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第56話 お掃除完了?

 卓上タイプのノズルが短い掃除機のような道具は、ゴゴゴッと漫画の効果音のような音を立てながら動き出した。

 

「うぅ、うおっ? 吸引力がスゴイッ!」


 サラは変な声を上げながら踏ん張った。

 銀色の長い髪がバッサバッサ音を立ててなびく。


「ぎゃっ⁉ お花のリボンが飛んじゃいそうぅぅぅぅぅ⁉」


 魔法道具の吸引力は凄かった。

 サラの小さな体はノズルの後ろ側にあるというのに、それでも吸い込まれそうな勢いだ。


「うわぁぁぁぁ。何これ⁉ 吸引力が漫画だよ⁉」


 下半身は半ば宙へ浮いたようになっていて、サラは必死に掃除機にしがみついていた。

 吸引力は当然のようにサラの周囲の人々にも影響を与えていた。


「うわっ⁉」

「なんだこの風はっ⁉」

「吸い込まれるーーーーーーーっ!」


 ビュンビュンと音を立てて瘴気を吸い込む掃除機の吸引力は凄い。


「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……お? あれ? 急に楽になった」


 サラの体はいつの間にか普通に地面へ足がついていた。

 掃除機は相変わらずスゴイ吸引力で瘴気を吸い込んでいる。

 サラは空を見上げた。

 薄墨色の曇った色は相変わらずだが、少しずつ薄くなっているようだ。

 周囲も霧が垂れこめたようになってはいるものの、足元にスモークが溜まっているような状態で人々が動いているのが見えた。

 さっき吸い込まれると叫んでいた人たちも、今は普通に動けているようだ。


「え? なにこれ? どうなってるの?」

『あーそれは、邪悪なモノは強力に、そうでないモノはそれなりに吸い込むタイプの魔道具みたいだねぇ~』


 巨大化したピカードの呑気な声が上の方から降ってきた。

 

「ほう。邪悪なモノを吸い込む……」


 薄墨色の空気がガンガン吸い込まれ、ゴミを溜める透明容器のなかがガンガン黒くなっていく。


「アッ、リボンッ!」


 サラは小さな手で髪を押さえた。


(どうやら花飾りのついたリボンは無事みたい。よかった。それにしても……魔法の掃除機、吸引力すごっ)


 サラは透明容器に頬っぺたをペチャッとつけてなかを覗き込んだ。

 透明容器のなかは既に真っ黒だ。


(これは瘴気で満杯状態。ホコリは溜まったらゴミ箱へ捨てられるけど、瘴気はどうすればいいんだろ?)


 サラが透明容器にピッチャリとくっついて悩んでいると、掃除機にドンッと何かがぶつかった。


「なに、今の⁉」


 衝撃に驚いてサラは叫ぶ。

 ドンッという衝撃と共に何かが掃除機の向こう側へ転がり落ちたようだ。

 サラは掃除機の影から恐る恐る顔を出して、裏側を覗いた。


「えっ⁉ なっ、なによっ、これ⁉」

『それは魔獣だねぇ~』


 サラがゴロンとしたデカい影にビビり散らかしていると、頭上からピカードの呑気な声が降ってきた。

 続いてクロの声が響く。


『あ、でもそいつはもう死んでるから安心して、サラ』

「……ん、わかった……」


(わたしは3歳児のハズだけど、魔獣の死骸をそのまま見せるとか。異世界半端なーい。でも過保護な女神さまの加護のせいか自動でモザイクが入ってる気もする。配慮の種類が……うん。いや、ま、いいや……)


 サラは目をすがめ、魔獣の死骸が転がっている方向を見ないようにしながら、掃除機の透明容器のなかを見た。

 透明だった容器のなかは闇のように黒い。

 

(これをなんとかしないと……そうだ!)


