Boy who takes on a burden. Woman who feels it
お久しぶりです。龍門です。
遅くなってすいません。
少しでも、ほんの少しでも、楽しさを与える事が出来ればと思っています。
それでは、………。
【森】には溢れる程の未知と謎と生と死が蔓延んでいる。
知っているか?
この【森】には存在しない筈の存在が存在している。
知っているか?
この【森】には生きているモノが死んでいる。
知っているか?
この【森】では常識が非常識に変わり非常識が常識に変わる。
知っているか?
この【森】にはまだまだ沢山の未知が存在していると。
白い巨躯な身体で駆けるのは気高き虎。
澄んだ綺麗な湖に住むのはお喋りな精霊。
縛られず蹂躙し全てを無駄にするのは無法共。
黒き闇に沈むその牙を最大の武器としている狼。
空を見上げれば巨大な鳥が羽ばたき、目の前には巨大な蛇が道を塞いでいる。
夢か?
何度目を擦ろうが、何度頬を抓ろうが、この光景に嘘は無い。
信じなければ見えないのではない。
信じなくとも、目の前に存在しているのだ。
何と戦う? 何から護る? 何を奪う?
理性と欲望でそれを考える我々に、この【森】は牙を剥くだろう。
この【森】は、一種の抑止力なのかもしれない。
人と言う生き物が、世界を敵にしない為の。
何と戦う? 何から護る? 何を奪う?
本能と使命でそれを考える彼等に、誰が敵い誰が勝てる?
花の甘い香りすら打ち消してしまうこの【森】の深さを、誰も知らない。
草木特有の匂いすら打ち消してしまうこの【森】の深さを、誰も知らない。
誰も、知ってはならない。
そう、誰も………―――。
著者∥アルドール=リーディ
『幻想種物語』第三章・『序幕』一部抜粋。
【森】『中央』
「成る可く俺から離れない様にね。もう加護を受けた事は皆知ってはいるけど、知らなかったで攻撃してくる奴が居るからさ。攻撃して来た場合は別に反撃仕掛けても良いからね。一応の正当防衛ってヤツ」
「相変わらず物騒だな。………その加護ってヤツは結局の所何なんだ? 特別私の身体に何か影響が合った訳でもないし」
【森】を歩くのはセンとナイトメアー。
先程の会話の後、メアに攻撃を仕掛けないと思う物達の所に「自己紹介も兼ねて」と言う理由で連れて行くらしい。
それを聞いた時、「思う」と言う言葉がこれ程不安を煽るのか、と思ってしまったナイトメアーは別に臆病などではなく、正常だ。
因みにだが、「知らなかった」と言うのは暗に「知っていたけど」と言う意味だ。
【森】の闇から突然に『不確かな狼』並の物が攻撃を仕掛けてくれば一瞬で終わるだろう。
こう、簡単に自分の死が予想出来るなんて………。
死が身近過ぎて少し麻痺しているかもしれない。
倒れた巨木の上に跳び乗りながら先程の問いにセンが答える。
「加護って言うのは二つの意味があるんだよ」
「二つ?」
「そっ。一つはこの森に住んで良いって言う許可みたいな物」
センの立つ巨木にナイトメアーも跳び乗る。
「許可、と言う事は別に「攻撃してはいけない」って言う意味ではないんだな」
「加護自体はね。まぁ、掟で森に住まう物に不必要な危害を加えてはならないってのはあるけど、これも曖昧でね。幾らでも穴を突いて行動出来ちゃうんだよ」
掟の曖昧さにナイトメアーは眉間に皺を寄せながら苦笑を浮かべる。
「それで、もう一つは何なんだ?」
「もう一つは、言ってしまえば力の付与だね」
「………力?」
「そう。まぁ、詳しい説明はディガーとかラルに聞いた方が早いと思うけどさ。例えばだけど、クィスの使ったアレって感じかな」
説明が苦手なのか、苦笑しながらクィスの名を挙げる。
「クィス、とはあの白い『不確かな狼』か?」
「うん。それで力って言うのがあの白い靄みたいなヤツ」
白い靄みたいなヤツ。
それは兵士達相手に『不確かな狼』含め多数の狼が蹂躙したあの場にて、【森】に本格的に入る前に白い靄が広がったアレだろう。
あの靄に触れた死に倒れる兵士は骨すらも残さず灰と化した。
「あの力は、加護で与えられた物なのか?」
「あぁ~………いや、例えで出しといて悪いんだけど、クィスのはちょっと違うかな?」
頬をポリポリと掻くセンに、ナイトメアーは首を傾げる。
「………スマン。既に私は迷ってしまった。もう少し解り易く説明出来ないか?」
