第48話 無言の駆け引き
(あ、こっち見てる)
室内にいるサラもミハイルの視線を気にしていた。
号泣してはチロッと見て、おにぎりを口に運んではチロッと見てを繰り返す。
ウッドデッキのブランコに乗っている王子さまの姿はシュールだ。
(悪いヤツではないのかもしれないな)
掃き出し窓の外でブランコに座り、ジト目でこちらを睨むようにして見ている王子さまは、体温を持った実在の人物。
ここは物語の世界ではない。
長所もあれば短所もある。
(でもさー。こう……わたしに対するあの扱いは無いんじゃない? あれはなー。すぐに許すのはどうなの? だってさー。沙羅の人生だってしんどかったのにさー)
世界の命運がかかるようなモノではなかったとはいえ、なかなかにエグイ人生ではなかっただろうか。
大変シンドイ人生であったという自負がサラにはある。
おにぎりを食べ終わったサラは、1人コクコクと頷いた。
『ねぇ、サラ。許してあげれば?』
サラのツルツルホッペを肉球でポフポフとパフをはたくように撫でながらクロが言った。
『そうだよ、サラ。朝ご飯も終わったことだし、許してあげようよ』
サラの座椅子となっているピカードも、王子との和解をすすめてくる。
(ニンゲンをダメにするクッションも、黒いモフモフも優しいなぁ~。聖獣だからかなぁ~)
サラはピカードの腹に頭をポーンポーンと当てながら考える。
聖獣たちは、モフモフの腹で遊んでいるサラと、ウッドデッキのブランコで揺れている王子を、キョロキョロと見比べていた。
(んー。でもサラは3歳児だけど、前世は29歳の乙女だしぃ~。ここはちょっと大人になっておく?)
サラはチロンとウッドデッキの方へと視線をやった。
王子さまはブランコに乗ってウッドデッキを見つめている。
(王子さまだって、お腹は空くよね?)
サラは無限収納庫からこじゃれたお盆を取り出し、そのうえに食事を適当に載せた。
(好み分からんけど、こんなもんでいっか)
そのお盆を小さな両手で持つと、ヨチヨチとした足取りでウッドデッキへと向かった。
クロがサッと掃き出し窓を開けてくれたので、そのまま外に出る。
ミハイルは無言のままジッとサラの方を見ていた。
サラも無言のまま手に持ったお盆ごと、ウッドデッキにある小さな机の上へと置いた。
ジッとミハイルを見るサラ。
ジッとサラを見るミハイル。
サラは後ずさりするようにして掃き出し窓へと戻ると、サッと室内に入った。
ミハイルはジト目でサラを見ていたが、やがて正面に顔を戻してウッドデッキへと視線をおとした。
(食べないんかいっ。出されたものに手を付けないのは印象が悪いんだぞっ)
サラは自分が持っていった食事の載ったお盆の行方を、聖獣たちに構われながら見守った。
しかし王子が食事に手を付けることはなかった。
「せっせっせーのよいよいよい♪」は、手遊びを始めたあたりで、食事はお盆ごとパッと消えた。
(自動循環システム凄いな! ご飯残ってても時間が経つと勝手に片付けてくれるんだ。洗い物要らずで楽ちん。でも王子! 貴様の礼儀はなっとらんっ!)
ぷんっとむくれたサラがミハイルを睨んだ。
視線に気付いたミハイルが、ジト目でこちらを見た。
『ねぇ~、サラァ~? にらみ合っていても、話が進まないよ?』
ピカードがゆっくりした口調で言いながら、サラの両脇に手を入れて膝の上でポンポンと遊ばせる。
『そうだよ、サラ。話を進めるにはね。話をするべきだと思うよ?』
クロはサラを見上げ、右手を左の肉球でポンと叩き、左手を右の肉球でポンと叩きと交互にしながら言った。
「んっ」
サラは不本意そうに頷く。
(確かに話をしないと話は進まないな?)
サラはピカードの腹から下りると、無限収納庫をがさごそとあさり、こじゃれたお盆に昼食ならこんなもんかセットを載せると、ウッドデッキへと向かった。
前と同じように、ブランコ前にある机の上にこじゃれたお盆を置く。
サラがジッとミハイルを見ると、彼もまた無言のままジッとサラの方を見る。
(なんも言うことはないのかぁ~いっ!)
サラは心の中で突っ込むと、ミハイルの目を見たままジリジリと後ずさって部屋の中へと戻った。
『話、進まないね』
『そうね。アレでは進まないわね』
クロが言うとシローネも呆れたように口を開いた。
他の聖獣たちもウンウンと頷いている。
「でもさー。あの流れだったら、王子さまから声をかけてくるべきじゃない?」
サラの言葉に聖獣たちは思案顔だ。
クロが思考を巡らせるように右上を眺めながら口を開いた。
『ボクたちから話しかけてもいいけど……ニンゲンの問題はニンゲン同士から始めるべきじゃない?』
『そうだよねぇ~。このなかでニンゲンはサラだけだもんねぇ~』
ピカードが間延びした呑気な声でいうのを聞きながら(それってこの状態を作っている原因はわたしってこと?)と思ったサラの目がキッと釣り上がって頭上を睨む。
ピカードがブルッと震えたが、それはサラの座っている座椅子にマッサージ機能が追加されたとの同じだ。
ほどよくほぐされたサラの表情は穏やかになった。
『ここは、アナタがオトナになって話しかけてあげなさいよ。実際、中身は大人なんだし』
「ウッ」
シローネが言うことももっともである。
『話をするなら早くしたほうがいい』
バーンズがアゴで外を示した。
他の者が一斉にそちらへ顔を向けると、夕方でもないのに空が綺麗な赤で染まっていた。
(仕方ないっ。ここは負けて勝つところ!)
サラは跳ねるようにして立ち上がり、トトトッとウッドデッキの方へ走っていくと掃き出し窓をバンッと音を立ててあけた。
驚いたように顔を上げた王子に向かって、サラは無言のまま右腕を真っ直ぐに伸ばして赤く染まった空をピッと指さした。
ミハイルはムッとした表情を浮かべて指さされた方へ顔を向ける。
「あっ!」
小さく声を上げたミハイルは青ざめながら息を呑む。
一瞬固まった王子さまは、突然ガッと勢いよくサラを振り返った。
縋るような表情を浮かべたミハイルに向かって、口元を真一文字に引き結んだサラはコクリと1回頷く。
和解が成立した瞬間である。
こうしてサラは聖獣を従えて王都へ向かうことになった。




