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第32話 王都に迫る瘴気

「王太子殿下っ! ミハイルさま! ここは危険です。王城へお戻りください」

「嫌だっ! 私が逃げ出さねばならぬほど危険な場所に、愛する女性を置いて逃げ出すような男になれというのか⁉」


 ミハイルは護衛の騎士を怒鳴りつけたが事態は深刻だ。

 

(護衛の言うことも分かるが、ここにイザベルを置いて自分だけが安全な場所に逃げ込むようなことはできないっ)


 王国の瘴気は聖女イザベルの頑張りにも関わらず広がり続けていた。

 にもかかわらず、神官や宰相たちは、相変わらず机上で議論を繰り広げている。

 王都から見た空は晴れていても薄く曇ったようになっていて、外側にいくほど重く暗い色に見えた。


 瘴気は隠しようもなく広がっていて、空の色まで変えているのだ。


 聖女イザベルが必死に瘴気払いしても追いつかない。

 国民たちのなかには瘴気の濃さに耐えられず、魔獣に怯えながらも王都周辺へと避難してきている者たちもいた。


「我々は早く村へ戻りたいのです、王太子殿下」

「少しでもはやく瘴気払いを」


 国民たちは金髪を煌めかせながら歩く王太子へ口々に訴えた。


「聖女は頑張っている。今は耐えてくれ」


 ミハエルに言えるのはそれだけだ。

 国民たちも聖女が頑張っていることは承知していた。

 だが国土を濃く広く染めていく瘴気に不安げだ。


(国民への被害を顧みることなく、聖女を聖獣の森へ追いやるなんてっ!)


 ミハイルは現状を自分の目で確認するため、イザベルが祈りを捧げる森へと来ていた。

 この森を突破されれば、王都は目と鼻の先である。

 王城も無事で済むとは思えない。


(この危機的な状況を王族自ら確認しにくることは、自然なことだと思うのだが……。そもそも避難してきた国民たちのことは、どう扱うつもりなのか。まったく宰相たちの考えていることは分からないし、父上もだらしないっ)


 政治の世界は微妙なバランスで出来上がっている。

 現在の国王であるミハイルの父は後ろ盾が弱く、気も弱い男だ。

 だからといって国王たるもの無能ではいけない。


(それにしても護衛たちは何を焦っているのだろうか?)


 ミハイルは悪い予感を抱きつつ、疑問を払拭するために聞く。


「兵士たちは魔獣退治にあたっているのだろう? ならばイザベルの側にあるのは瘴気による害だけだ。瘴気は体に悪いが、即効性の毒とは違う。そもそも瘴気が薄くて一番安全なのは彼女の側だ。問題はなかろう?」

「それはそうですが……」


 ミハイルは護衛の様子に違和感をおぼえて眉を跳ね上げた。


「どうした? 聖女の安全は、しっかり守っているのだろう? ならば私が行っても問題あるまい」

「ですが王太子殿下……」


 悪い予感がしたミハイルは護衛の手を振り切って、イザベルが祈りを捧げる場所へと駆けていった。


 イザベルがいる場所はすぐに分かる。

 瘴気払いをする彼女の周りは光に満ちいていて明るい。

 聖女の力は個人により発動の仕方が違う。

 イザベルの力は淡く小さくジワジワと広がっていくような光の力だ。

 一気に瘴気払いするような威力はないが、柔らかく広がっていく力は周囲を傷付けることなく目的を果たす。


(イザベルの力には魔獣を倒すようなものは含まれない)


 王都近くまで迫った瘴気は、魔獣も王都近くまで連れてきている。

 

(避難してきた国民のなかにも犠牲者が出たと聞いた。聖女であるイザベルに何かあったら大変だぞ)


 そう思っているのは自分だけかもしれないという不安に駆られて、ミハイルの足は速くなる。

 森の脇で明るい光を見つけてホッとしたのもつかの間。

 彼女に向かっていく黒い影に気付いてミハイルは声を上げた。


「危ないっ! イザベルッ!」


 周囲には何故か護衛はいなかった。

 黒い影は小ぶりで大型の魔獣ではないが鋭い爪を持つタイプだ。

 無防備な聖女にとっては致命傷を与えかねない。


「逃げろっ!」


 瘴気払いに集中しているイザベルは、魔獣の接近にもミハイルの声にも気付いている様子はなかった。

 剣を抜いたミハイルは魔獣に切りかかった。


「やぁぁぁっ!」


 素早く振り下ろされたミハイルの剣先は魔獣をとらえたが、致命傷を与えるには至らない。

 剣の先を血で染めた魔獣は、そのままイザベルへと飛び掛かって、その爪を赤く染めた。


「イザベルッ!!!」


 ミハイルは剣を持ったまま、愛しい聖女へと手を伸ばす。


「アッ……アッァァァァァァァッ⁉」


 イザベルは何が起きたのか分からない様子のまま、白い聖衣を赤くそめながら血だまりのなかへと倒れ落ちた。


「大丈夫か⁉ イザベルッ⁉ イザベル――――ッ!」


 ミハイルは愛する女性を腕に抱きあげると、救護班のもとへと走った。

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