 サラは地面に刺した虫眼鏡を引っこ抜いた。


「虫眼鏡から出てくる浄化の白い光を容器に当てれば……」


 小さな手で虫眼鏡を持つと、サラは白い光を透明容器部分へと当てた。


「やった! 瘴気が浄化されていく!」


 吸い込まれた瘴気は透明容器のなかでドンドン浄化されて透明になった。


「手で持ってるのは疲れるな。この辺に刺しとこ」


 虫眼鏡を地面にベンッと刺して様子を見る。


「あー……でもまた黒く……新しい瘴気を吸えば真っ黒になるね」


 サラは溜息を吐いて空を見上げた。


「これじゃ根本的な解決にはならないなぁ。どうしようか……」


 ブォォォォォォォォォと音を立てて掃除機は瘴気を吸い込んでいるが、墨を落としたような空がスッキリと綺麗になることはない。

 時折、ドンッと大きな音がして魔獣の死骸が掃除機にぶつかっているのが分かる。


(瘴気もだけど、魔獣も相当いるみたい。クロたちが頑張ってるみたいだけど、わたしの側に戻ってこないってことは、戦い続けているってことだもん)


 何だか先が見えない。


(ずっとこのまま戦ったり、浄化したりしなきゃダメってこと? でも、それって3歳児にはヘビィじゃない?)


 サラの青い瞳にウルウルと涙が滲んだ。


(この事態を何とかしたいけど、どうすれば何とかキリがつくのか分からない)


 泣くつもりはない。

 けれどグスングスンとなってしまうのも仕方ない。


(サラのわたしでも、沙羅のわたしでも、わたしはわたしでしかない。万能無敵な聖女サマになんて、なれない。なりたいけど、なれないだもん)


 ボロボロボロッと熱い涙の粒が頬を伝う。

 泣いたって意味はない。

 でもオンオンと声を出して泣く自分をサラは止められなかった。

 悔しくて俯いたサラの足元に、掃除機の強風にあおられた何かがコロコロと転がってきてコツンとぶつかった。


「ん? 何これ?」


 サラは細くて短い指でそれを持ち上げた。

 小石のようにも見えるそれは透明な黄色の石で、キラキラと光っていた。

 石には紐がかかっていて、説明書のようなものがぶら下がっている。


「えーと……浄化魔法石? 聖力で空中に打ち上げることにより、瘴気をドンドン浄化します。どんなキツイ瘴気もコレで一発浄化。空気中へ漂う瘴気にバイバイ……。なんだ、この消臭剤みたいなヤツは。最初からコレを使えば揉めなくてすんだのでは?」


 さっきまで泣いていたサラはスンッとなった。


(そうだよ。あの女神さまが何の手立ても与えずに、わたしをここに送り込むはずがないよ……)


 女神の顔を思い出しながら、サラはガクッと肩を落としつつ、浄化魔法石を空へ飛ばした。

 聖力で空高く舞い上がった黄色の魔法石は、ゆっくりとクルクルと回り始め、やがて仄かに黄みを帯びた光を発し始めた。


「何だあの光は⁉」

「見ろ! 瘴気が消えていく」

「おお、魔獣たちも逃げていくぞ」


 人々の声がざわざわと響いてくる。

 薄墨色の空気が透明になっていくのに従って、近くにいた人の姿がサラの目にも映るようになった。

 聖獣たちも、ミハイルも思っていたよりも近くにいたようだ。

 ミハイルに施した浄化が出来る化粧は半分以上はげ落ちていて、滑稽でもあるが、戦いの激しさも感じさせた。


 サラは空でクルクルと回る魔法石を眺めて呟く。


「うーん。でもコレ、聖力を注ぎ続けないと使えないんだ」


 浄化が進んでいることを確認したサラは、魔法の掃除機のスイッチを切った。

 そして虫眼鏡の角度を調整して白い浄化の光が魔法石へ当たるようにしてみた。


「光も弱くなっているし、この光だと魔法石の浄化の力が上手く働かないかもしれない。んー……、ということは、やっぱ簡単に使えないし。聖女が必要だな?」


 サラが眉間にしわを寄せ首をコテンと左に傾けたところへ、シローネがグッタリしたイザベルを背中に乗せて飛び込んできた。

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