「長くなるんだけど、クィスの使ったアレの名前は『森の力』って呼ぶんだよね。森で生まれ森で育った物に授かる、最初から備わった力。そして加護を受けて発現した力を『自然の法則』って呼ぶんだ。基本的にこの二つの力は変わらないけど、『森の力』って事に誇りを持っている奴も居るから気を付けてね」
「………つまり、幻想種が使うのが『森の力』って考えれば良いか?」
その言葉にセンは横に首を振り否定する。
「いや、それは違う。例え幻想種でもこの森にやって来た物は大勢居る。ラルなんかがそうだね」
何とも難しい、見ただけで判断は出来ないと来たら、対処の方法も限られる。
「ん~、そこら辺は見極めるのは難しいな。不用心な発言を控えれば問題は起きないか」
「成る可く話さない方が良いかもね。初見の奴なら尚更かな」
「殆どが初見なんだがな」
ナイトメアーが見て知っている幻想種と言えば『不確かな狼』『エルフ』程度だ。
これから会う物全てが全て初見と言っても良いだろう。
問題は会った奴を見抜けるかどうかだ。
セン側か、否セン側かどうかを。
唯、それは安易な事ではない。
セン側を装って否セン側が接触してくる可能性だってある。
狼達を見ても、幻想種って物は随分知能が高い。人間と同等それ以上と考えても差し支えない。
その為人間並に狡い真似をしてくる輩は出てくるだろう。
実力行使で出てくるか、欺き罠に嵌めるか。
解り易いのは前者だろう。
解り辛いのは後者だろう。
「………森の掟の内容は何なんだ?」
対策を考えるのもそうだが、まずは把握しなければならない。
「沢山在るには在るけど、ぶっちゃけると別に気にしなくとも良いのも在るから、覚えていた方が良いのを説明するよ」
一に、森は秘匿で在るからこそ、謎を孕み神秘的である。それ即ち森だけに関わらずその森に住まう物も同一。森に住まう物は森に住まう物を特定断定出来る情報を流す事を禁ずる
二に、森は多種多様だからこそ、優れ圧倒的なのである。それ即ち住まう物同士の不要な戦闘は愚挙である。森に住まう物は森に住まう物に対し不要な攻撃捕食する行為を禁ずる。
三に、森は悠然で在るからこそ、神懸かり印象的である。それ即ち加護を受けし森に住まう物は森をその身に宿す力で冒涜駆逐する事を禁じる。
眉間を人差し指で小突きながらセンは記憶に留めてある掟を引っ張り出す。
「まぁ、これぐらいかな? 気にすべく事は。他のは少し時代が違うから意味無いのが多いし」
「三つだけって言うのは………」
覚えるのも億劫な数を予想していただけに、三つと言うのは何とも苦笑を誘う。
言葉の中であれば、結構緩い感じがする。
が、縛る箇所はちゃんと縛っている。
「………一つは情報の秘匿。二つは不要な戦闘の禁止。だが、三つ目のは何だ?」
情報の秘匿は言うまでもなく、この【森】の内部情報。
幻想種の事や、加護云々の事だ。
戦闘の禁止は飽く迄も不要な、だ。向こうが手を出せば此方も手を出せる。
が、最後の宿す力での冒涜駆逐とは何だ?
「宿す力って言うのは『森の力』や『自然の法則』の事で、冒涜駆逐ってのは要するに森を傷つけるなって事。まぁ、傷つけるなって言うか、傷つける事自体が不可能なんだけどね」
「意味は解ったが、不可能とはどう言う意味だ?」
「傷つけようとしたら、その与えようとした分の力が自分に返ってくる。刃物とか素手とかなら簡単に傷つける事は出来るけど、『森の力』や『自然の法則』では絶対に不可能」
「………『失われた魔法』でもか?」
「いや、『失われた魔法』だったら容易に傷つける事は出来るよ。でも、不用意にやれば『見回り』が動くから、止めた方が良い」
「先程の狼達の会話でも出たが、その『見回り』は何なんだ?」
掟の会話から、気になる話に切り替わる。
一瞬センは「言って無かったっけ?」と言う表情を浮かべる。
それが何となく解ったナイトメアーは首を縦に振る。
「『見回り』はね、この森で死んだ人の事だよ」
「!? ………死んだ人、と言うのはあの兵士達の様な事か?」
「そう。まぁ、肉体なんて無いから、死体を操っている訳じゃない。その死んだ人の内に宿る魔力を具現化させ縛り付けてるんだ」
「なッ………」
言葉を無くす。
サラリと出た言葉の意味は、言うには容易く行うには困難。
いや、不可能と言っても過言ではない。
魔力を具現化?
