第11話 あつまれ聖獣の森 1
真っ黒な獣を前にしたサラは、オカメインコみたいな鳥を両手で掴んだまま、お尻で歩くように後ずさった。
異世界とはいえ、ここは現実世界。
アニメのような高速移動は出来ない。
(飛び掛かってきたら確実にヤられるうぅぅぅぅぅ!)
サラはお尻の下に草の感触を感じながら、喋る黒豹を前に焦りまくっていた。
『そんなに慌てなくても食べないよ』
黒豹はちょっと拗ねたように言う。
ちょっと可愛い。
だが油断はできない。
(いざとなったら、このオカメインコ型の聖獣を生贄にして、わたしは逃げるっ)
サラは女神さまから沢山の加護とスキルをもらった聖女とは思えない下衆なことを考えながら、手の中にいる小鳥を武器のようにして黒豹へと向けた。
黒豹は前足をゆるく立ててお尻をチョコンと地面につけると、困惑したような表情を浮かべて顔を傾げた。
『ん~、その子じゃボクを倒せないとは思うけど……』
「ぴっぎゃーっ!」
黒豹の言葉に、小鳥は抗議するように鳴いた。
『キミはやる気満々かもしれないけど、ボクは喧嘩する気ないよ?』
「ぴっぎゃーっ!」
『話が前に進まないから、キミはちょっと黙っててよ』
黒豹に言われて、小鳥は不満そうに喉の奥で「キュッピッピュ」と小さく鳴いている。
『えっと、改めてこんにちは。ボクはクロザート。ここ聖獣の森に住む黒豹だよ。ボクも聖獣なんだ』
「聖獣の森……」
『うん、そうだよ』
オウム返しに呟くサラへ向かってクロザートは頷いた。
「聖獣……。聖獣というと、神の使いとか、加護を与えてくれたりとかする……人々が崇拝する、みたいな。アレ? え? でも黒豹は普通にいるよね? 聖獣はユニコーンとか。不死鳥とか、青龍や朱雀、白虎とか玄武みたいな空想上の生き物のことでは?」
『んー。その辺のことは、よく分からないや。ボク、まだ5歳の子どもだから』
クロザートは困ったような顔をしている。
サラの手の中では小鳥が「びぎゃっ」と鳴いた。
「あっ、自己紹介まだだった。わたしはサラ。3歳」
『あ、でもキミ。転生者でしょ?』
「え? 分かるの⁉」
『ん。これでも聖獣だもん』
クロザートはへへへっと笑った。
『一応ボクたち聖獣は、人間から崇拝はされているよ。女神の加護を受けているし』
「あ、同じだ。わたしも女神さまの加護を受けてきたっ」
『仲間だねぇ~』
サラとクロザートは目を見合わせてヘヘヘと笑った。
(あ、なんか怖くない、かも。アレ? コレも女神さまの加護?)
『サラちゃんかぁ。サラちゃんは人間の女の子?』
「ん、そう。3歳児ちゃんなの」
サラは右手を胸の前に突き出して指を三本立てた。
(我ながら爪ちっさ。指ほっそ。そして短いっ)
『ボクは5歳だから……こう?』
クロザートは右前足をあげて指を広げてみせた。
(あ、黒豹なのに肉球はピンクだ! 聖獣だからかな?)
「クロザートは長いからクロちゃんでいい?」
『ふふふ。いいけど、短くはなってないよねぇ~』
「あ、そうだ。「ちゃん」とっちゃっていい?」
『クロか。いいよぉ~。じゃ、ボクはサラって呼ぶねぇ~』
「うんっ」
サラはコクンと頷いた。
すっかりクロザートと打ち解けたが、手の中にいる小鳥のことを忘れていた。
「びぎゃっ」
「おっと。ごめん」
抗議の声を上げられて、サラは慌てて手を離した。
「わっ……ぷ」
(羽が口にはいっちゃいそー。この白い粉みたいなの何?)
サラは舞い散る羽やその他もろもろに困惑しながらも、小鳥の行方を見ていた。
クロも目で小鳥を追っている。
小鳥はバタバタと暴れるように飛んで、サラの顔の右横あたりの銀色の髪にとまった。
そして不器用にヨチヨチと髪を伝って歩いていき、サラの右肩の上におさまった。
「ん、そこか。そこがいいのか」
「ぴぎゃ」
サラに問われて、小鳥は胸を張って主張した。
「はは。そこがいいみたいだね。この子は名前、あるのかなぁ?」
『うーん。無いみたい』
同じ聖獣同士、クロには何かが分かるようだ。
サラは嬉々として言う。
「じゃ、名前つけちゃお。オカメインコみたいな見た目だから、オカメちゃんで!」
「びぎゃっ」
『ん、それでいいみたい』
「チョロすぎない?」
サラはキャハハハッと笑い、クロもつられて笑い、オカメちゃんは「ぴぎゃっ。ぴぎゃっ」と鳴いた。




