ラストジョーク
溶けそうな位に眠い朝の事、僕の家に届いた贈り物は、じいちゃんからの、とっておきで最後の冗談だった。
じいちゃん、雪村琢也は数学者だった。それも、人生の半分を因数分解と連立方程式に費やすような変人だった。
そんなじいちゃんが、よく分からない病気で死んでしまって、表面上は明るく振る舞っている僕らの家族に届けられたのは、僕への誕生日プレゼントだった。
前もって用意されていた様で、つまり、自分が死ぬと分かった時から時間差で僕へ渡す準備がなされていた訳で、それが姑息で、なんかムカつく。
そりゃあ確かに驚きはしたが、素直に喜べない気がして嫌だった。
サンタクロースの正体に気付いてから、プレゼントの希望をさりげなく言う後ろめたさにも似ている。
「何だコレ?」
父親が手に取ってみたけれど、精密機械だという以外で用途は不明。
大きさは、国語辞書二つ分くらいで、重さは三つ分。 外見は丁度、大きめの置き時計のような形をしている。
「爆弾かしら」
「爆弾かもな」
そんな朝食にはふさわしくない会話をしながら、父親はそれを物色した。
僕は、その爆弾のような精密機械の正体を見抜いていた。
二進法の置き時計だ。
イチとゼロの二つの数字で時を刻む時計。じいちゃんが、僕の軽い冗談を聞いていた事に僕は少しイライラする。
奇妙な数字の配列は、もはや時計とは思えない。役に立たない。
というより、立てない宿命を背負っているといっていい。
「じいちゃんの考える事は解んないな」
父親が精一杯、明るそうに言う。
「そうね、爆弾かしら」
母親は、ぼんやりと返す。
僕は朝食を続ける。じいちゃんの冗談を理解できるのは、世界でただ一人、孫である僕ぐらいだろう。
「これ、僕のだから……」
朝食を食べ終わった僕は、その二進法の置き時計を持って階段を上がった。
じいちゃんを思い出すためなら仏壇より、こっちの方が、ずっとマシだ。
部屋にあった目覚まし時計をゴミ箱に入れると、スペースはぴったりだった。 じいちゃんが、僕の部屋に入って、目覚まし時計の大きさを調べていたとしたら少し面白いと思った。
確に、国語辞書二つ分の目覚まし時計だったからだ。