未だ『見回り』と言うのを見た事が無い為、どの用に目に映るかは解らない。
が、そんな事が出来るのか?
人と言う容器を無くしたら、共に消えるのではないか?
「残留魔力ってあるでしょ?」
不意にセンは尋ねる。
「あぁ。………まさか、それを?」
気付く。
「うん。例え人が死んでも、宿っている魔力が一緒に消える訳じゃない。魔力は暫くその死体の周りに溜まり、やがて消える。それが消える前に『森神樹』がその魔力に強制契約を結ばせる。結び方は解らないけど、それによって魔力はその契約内容通りに動き続ける」
ゾッとする。
魔力を縛る事が出来ると言う事もそうだが、それを行える『森神樹』の底が見えない力量に。
それと、契約と言う物の強力さ。
「まぁ、魔力だから考えたり出来ないし、その契約通りにしか行動出来ないから、話し合いで止めようとしても無駄。見つけたり見つかったら即座に逃げた方が良い。相手は魔力の固まりだから中々に倒せない」
危険で、用心しなければならないのは否セン側だけではなく、そんな異物も含まれるのか。
改めてナイトメアーこの【森】のおぞましさに顔を蒼くした。
不可能と思えた事が此所では可能になっている。
本当に、その道の専門職が見れば発狂する程喜ぶだろう。
「それと『無法』の話もしといた方が良いよね」
未だ【森】の恐怖に顔を蒼くするナイトメアーを尻目に、センは次の話へと変える。
「『無法』は確か北側の」
「そう。多種多様で纏められた、この森で唯一の敵って言っても差し支えない連中。中には話も出来て状況把握の出来る奴は居るけど、それもほんの一握り。他の殆どは自分以外を見たら即座に攻撃を仕掛けて来る」
少し表情を歪める。
「………まぁ、仲良く手を取り合っては不可能だと言うのは解るが、そこまで過激なのか?」
吐き出された溜息には何が含まれているのか。少なくとも良い物は含まれていない。
此所までで、残念な事にナイトメアーにプラスになる事がない。
見ただけで攻撃を仕掛けて来るなど、危険以外に言いようがない。
「………ん?」
ふと、センを見た。
変わらない筈の雰囲気。「王」でなく、「少年」の筈のセンから醸し出される空気は、哀れみに塗れていた。
今まで見た事がない。卓越し過ぎているその雰囲気に、思わず呑まれた。
黒い髪を揺らし、センはゆっくりと口を開く。
「………ある意味忠実に生きている。獣の域を出ず、獣の域を超越する。奴等は強さを手に入れても尚、今までを貫こうとしている。「獣は獣」と言う枠組みを、とっくに超えているのに」
「………矛盾しているな」
何となくだが、ナイトメアーは理解した。
獣とは、本能で行動し、本能で回避し、本能でその身を削る。
理性はその行動に歯止めと言う物を産んでしまう。
殺しては………。喰っては………。
理性と共に付いて来た知性もそれに拍車を掛ける。
戦闘本能。
これを無くした獣は獣ではなく、唯の餌だ。
『無法』の幻想種達は、それを避ける為に獣と言う域を超えていながらも、超えずに獣で居続けようとしているのだ。
餌にならまいと。肉の味を忘れまいと。
立ち止まるは死、立ち上がるは生。
生きる為に彼等は矛盾している事を知った上で、『無法』と呼ばれている。
「………なんだか、遣る瀬無い、な」
理由無き行動と、理由が在る行動では、善し悪しに関わらずに決心を鈍らせる。
そんな物は、考えただけで寝首を掻かれるのは知っている。
だが、ナイトメアーは生きる為と言う今の自分と似た行動理由に、『無法』達と自分をダブらせてしまっていた。
「………奴等が選んだ道だから。けど、同情もしないし情けもかけない。挑んでくるなら、危害を加えてくるなら、―――俺は容赦無く殺す」
真っ直ぐに、鋭い眼で、センはその言葉を吐き出した。
実際に起きてしまったらどうなんだ? と、野暮な奴だったら尋ねるだろう。
が、彼女は解っている。
センが、この様な冗談を言う程安くない。
「………強い、な」
思った事を口にした。
両方共、生きる為なのだ。
情けなど、必要無い。
そう割り切れるセンに、ナイトメアーは心底感じた。
強さを。
そして、のし掛かっているだろう、重さを。
「………ハハッ! 湿っぽい話はこれぐらいにしようか。これ以上は動きに支障を来すだろうし」
両手を頭の後ろで組み、目を細めながら笑う。
「………そう、だな。考え過ぎて簡単にサヨナラは少し呆気ないしな」
苦笑を浮かべる。いや、苦笑しか浮かべられなかった。
子供の様な笑顔を浮かべる今のセンが、今までで一番大人に見えてしまったのだから。
何かを繕う時の、我慢する時の、隠す時の。
そんな、笑顔だ。
お前は、何を抱えている? 何を考えている? 何をしたい?
