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作者: 泉田清
掲載日:2025/12/30

 「また一緒に、サクラを見に行きたいです」一か月前に出した手紙の、最後をそう締めくくった。未だ返事はない。もう二度と返って来ないのだろう。


 職場のある町には城がある。商店街から川を隔てたところの、小高い丘にあり、今は公園となっている。サクラの名所である。春の桜まつりは中々の賑わいをみせる。

 外回りの私にとって商店街と公園をつなぐ大橋は、一日に何度も渡る橋だ。何年か前には城側に歩道が増築された。欄干は赤く塗られ、花見見物が楽しめるようにとの配慮である。川に沿って設けられた土壁には瓦屋根がある。なるほど、歩道から城を眺めると確かに、土壁と城の組み合わせで大層立派な印象になる。春になれば、川沿いと公園に立ち並ぶ満開のサクラがこれに加わるのだ。小さな町の観光資源というわけだ。


 小さな町のことだ。商店街、といっても昼間は人などみかけない。たまにいても老人ばかり。

 ある日、杖をついた老婆をみかけた。杖といっても登山用のもので、両手に持って元気に歩いていた。健康のためのウオーキングだ。しばらくして公園付近を回っていると、また「ウオーキング婆」に出くわした。彼女は商店街では飽き足らず、大橋を渡ってここまでやって来たのだ。ハツラツとした、実にいい表情である。

 城の裏手には古道がある。車では通れないような獣道。そこは寺社や「古い居住区」と繋がっていて、いわば秘密の道だ。「古い居住区」を訪問することもある。敷地の広い屋敷が立ち並ぶ地区で、古くは城に仕える者たちが住んでいたのであろう。だが、総じて道が狭く見通しが悪い。車の走行には注意を要する。この一画のお宅から出ようとしたら、左から軽トラックがやって来た。右から原付に乗った爺がやってきて、軽トラックの運転手(これも爺)と会話を始めた。道が塞がれてしまった。目の前の事態を静観するしかない。しばらく待っていると、歩いてきた爺がさらに増え、三人で大いに盛り上がる。全く何たる眺めだ!こんな狭い場所で三人の爺が集結するなんて!しかし「古い居住区」において私はあくまでよそ者である。彼らには従わなければならないし、ここで流れる時間に身を任せるほかないのだった。


 寺社の公衆トイレで一息入れた。トイレから出ると救急車のサイレンが聞こえる。大橋の方からだ。近くに散歩をしていた、ナイロンのジャンパーを着た爺がいて、サイレンの方角を心配そうに見つめていた。

 職場に戻ろうとしたら、大橋は封鎖されていた。パトカー、救急車、消防車まで集まっている。増築された歩道が傾いてしまったという。赤い欄干がグニャリとうねっている。何という事か。一日に何度も通る橋が通行止めになってしまうなんて。おかげでこれ以降、城周辺の訪問は大きく迂回しなければならなくなった。


 川沿いのお宅の訪問にはどうしても橋を渡らなければならない。幸いにも傾いた歩道の反対側、「旧歩道」は通行可能である。徒歩での訪問だ。

 橋を徒歩で渡るのは、元・恋人と花見に行ったとき以来だ。歩道が増築される前「旧歩道」を渡って元・恋人と桜まつりに出かけた。その後まもなく彼女と連絡が取れなくなった。私には彼女しかいないというのに。冷たい空気の向こうに城があり、空をガンの群れが飛んでいった。川の上流を目で辿り、橋の下までくると、予想外の高さに頭がクラクラした。「何度目かの春が過ぎました、また一緒に、‐‐‐」手紙の返事はもう来ない。彼女にもう会えない。これは現実なのか?

 グニャリと傾いた赤い欄干が見えた。前を歩いていた爺がスマホで撮っている。撮ったあとハアアという長い溜息をついた。縁起が悪い、とでもいうように。

 あのとき二人で見た、橋の上からの眺めを思い出す。「ここから落ちたら死ぬかな」そういったら彼女は嫌そうな顔をした。あの時こそ歩道は傾くべきだったのだ。突然の事態に我々はなす術もなく川に落ちていく。「一緒に死のう」といっても彼女は嫌がるだろうし。事故なら嫌がるヒマもない。

 

 無事、大橋を渡り終えた。誘導棒を手にした警備員と目が合う。お互いニヤリと笑みを交わす。私は川沿いのお宅へ歩き出した。次の桜まつりまでには、封鎖も解かれるだろう。

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