11.間違ってしまった、最後の選択肢
2015年4月修正済み
「それにしても驚きました。シャナ様は乗馬の技術もおありだっただなんて」
「幼い頃から馬が好きで、気が付いたら乗れるように。…私のそのような話はともかく」
ディーゼル様の屋敷の一室に通された私の前に、ティーカップを置かれる。座った状態からで漂ってくる香りを嗅いだだけでも、これが上質な茶葉が使われた一級品だと分かる。さすがは公爵家。
けど、別に私は呑気にお茶しに来た訳じゃない。
ちなみに馬に乗れるのは、昔、妹に、白馬の王子様に馬で攫われた時の練習に付き合わされ、必然的に王子役に割り当てられた結果、乗りこなせるようになったという何とも微妙ないきさつがあるんだけど、そんなことは当然言わない。
それよりも今はもっと大事なことがある。私はせっかくだったけれどそのお茶を口にする間もなく、さっそく本題へと入った。
「ディーゼル様。この度の殿下と私の結婚の話なのですが。こちらとしては、この国の王太子殿下の花嫁という立場は確かに魅力的なものですが、如何せん殿下と私の出会いやら何やらが全て事実とは食い違ってございます。私たちは確かに舞踏会の夜、共に過ごしました。しかしそれは本当に偶然で、ディーゼル様が我が父ジュダイザに語った内容とはまるで違います。おそらく何らかの情報の行き違いがあり、そのような話になってしまったのではないかと。殿下と私の間には愛はありません。何もありません。……おそらく、殿下が目をとめた女性は別の方だったんでしょう。あの日は高熱を出されておりましたので、あまりお相手の名前なりなんなり顔立ちなりを覚えておいででなかっただけで。ですからこの結婚話、もっていくお相手を間違えられていると思います」
私の中でこの話がこちらに回ってきたのは、おそらく殿下が恋に落ちた相手を勘違いしてたんじゃないかってことになった。
殿下は私ではない別の女性を目にとめ、あの日おそらくどこか部屋で落ち合う予定だったのだ。
だが予想外の邪魔が入り(目がぎらついた肉食お嬢様方)、たまたま部屋に居合わせた私に助けられ、さあこれでようやく会いに行けると思ったものの熱が高くその場でダウン。そのことと相手の女性とのことが熱でごちゃごちゃになり、あの日看病をした私と、落ち合うはずだった女性の記憶が混ざった……。
ほら、どう?こう考えれば納得できるでしょう?
どうして身に覚えのない王子との出会いの話になっているのかも。
「殿下と私との結婚の話が事実として皆さまに回っているとのことでしたが、嘘のことで殿下が私のような人間と結婚しなければならなくなるのは、大変心苦しく思います。今すぐにでも訂正していただければよろしいかと。父様…ジュダイザは、今更取り消されたら我が一族の恥になると言っておりましたが、そのあたりは全くお気になさらなくとも大丈夫です。人の噂も七十五日と申します。ですから」
「この結婚を、取りやめろと?」
ディーゼル卿の言葉に、私はこくりと頷いた。
どうよ、この私の完璧な推理!
この時の私は、これが事実ではないって分かったらこの男も、「そうかそうか」ってなって「じゃあこの話はこちらの勘違いだったってことで」ってなるんじゃないかって期待してた。かなりの確率で。
だって未来の王妃様を決める、大事な王子の結婚相手だよ?
それが実は情報の行き違いで別の、殿下が全く望んでいなかった女性を相手に選んでしまうっていうのは大問題だ。
馬に乗りながら考えていた言葉を全て言い切り、私は目の前のディーゼル卿を黙って見つめる。
ちなみに見惚れてるとかそんな甘酸っぱい理由からではもちろんなく、次にこの男が何と言うのか、っていうのが気になって、だ。
彼は、ふむと小さな声でぼやくと、真っ赤な猛禽類のような切れ長の瞳をこちらへと向けた。
「つまりだ、君は殿下と一晩過ごしたものの、何もなかったと。そういうことでいいのかな?」
「はい、勿論です」
「そして殿下の相手は本当は別にいて、熱のせいでそれが君と混同したと」
「はい」
その質問達に、私はしかと力強く頷いた。
すると、そこでなぜかディーゼル卿は口の端を上げるとにやりと笑った。
「……でも一晩ずっと一緒にいたんだろ?殿下の寝顔を見て、何も感じなかった?」
「何もって…仰ってる意味がよく分からないのですが」
「例えば、無防備な寝姿に欲情したとか、思わず襲い掛かりたくなったとかさ」
「おそ……っ!?」
ななな、な、何を言い出すんだこのお方は!?!?