知りたいけど、その重さはきっと、私には解らない重さなのだろうな。
笑って流してしまいそうな程、簡単で複雑で、重たくて軽くて。
そんな笑顔が出る程に。
「………行こうか」
だから、この言葉は私が口にしよう。
「王」が、お前の重荷だと思っていた。
「私」が、お前の重荷だと思っていた。
だけれど、その根は深く、
「森」自体が、お前の重荷なのかもしれない。
一緒に背負えば軽くなど、思っていない。
目に見えない物だから、重い物は重いのだ。
「………教えてくれ、君の事を」
あぁ、陳腐な言葉だ。
でも、
「………うん! 行こうか」
今までで一番、綺麗に言えた言葉だ。
【森】・『東』側。
夜だと言うのにこの場は輝いていた。
上を覆う生い茂った木の葉。
が、その上だけは月が覗けた。
その月光が湖に反射する。
それによりまるで湖が光輝いている様に見える。
【森】の中にまるで何処かから持って来たかの様に、少し不自然にその湖は存在している。
水は透明と言える程に澄み切り、ハッキリと底が見える。
風が吹き、葉が落ち、波紋が広がる。
『チャプッ♪ チャプッ♪』
突然に、若い女の子であろう声が響く。
『アナタを待って少しずつ、この湖の水位を上げてみよ♪ ―――』
『お土産と共に運ばれる、笑みと話に花咲かせ♪ ―――』
『次は私もとお願いしてみて♪ ―――』
『ギュッと抱き合おう♪ ―――』
軽やかな唄が響く度に、湖に波紋が広がる。
『チャプッ♪ チャプッ♪』
湖の中心。水が噴き出したかの様に浮き上がる。
ゴボゴボ、と音を立てながら水は球体を弾き出す。
弾き出された球体は落ちず、宙に止まり、水を如雨露の様に出し始める。
球体は一個だけではなく、二つ、五つ、と増えていく。
『スレンダーな方が良いかな?』
浮き出る水が生き物の様にうねり、何かの形を形勢していく。
一本の浮き出る水柱の左右から水が噴き出る。
徐々に勢いを弱め、噴き出た水は腕に変わる。
水で出来たその腕で水柱の天辺を撫でる。
すると、噴き出落ちる水が止まり、うねり形を形勢する。
『ロングの方が良いかな?』
水柱の天辺に凹凸が出来上がり、人の顔の様になる。
『フフフ、此所からがメインイベント!!』
声の主はテンション高くそう叫ぶと、水柱を囲む様に水が噴き出た。
『目指せスレンダー美女!!』
軽く木々の高さを超えた水は、勢い弱め、徐々に高さも落ちる。
『フフフッ、成功だ―――』
言いかけたその時、弱まっていた筈の水が不意に爆発したかの様に噴き出た。
『ふんぎゃあぁぁぁああぁぁぁぁぁああああああぁぁぁッッッ!!!!!』
叫び声。そして噴き出る轟音。
間近で見れば噴き出ているのではなく、落ちているかの様に見える。
さながら滝だ。
サァーと雨の様に噴き出た水が落ちる。
水柱を囲んで噴き出ていた水も消えている。
『………』
湖の中心。水が浮き出た所。
そこにも水柱の姿は無い。無い、のだが………。
『何で………』
ポチャ、ポチャ、と雫が落ちる音が響く。
水柱が消えた代わりに人、女性が立って居た。
蒼い髪。蒼い瞳。蒼いドレス。
宙を漂う水の球体が、その光景を幻想的なモノに変える。
さながら何処かの御伽噺の様な、運命を感じる様な。
………まぁ、立っている女性が女性ならば、だ。
水面に立つのは、綺麗な蒼いドレスを………着こなせていない幼女なのだから。
『な、な、何で幼女なのよォォォォォォォォォォォォ!!!!!』
叫び声と共に、宙を浮く水の球体を天高く蹴り上げた。