第3話 ヤバイッ! 子どもがひかれるっ!
ボール。
バスケットボールでもバレーボール用のボールでもなく、ましてや野球ボールでもない。
丸くて柔らかそうな、何に使うのかよく分からん外遊び用のボールが公園から跳ねて出てきたら要注意である。
引き続きまして子どもが飛び出してくる可能性があるからだ。
沙羅は公園の出入り口を見た。
案の定、小さな男の子がトコトコと走って来るのが見える。
視線を正面に移せば、そんなときに限って大型トラックがこちらに向かってきていた。
「危ないっ!」
気付けば沙羅は、叫びながら走り出していた。
男の子は道の真ん中で、黄色いボールを抱えながらトラックが自分に向かって走って来るのをポカンと見ている。
『キキキーッッ!』
大型トラックのブレーキ音がやたらと大きく響いた。
男の子の手から黄色いボールがポトンと落ちる。
男の子と大型トラックの間に割って入った沙羅を、ドーンと大きな衝撃が襲った。
(えっ……なにこれ?)
両手を広げて立つ沙羅の背後で、男の子が腰を抜かしたようにペシャンと座り込む。
「うっ……あっ……」
沙羅が振り返って男の子の様子を確認すると、座り込んだまま固まっているが無事なようだ。
(子どもに怪我はないみたいね)
沙羅はホッと溜息を吐いた。
「よかったぁ~」
沙羅は心の底から安堵した。
大型トラックは自動ブレーキが利いたようで、安全に止まったようだ。
ギリギリだが、トラックは沙羅の前にあるだけでぶつかってはいない。
「うわぁぁぁぁぁぁんっっっ!」
安心したのか突然、男の子が火のついたように泣き始めた。
「あらあら」
突っ立ったままの沙羅は困ってしまった。
「あー……大丈夫。大丈夫だから、泣かないでよ。坊や」
(えーと。こういう時には、どうするべき?)
大泣きしている男の子を前にして沙羅がオロオロとしていると、トラックのドアが開いて、運転していたおじさんが心配げな表情で降りてきた。
「大丈夫か、ねーちゃん⁉ 坊主も、無事か⁉」
トラックと沙羅たちの位置をキョロキョロと確認しながら、おじさんが聞いてくる。
「大丈夫ですぅ~。ほら、坊やも大丈夫だよね」
沙羅は男の子を助け起こし、その腕の中に黄色いボールを持たせた。
公園の中からは、男の子の友達とおぼしき子供たちが覗いている。
そちらを見た男の子は、涙を袖で拭うとパッと笑顔になった。
「ありがとう、おねぇさん!」
「ん。気を付けてね。道へ飛び出しちゃダメよ?」
「うんっ!」
男の子は弾むように頷くと笑顔で元気よく去っていった。
沙羅は手を振って男の子を見送る。
(子どもが無事でよかったぁ~……あ、なんか安心したら急に気分が……)
沙羅の頭がグラリと揺れた。
「おっ、おいっ! ねーちゃん、大丈夫か⁉」
驚くおじさんを視界に映しながらも、沙羅の体は笑顔のまま倒れていく。
(ごめんねぇ、おじさん。なんかわたし、ダメみたい)
目の前が暗くなっていく。
(さっきのドーンと来たの、わたしの心臓……)
「ちょっ……ねーちゃん⁉ おい、しっかりしろっ!」
おじさんの声も徐々に遠くなっていく。
(あー……わたし、こんな死に方? せっかく懐が潤っているのに……)
ドスンと体が道路にぶつかったが、沙羅が痛みを感じることはなかった。
沙羅の働き者の心臓は、ブラック労働も、離婚騒動も乗り越えたというのに。
交通事故阻止という英雄的な行動によるショックで止まってしまったのだのだ。
木村沙羅。
享年29歳。
微妙な最後であった。