いやまあ、確かに?殿下は男前でしたよ(黙ってたら)?同じ人間として、こうも造りが違いのかとある種感動しながら寝顔を覗き見ていたことは認める。っていうか不可抗力でその場を動けない状態、その上眠ることすらできない状態で、正直殿下の顔を見るくらいしかすることがなかったからね!
だけど、だからといって欲情、とか、襲い掛かりたい、とか、私は獣かよ!!
…まあ、直前まで殿下を追いかけ回していたご令嬢の皮被った輩も中にはいるけど。
でも私には断じてそんな趣味はないし、そもそもあの王子様自体に興味ない。だから殿下の顔が超一級品の芸術品並みの美男子だろうが関係ない。
あの時私の心を占めていた感情は、早く帰りたいっていうのと熱が下がればいいっていう心配の気持ち、そしておなか減ったっていう3点のみ。
つまり、この質問に対する回答はただ一つ。
「そんな不埒なこと、一片たりとも、爪の先ほども、一ミリも思いませんでしたけれど」
この意味不明の質問に、私はそれでも正直にきっぱりと答えた。
質問の意図は分からない。だけど、これで私の話を、ディーゼル様には理解してもらえたかなって思った。
さあ、早く、私に言ってくれ。「分かった。ではそう殿下にもお伝えしておこう。こちらの勘違いで君たちを振りまわしてしまって済まなかった。結婚の話は白紙に戻すことになる」的な言葉を。
それなのに。
なぜか真面目に解答をした私をじっと見つめるかのお方の顔に浮かぶ笑みが、濃くなった気がした。
瞳はますます細められ、どこか興味深そうな色を浮かべている。
その時だ。またやってきたのだ、例のあれが。今日何度も味わった、寒気。しかも本日特大級の強烈な悪寒が。
それが、この男の笑い顔を見て急に襲ってきた。これがなにを意味するのか…。
未来の私なら分かる。そう、私は、最後の選択肢を間違ったのだ。ここで正直に答えたことで、私に与えられた未来は決まってしまったと言っても過言ではない。完全に自分で逃げ道を塞いでしまった。
ここで「いや、やはり殿下の神々しさは半端なかったっす。正直むらむらしました」とか言っておけばよかったのだ。
しかし。
正直者が馬鹿を見るとはこのことか。残念ながら、事態は私の思っていたものとは、真逆の方向へ進むこととなる。
「っ…、っくっく」
目の前の麗しきお方が、突然俯くと、肩を震わせた。その体の震えは徐々に大きくなり、やがて…。
「っは、っはっはっはっはっはっは!!やっぱり君は変わってるな。ま、だからこそ?君がレインの体質が通用しないっていう証明にもなるんだけどね」
…………。
………えっと、ですね。状況を説明します。
この男、私のこの真剣な思いを語った言葉に、なぜかなぜか、爆笑しやがりました。その瞳の端には透明な液体がわずかに付着しております。
涙が出るほど笑うなんて、何が面白かったんだ、この赤髪め。
たまらず、私は声をかけた。
「あの、ディーゼル様…?」
できれば説明をぷりーず。状況がさっぱり読めない。それにさっきのディーゼル卿のお言葉に気になるものがあった。
レイン様の、体質…???
そしてそれが私には効かない…???
なんじゃそりゃ。
あまりにも分からなすぎてぽけーっとしていたんだろう、ディーゼル卿は私の顔に向かって「すっごいアホ面」と呟いた後、せっかく収まっていた笑いを再び患い、またまた笑い転げやがった。
仮にも年頃の乙女に向かってアホ面とは失礼な。確かに私の顔はこれ以上もないくらい混乱していたためかアホ面だったとは思うけど、そもそも原因はこの男の不可解な言葉たちだっていうのが分からんのか!
そう言いたかったけどさすがに面と向かっては言えない。なので恨みがましい視線を送ってやってると、それからほどなくして、ようやく落ち着いたらしい。 ヒー、とかフーとか言いながら涙を拭うと、再度私の方へ向き直る。
そして、私をまさしく獣そのものの鋭い瞳で射抜きながらゆっくりと、言葉を吐いた。
「シャナ・コキニロ嬢。今のあんたの話を聞いて確信した。やっぱり、あの強烈なレインの横に正気を保って立っていられるのは、あんたしかいない。色々と回避する言い訳を考えてくれたようだけど、残念ながらレインの結婚相手はあんたで間違いない」
高らかにそう宣言された言葉は、まさに私にとっての死刑宣告に他ならなかった。
vsディーゼル卿。ここで終わるはずが、まさかの終わらず。面目ない。次で終止符予定。