2-4.この場合も勇者様でいいのかしら
「ソロ」
『なんだ嬢ちゃん』
その辺に寝っ転がっていたが、唐突に呼ばれアイラの下へと飛んで来る。
「喚び出せる勇者って、どこまで条件を指定できるの」
『契約してない限り、完全に一致する個人を指定するのは無理だな……基本的には』
「――じゃあ例外は」
『呼び出す人間を、完璧にイメージできるなら話は別だな。魔術とは意外と不安定でな。人間の想像力、空想力、発想力に左右される部分が多い。無理だと天井ばかり見てる大人は、自然と制約が出来てしまう』
アイラは目を輝かせ、佐々木の両肩に手を置いた。
「ササキ!」
「なっ、なんだよ」
「さっきの呪文、もう1回やるわ。今度はその先輩って人の、出来るだけリアルなイメージを」
『ちょい待ち。さっきのはせいぜい1週間に1回までだ』
佐々木とアイラの間に入り、その本の角をアイラの鼻先に突き付けた。
「なんでよ」
『脳に負担が凄い掛かるんだ。アレだけの情報だけでもな。契約者が廃人になるのだけは、承知できねーな』
ケチ――と言わんばかりの表情のアイラ。
しかし、そこへ佐々木が割って入る。
「ちょっと待った――イメージできればいいってことは、先輩の写真でもいいか?」
「シャシン?」
「これだこれ。昔、部活で一緒だった時に撮った写真だ」
佐々木がズボンのポケットから取り出したのは現代における必需品。スマートフォンだ。
その画面には、まるで夏の晴れの日のように笑う少女が写っている。
「この女性が先輩?」
「ああ。“竹野 由紀”先輩だ」
食い入るようにアイラは画面に写っている少女を見つめる。
しばらくしてから――佐々木にスマートフォンを返す。
「分かったわ――少し離れて頂戴」
『便利なもんがあるんだな――よし嬢ちゃん。イメージだ。これが完璧でないと、全くの別人が出てくるぞ』
「魔導書ソロ、6ページ。召喚の章!」
ソロの身体が開かれ、自動でパラパラとページがめくれる。
それに呼応するかのように、ソロとアイラから魔力の波動が生まれる。
「来たれ、我が呼び声に応え給え――現れ出でろ、顕れ出でよ――」
ソロを中心とした多重の魔法陣が起動する。
初回の召喚を行った時のように、様々な輝きを持つ魔法陣が複数。
まばゆい閃光が暗い遺跡の中を照らす。貫く。輝く――。
「顕現せよ、異界の勇者よ――サモン!」
光が一瞬ソロの中へと吸収され、爆発する。
すべての閃光が通路の中を埋め尽くす。
「――来た!?」
そして光が収まる頃に、ソロの前に――1人の女性が立っていた。
背中までまっすぐに伸びた、美しい亜麻色の髪がまず目に入った。
以前もらった写真では夏の日差しに焼かれていたのか、もっと濃い色をしていたが、今は落ち着いた光沢を帯びていて、どこかやわらかい雰囲気さえある。
そして、その褐色の肌を覆っている服装が……なかなかに謎だった。
上着は、分厚い布――まるで丈夫な作業着のような質感で、旅人の外套とも違うし、兵士の革鎧とも違う。
しかも下に着ているシャツには、やたらと派手な人物画が大きく描かれ、胸により少し顔が変形している。
絵の意味はさっぱりわからないが、とりあえず彩色がうるさい感じだ。
ズボンも上着と同じ素材のようで、しっかりした作りらしいのだが……どういうわけか、ところどころ穴が空いている。
追い剥ぎに遭ったのだろうか――?
いや、本人は平然としているし、怪我もない。
異世界の文化……恐るべしである。
「あれ、ここ……どこ?」
由紀はぽかんとした表情で、佐々木の時と同じように周囲をキョロキョロと見回した。
状況が理解できていないのが、見ているだけで丸わかりだ。
「由紀先輩!」
佐々木が声をかけると、その瞬間になってようやく彼女は彼の存在を認識したらしい。
「佐々木君!? なんで君がここにいるのさ」
大きな琥珀色の瞳をぱちぱちさせ、まるで珍しいものでも見るように佐々木を指さす。
突然の指摘に、当の佐々木は気まずそうに後頭部をかいた。
「いやー……説明すると長くなるんですけど……いや。そんな事より先輩!」
「はっ、はい」
深呼吸ひとつ。佐々木は背筋を伸ばし、いつになく真剣な面持ちで本題を切り出した。
「中2の県大会のあの日の事、覚えてますか?」
短い沈黙の後、由紀は胸元にそっと手を添えながらうなずく。
「――うん。もちろん」
「俺、ずっと謝りたくて――その」
そう言って佐々木が勢いよく頭を下げた、そのほぼ同時だった。
「「ごめんなさい!」」
由紀までもが同じ角度で頭を下げていたのだ。
予想外の展開に、佐々木は思わず顔を上げる。
「――え?」
「へへっ――実は、あたしもなんだ――謝りたかったの」
由紀は気まずそうに指先をつつつっと合わせ、視線を泳がせた。
「いきなりあんなこと言われて、びっくりしちゃって――思わず怒鳴って」
まさか謝られる側になるとは思っていなかった佐々木は、慌てて言い返す。
「そんな! アレは俺が悪いんですよ。先輩の気持ちも考えず、一方的に……」
「しかもあの後、校内で凄い噂になったでしょ? 海外の学校受けるせいで、受験も忙しかったせいで……謝りそびれたの、凄い心残りだったんだ……」
