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第20話 聖女イザベル

「最低だっ!」


 王子ミハイルは、会議室の机の上に広げられた王国の地図を叩きながら叫んだ。

 神官や宰相たちがビクッと身を竦めたが、そんなことはミハイルの知ったことではない。

 大きな机に広げられた大きな地図には、いたるところに赤字で書き込みがなされていた。


「案の定、瘴気は広がっているではないかっ! 召喚した聖女さまへ、我らは頭を下げて瘴気払いをお願いしなければならない立場だったというのに。よりによって森へ召喚してしまうなんてっ!」


 ミハイルの怒鳴り声が止むのを待って、大神官はコホンとわざとらしい咳をしながら言う。


「聖獣さまたちが住まわれる聖なる森ですからな。聖女さまにはふさわしい場所へ……」

「そんな話はしていないっ!」


 ミハエルは再び机の上を叩いた。

 地図には瘴気の濃くなった場所や魔獣の出現場所などが記されている。

 

「聖獣の森以外の森では、瘴気が濃くなった上に魔獣の目撃情報が続出している。瘴気の影響は王国の端の田舎だけで起きているわけではない。王都近くの森でも魔獣の目撃が頻繁になっているほど、瘴気の影響は深刻だ」

「ですから、聖女イザベルに頑張ってもらって……」

「彼女はダメだっ!」


 ミハエルは、肩飾りから下がる紐を揺らしてキラキラ煌めかせながら怒鳴った。

 高貴な生まれの尊い存在である王太子に意見できる者は限られる。

 ましてや激高している彼の怒りをおさめられる者など限定的だ。

 その選ばれた存在の声が、執務室に響いた。


「大丈夫です、ミハエルさま。わたくしやれますわ。」


 凛とした声の主に皆の視線が集まった。

 そこにいたのは、ピンク色の髪と瞳をした女性だ。


「イザベル」


 ミハエルは表情をパッと輝かせて、彼女のもとへと駆け寄った。

 イザベルは静かに王太子へ向かってカーテシーをとった。

 艶やかなピンク色の髪はハーフアップにされ、ゴールドに金色の宝石のはまった髪飾りが輝いている。

 青地に金の刺繍が入った爽やかなドレスは、聖女であるイザベルを清楚に引き立てていた。

 スッと姿勢を戻したイザベルと、ミハエルの視線が合って見つめ合った。

 大神官は、そんな2人をニヤニヤ笑って見ながら呼びかける。


「これはこれは、アーウィング伯爵令嬢。ちょうどよいところへ」

「大神官さま。勝手に来てしまって申し訳ありません」


 イザベルは大神官の方を向くと軽く頭を下げた。


「いやいや。今ちょうど聖女のお役目について話していて……」

「大神官。イザベル嬢に森で瘴気払いなどさせないからな? 彼女には今まで通り神殿で祈りを捧げてもらう」

「王子。瘴気払いをするのに神殿からでは、効果を出すのがかえって大変ですぞ? 瘴気払いや魔獣退治のためのには、現地へ向かうのが一番です」


 大神官はニヤニヤしながらミハエルに進言した。


「今の王国に、聖女はイザベル嬢しかいない。彼女にもしものことがあったらどうするつもりなのですか⁉」

「その時には召喚した聖女さまにお願いしたらよいのではありませんか?」


 ニヤニヤしている大神官を、ミハエルはキッと睨んだ。


(本当にイザベルを殺す気だ。しかも合法的に)


 ミハエルは、神は信じているが大神官は信じてはいない。


(どうあってもサディア公爵の娘を王妃にするつもりか)


 聖女であるイザベルを排除すれば、ミハエルの結婚相手はサディア公爵の娘であるアウラしかいない。

 サディア公爵派である大神官は、アウラが王妃となることでより力を増す。


(大神官の地位は低くないし、力もあるというのに強欲なヤツだ。神もこんなヤツが大神官でガッカリしていることだろう。もっとも、王国が崇めている神は寛容で心が広い。こんな強欲な大神官であっても、許してしまわれているのかもしれないな)


 寛容というのも考えものである。

 ミハエルはイザベルへと視線を向けた。


(イザベルは神に仕える聖女らしく、心が広くて優しくて、とても寛容だ。それはそれで素晴らしいことだが、自己犠牲を厭わない性格が心配だ)


 ミハエルは不安そうに眉をヘニョリと下げた。

 それを見てイザベルはニコリと笑った。


「大丈夫です、ミハエルさま。代々の聖女さまが力を注いでくださった宝玉もありますし、わたくしはそこまで弱くありません。もちろん魔獣を倒すほどの力はありませんが、瘴気払いでしたらお任せください」


 自らの弱さも認めながら勇敢な意志を語るイザベルに、ミハエルの心は揺れた。


「聖女としての力を疑っているわけではない。瘴気払いの腕は信用しているよ。だが魔獣がでるような場所だよ?」

「もちろん危ないことなどしません。護衛をつけてくだされば、大人しく指示に従うことを誓いますわ」


(ここまで言われて任せないのも、イザベルをまるで信用していないように思われてしまうし。護衛をつけて瘴気払いしてもらうしかなかろう。)


 笑顔で愛しい女性から説得されて、ミハエルは頷くしかなかった。



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