしている。

「夏希ちゃん、何を言い出すんだよ。僕が犯人だなんてとんでもない」

耕司は戸惑いながらも自分は何もしていないと言い張る。

「いや、犯人はあんただよ。母さんと寺本さんを殺害したのは...」

険しい目つきのまま夏希は言う。

「違うよ。僕は富栄を愛していたんだ。だから、内縁の夫となって一緒に住んでいたんだ。それに寺本っていうのは記者だろ? 記者なんて知らない。知るはずもない」

富栄の事は穏やかな口調だが、祐一の事は荒い口調に変わっている。

「寺本さんの事は知ってるはずだ。あんたが六年前に起こした暴行事件でね」

暴行事件の事を持ち出された耕司は、明らかに目つきが変わった。

「まずは母さんの事件から話していくけど、母さんの内縁の夫となったあんたは常日頃から母さんに暴力を振るっていた。暴力が続き、我慢の限界に達した母さんは別れを切り出し、アパートから出て行くように言った。それに腹を立てたあんたは、仕事の昼休みを利用して、この近くの公園に母さんを呼び出してナイフで刺した。アパートで刺さなかったのは、母さんを殺害すると自分が疑われて、アパートに住めなくなって住む家を探すのが面倒だったからなんだ」

夏希は富栄を殺害した経緯を話した。

「この地殻の公園で発見されたが、赤谷さんがこの学校に通っている事を知ってての犯行だということなのか?」

村木巡査長はアパートに住めなくなる以外の理由も述べてみた。

「それもあるだろうな。母さんからボクの事を聞いて知ってたし、殺害される前にもこの学校に行ってる事を聞かされたからな。恐らく、ボクを犯人に仕立てあげるために仕組んだんだと思うぜ」

夏希は村木巡査長が言った理由もあると答えた。

耕司は何も話さないまま、表情を強ばらせている。

「夏希を犯人に仕立てあげるなんて、時間的には学校にいる時間で無理じゃねーか? それなのに夏希のお母さんを殺害したのか?」

仁は夏希の犯行とするには無理があるのではと意見する。

「確かに仁の言うとおりだ。岸田さんはそこまで考えていなかったと思われる。ちゃんと計画的に母さんを殺害したのなら、放課後とかボクが学校で授業を受けていない時間帯を狙って、犯行を起こしたと思うからな」

耕司は富栄を殺害するためだけで時間帯までは考えていなかったのではないかと話す反面、計画のなさにマヌケすぎだろと心の中で突っ込んでいた。

「次に寺本さんの事件だ。寺本さんは岸田さんの暴行事件の記事を書いた張本人だったよな?」

夏希は祐一の事件の真相を話す前に了に確認した。

「そうだ。寺本は地道に岸田さんの周辺を調べて書き上げた記事だったんだ。編集長である自分が週刊誌に載せようとゴーサインを出したんだ」

了は夏希の言うとおりだと答える。

それを聞いた夏希は頷く。

「寺本さんの場合は過去の暴行事件の記事の事で殺害に至った。刑務所を出てからは寺本さんが書いた記事の件は収束していたが、母さんを殺害した後、ニュースを見た寺本さんが母さんの事を調べていくうちに岸田さんの事に辿り着いた。寺本さんは再び、記事に書こうと岸田さんの前に現れた。何も話したくないと揉み合いになり、その時に寺本さんを殺害したんだ」

夏希は自分の中に再び大きく着火した怒りが大きくくすぶっていた。

「しかし、寺本さんはどうやって二人が内縁関係だと知ったんだ?」

瀬川警部は腕を組みながら首を傾げている。

「赤谷富栄さんが生きている時に店に行った事があるらしいんですよ。行ったっていっても調べて行ったのではなく偶然見つけて中に入ったらしいんですけどね。ちょうどその時に岸田さんが店に出ていて、あっと思ったらしいですよ。岸田さんは寺本の顔を知らずに接客をしていたそうです。その後、常連客に聞いて、二人が内縁関係だと教えてもらったそうです」

了は生前の祐一が話していた事を全員に教えた。

それを聞いた全員はなるほどと納得した表情になった。

「母さんと寺本さんの事件は一見関連がなさそうに思えるが、全部岸田さんに繋がっていたんだ」

夏希は耕司のほうを見て言った。

「夏希ちゃん、証拠はあるのかい? 僕が富栄と記者を殺害したという証拠はあるのかい?」

耕司は怒りを隠しながら夏希に聞いた。

しかし、耕司には証拠が見つからないという自信があった。なぜなら、自分の犯行となる証拠がどこにも残していなかったからだ。

「証拠はあるぜ」

夏希は強気に出る。

証拠が見つからないと思っていた耕司は、ハッという表情になる。

「寺本さんの所持品にあったんだ。警部、頼む」

夏希は瀬川警部のほうを見ると、祐一の所持品を出してきた。

「寺本さんを殺害した犯人はこれなんだ」

「これは...?」

美夕は夏希が証拠だと言った物を見ながら聞く。

「寺本さんが亡くなった時に持っていた所持品で、これは盗聴器を仕込んだ家に音を拾って聞くイヤホンだ。恐らく、寺本さんは母さんがDVを受けている事を調べ上げ、岸田さんが起こした暴力事件と関連付けたんだろう」

「盗聴した家の音を聞くイヤホンだったのか?」

村木巡査長は驚いた声を出す。

所持品の中に音楽プレイヤーがあったので、てっきりそれを聞くものだと思っていたようだ。

「寺本さんの所持品の中に音楽プレイヤーがあったんだけど、それはダミーだろうな。母さんがDVされていると知った寺本さんは、アパート内に盗聴器を仕掛けてアパートの二人の生活音を聞いていた。アパートを調べたら盗聴器が出てくると思うぜ