そんな2人の様子を、少し離れた場所からこっそり見つめる2人。
ちなみにソロはまったく興味なさそうに壁へ寄りかかっていた。
「リーシャ」
「なんでしょうアイラ様」
「これはもしかして恋人誕生の瞬間に立ち会えるかしら。持ってきたお菓子を食べる手が止まらないわ」
『お前……』
紙袋に入ったクッキーをむしゃむしゃ食べ続けるアイラに、ソロは若干引き気味だった。
そんな外野など気にも留めず、物語の中心の二人は会話を続ける。
「先輩、海外って確か……」
「うん。アメリカ。そこのジュニアハイスクールに通ってるの。日本で言うところの、高校ね」
「俺……確かにあの時、その場の勢いで告白したけど――想いは、ずっと変わってない」
佐々木の止まっていた時間は、ついに動き出す。
あの日、グラウンドで告げられた想いが、今日と明日を繋げる。
「……」
「先輩。好きです!」
あの時と同じ言葉を、今度は真正面から。
ふざけでも勢いでもない。胸の奥からしっかり絞り出した告白だった。
由紀もまた、その想いをまっすぐ受け止めようとしていた。
「ありがと……嬉しいよ」
外野の盛り上がりも最高潮だ。主にアイラ一人が燃えている。
「うわー本当に言った! 本で見た通り!」
「アイラ様、わたしの首を絞めないで下さい」
だが由紀は、切り出しにくそうに視線を落とし――そして頭を下げた。
「でも、ごめんなさい――」
予想はしていた。
佐々木はぐっと感情を抑え、しっかりと由紀を見る。
「――いえ。先輩ほど素敵な人なら、向こうで彼氏くらい居ますよね」
由紀は軽く右手を振り、否定した。
「いや、その。そうじゃないの」
「……?」
「彼氏っていうか――婚約、してるの……」
佐々木は気付いたようだ。
手を振る由紀の右手には、銀色の指輪がきらりと光っているのを。
「婚約ッ!?」
腹の底から驚きの声があふれた。
「元野球部顧問の、宮本先生と――」
まさかの名前に、佐々木は完全に固まる。
容赦ない二段構えである。
「先生とッ!?」
「在学中、みんなに黙って付き合ってて――先生、アメリカのハイスクールから監督としてスカウトが来たって言うから、別れようって言われたんだけど」
由紀ははにかんだ笑みを浮かべ、少し頬をかいた。
「親を全力で説得して、勉強もすっごく頑張って……先生に着いて行って――向こうで、プロポーズされちゃって――だからその。本当にごめんなさい」
再び深々と頭を下げる由紀。
「……」
肩を落とす。
まさに「がっくり」という動きそのものだった。
だが――それも長くは続かなかった。
「ふふっそっか。婚約かー……先輩もやるなぁ」
その言葉に、由紀の表情がぱっと明るくなる。
「そう? でも、この事は友達にも言ってないの。じゃないと先生、捕まっちゃうし……」
物凄いパワーワードが飛び出すが、もう佐々木は何も驚かない。
「もちろん俺も喋りません。先輩は憧れの人です。もちろん向こうでの活躍、応援してますよ!」
「ありがとう」
「宮本先生にも、そう伝えて下さい」
「うん――ところで佐々木君。後ろで、お姫様がメイドさんの首を絞め殺そうとしているけど、大丈夫なの?」
言われてようやく振り返った佐々木の目に入ったのは――。
リーシャが真っ青な顔で、アイラに片手締めされている地獄絵図だった。
「ア、イラ様、ギブっ、ギブです……」
「ササキ――弱いなんて言ってごめんさない。アナタは、確かに勇者だわ……」
『ねーちゃん死にそうだぞー』
アイラはハンカチで涙を拭いながら、その“感動の光景”を見届けていた。
◇
佐々木はさらっと事情を説明したが、あまり漫画などに明るくない由紀先輩はあまり理解してなかった。
「よく分からないけど、わたしもスッキリしたしまぁいいか!」
「じゃあ先輩。またいつか」
「うん、またね」
互いに笑顔で手を振り――送還の陣を通り、彼女は光となって消えていった。
「……」
それを静かに見送る佐々木の背中に、アイラは声を掛ける。
「ササキ、後悔してる?」
佐々木は服の袖で顔を拭うと、こちらへと振り返った。
少しだけ眼を赤く腫らしているが、それ以外はいつもの笑顔だ。
「いや――先輩と同じで、俺もスッキリしたよ。ありがとな、アイラ」
その様子に――アイラもまた満足したのか、スコップを手渡す。
「……よし。じゃあ、トンネル掘り続きいってみよう! 失恋した時は、身体動かした方が楽になるって小説にも書いてあったわ」
「そういって体よく働かせる気か――まっ、一応俺も勇者らしいし、王女様の頼みとあらば」
スコップを受け取り、再び土木作業へと戻る。
その後ろ姿は――なんだか少し、大きくなったように見えた。アイラはそう思う事にした。
「終わったら、特別にリーシャが稽古つけてあげるわよ」
「休めなくね?」
「アイラ様、うっかり首がどっかいっても治せますか?」
「怖っ」
そんな事を言い合いながら佐々木は渋々、スコップを土へと差し込むのであった。
ザクッ、ザクッ――土を掘る音が、リズミカルに通路に響く。
佐々木の顔は、笑顔に満ちていた――。
ちなみに3日後。
地獄の筋肉痛に見舞われた佐々木はしばらく召喚を拒否った。




