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第5話 人情派の女神さま

「よーよよよっ、よーよよよっ。よよよよよよよっ」


(なんか変な鳴き声がする。あの世には、変な鳴き声の鳥でもいるのか?)


 妙な気配を感じて、沙羅の意識は浮上した。


「よよよ。なんて憐れな子なのでしょう、木村沙羅ちゃん。沙羅ちゃんの人生ってば、なんて可哀想なのぉ~」


 薄らぼんやりしながら意識を取り戻した沙羅の耳に聞こえてくるのは、自分自身への同情だ。


(……ふわぁ? なんで?)


 声のするほうに視線を向ければ、やたらと綺麗な女の人が大理石で作ったような椅子の上で泣いている。

 金色の髪を綺麗に結い上げて、ギリシャ神話の女神のような服を着ていた。

 布面積は大きくて露出すくないのに、妙に色っぽい衣装である。

 薄絹を重ねたようなドレスに、金地に宝石を散りばめたような帯を腰のあたりに巻いていた。


「よよよ」


 女の人は椅子へしなだれかかるようにしながら座り、右手を額に当ててまるで絵のように美しいポーズとりながらしゃくりあげて泣いている。


(しんどそうな体勢だな?)


 絵に描いたような【よよと泣き伏す】を眺めながら、沙羅はむくりと起き上がった。


「あれ? 死んだはずなのに体があるっ!」

「あぁ沙羅ちゃん、目が覚めたのね。あぁ不憫。不憫だわぁ~。しくしく。それは人間の思う体ではなく、霊体よ」


 さめざめと泣いていた綺麗な女の人は音を立てることもなく立ち上がり、沙羅の側に来ると床に膝をついて身をかがめた。


「霊体?」


(ということは、わたしはやっぱり死んだ?)


 沙羅は自分の体を見てみた。

 

(ん、普通に見える。自己認識ってやつは!)


 言われなかったら死んだことすら自覚できなかったかもしれない。


「ということは、ここは天国?」

「そういうわけでもないわ。あぁ、不憫。不憫だわ、沙羅ちゃん」


 綺麗な女の人はさめざめと泣きながら、沙羅の右腕を右手で取り、左の手のひらでさすっている。


「では地獄?」

「もちろん違うわよ、沙羅ちゃんっ!」


 女性は驚きの声を上げると、天を仰いでおいおいと泣き始めた。


「あぁ可哀想に。苦労しすぎて理解が追いつかないのね。ここは貴女がいた世界とは違う世界よ。あぁ可哀想に」

「え⁉ ということは異世界⁉」

「そうなるわね」


(言われてみれば、ここは円形の大理石っぽい床の周囲を丸い石柱が囲っているという、日本ではあまり見かけない部屋だし……っていうか部屋? 柱の向こう側、真っ暗だよね? なんだか宇宙空間っぽい雰囲気の……別世界のような感じはしてたけど、本当に異世界だったとは!)


 沙羅は自分の腕を撫でている女の人を見て戸惑った。

 この人が誰か分からない。


「えっと……」

「あらごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。わたくしは女神よ」

「女神さま⁉」


 驚く沙羅に向かってウンウンと頷きながらも、女神は泣き続けている。

 泣きながらも、沙羅の腕をサスサスと撫で続ける手は止めない。

 沙羅の人生のどのあたりが琴線にふれたのか分からないが、人間くさい反応をするのがこの異世界のお約束なのだろうか。


(女神さまって、静かで落ち着きがあるタイプかと思ってたけど違うんだ。美しいけれど、少女趣味というか、乙女チックというか、情緒的というか。わたしの人生ってそんなにお涙ちょうだい的な人生だったかな? この世界の女神さまって、涙もろい女神さまなの?)


 少々心配になるくらい、女神が沙羅のために涙を流してくれている。


「あぁもう心配いらないわ。この世界に来たのだから、わたくしが責任を持って沙羅ちゃんを幸せにしてあげるわね」

「ありがとうございます」


 沙羅がお礼を言うと女神は「け・な・げ。なんて健気な子なの、沙羅ちゃん」と言いながらわぁわぁと泣いている。


(人情に厚くて面倒見のいい、オバちゃんみたいなキャラの女神さまだな?)


 沙羅は色々と驚きすぎてポカンと女神を眺めた。

 

「まだ不安なのね。苦労したものね。でも大丈夫よ、わたくしに任せてちょうだいね」


 戸惑う沙羅に、女神は情感たっぷりに話しかける。

 ちなみに沙羅の腕をサスサスとさすり続けている。


(霊体っていっても、擦れて腕がなくなっちゃいそう)


 女神に思いやりがありすぎて、沙羅は少々心配になった。


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