夏希は自信ありげに言った。

「それだけに僕が犯人だと言い切れないんじゃないかな?」

耕司はあくまで自分は何もやっていないと言う。

「証拠はもう一つ。あんたのその性格だよ」

「僕の性格...?」

耕司は不服そうな表情をする。

「あぁ...。あんたは大人しいがカッとなる性格だと聞いたんだ。寺本さんも過去の事からそのことを知っていたんだと思う。DVの事を公にでもすると言われたあんたはカッとなり、寺本さんを殺害したんだ」

夏希はきちんと証拠とは言えない耕司の性格を指摘しながら、犯行を話す。

その話を聞いた耕司は目の色を変えた。

「僕がカッとなりやすい...? 誰がそんなこと言ったんだ? こんな性格になったのは誰のせいだと思っているんだ?」

耕司はついに怒りを見せる。

夏希以外の全員は耕司のこの怒りはヤバイのではないかと思っていた。

「僕は何もしていない。人殺しなんてしていない」

耕司は未だ自分は何もしていないと主張している。

「岸田さん、あなたは富栄さんにDVをしていますね。寺本さんが撮った写真の中に富栄をDVしている写真が何枚かありましたよ」

瀬川警部は祐一が持っていたデジカメの写真を現像して、それを祐一に見せた。

何も知らない耕司は、写真を見るとえっという表情をする。

「凶器の事だけど、アパートにあるんじゃないかな。警部がナイフだと思うって聞いて、最初はわからなかったけど、そのナイフは母さんがいつも大切に使ってたナイフじゃないかって思ってな。母さんが大切に使ってたナイフを知ってただろうからな」

夏希は凶器の事を話すのを忘れていたというふうに話す。

凶器のナイフの事を話すと、耕司の顔色が変わった。

「ナイフと聞いただけで富栄の物だと...?」

耕司はこの言葉で自分が犯人だと認めた。

「そうだ。ボクは犯人があんただとわかった時に気付いたんだ。母さんが大切に使っていたナイフで殺害したんじゃないかってな」

夏希は耕司が犯人だとわかった背景を話した。

「...そうか。富栄が使っていたナイフを犯行に使ったのがマズかったな」

耕司は呟くように言った。

「じゃあ、あなたが赤谷のお母さんと記者さんを殺害したんですか?」

哲平は信じられないという口調だ。

「そうだ。富栄とは別れ話のもつれからだ。確かに富栄にはDVをしていた。それで別れようって何度も言われていた。記者のほうはDVの事や過去の暴行事件の事を言われてカッとなってしまった。他人からすればこんなもののためにって思うかもしれないが、僕にとっては言われたくなかったんだ。何も守るものもないからな」

耕司はこれ以上何も隠せないと思ったようだ。

「守るものがない...? そんなもののために母さんと寺本さんを殺害したのかよ? フザけてんじゃねーよ」

夏希は耕司の呆れた言い訳に腹が立っていた。

「そうだよ。富栄の夏希ちゃん、夏希ちゃんっていうのが腹が立って暴力を振るってやったんだよ。僕よりも娘の夏希ちゃんのほうが一番なんだよ。男と寝てばっかりだから娘に捨てられたんだろ? それなのに夏希ちゃんってバカみたいだよな。それにあの寺本も過去の事ばかり記事にしようとしやがって。どいつもこいつも過去ばっかり...。前見て歩こうとしないのかよ...」

耕司は過去ばかりに嫌気が刺しての犯行だと語る。

そして、銃をズボンから取り出して夏希のほうに向けた。

「やめろ!」

哲平は耕司に向かって叫ぶ。

「夏希ちゃんさえいなければ、僕は富栄に暴力を振るわなかった。悪いが死んで欲しい」

銃を持った耕司は夏希に狙いを定め、殺害しようとしている。

夏希は動じず耕司を睨んでいる。

「撃たないでくれ! 赤谷は大切な教え子なんだ」

哲平は夏希を殺害しないで欲しいと願い出る。

が、耕司は聞く耳を持たない。

二人の警官はこれでいけないということはわかってる。耕司に気付かれないように耕司の背後に回る。そして、互いの顔を向け、瀬川警部が頷くと、村木巡査長はわかったと頷くと同時に耕司を確保した。

確保した瞬間、耕司の手から銃が落ち、夏希の足元までくる。夏希はすかさず銃を手に取る。

「赤谷!」

「夏希!」

哲平と仁が銃を手にした夏希を見て、夏希が犯罪者になるのを防ぎたい思いが声に出て叫ぶ。

夏希はそんな二人の思いを知ってか知らずか銃を耕司に向けた。

「ボクの事ばかり言うからって母さんに暴力を振るった...? 自分勝手な事言うなよ...。常連客と関係ばかり持って最低だって思ってたけど、それでもボクにとってはたった一人の母さんだったんだよ...。それなのに、なんで母さんを...」

夏希は涙を流しながら耕司に富栄は大切な母親だったんだと叫ぶ。

銃を向けられている耕司は、やめてくれといわんばかりの表情をしている。

「赤谷さん、銃を撃つのはやめなさい。撃てば犯罪者になる。それだけは避けたいんだ」

瀬川警部は必死に銃を撃つなと夏気に説得する。

そんなことはわかっていると夏希は思う。だが、母親を殺害された夏希からすると、耕司の呆れた犯行動機に腹が立ってしまい、少しでも復讐をしないとやってられないのだ。

夏希は涙で潤んでいる耕司に狙いを定め、銃を弾こうとする。それがわかった村木巡査長は夏希に飛びかかった。それと同時に銃が発砲する音が校内に鳴り響いた。

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