2-3.勇者様の想い人
あの後。
屋敷の者に見つからないよう佐々木を麻袋へと詰め、ついでにスコップなどの掘削道具も持ち込み、屋敷地下のダンジョンへとやってきた3人。
リーシャがマッピングした地図を使い、掘りたい箇所を見極め――袋から出した佐々木にスコップを持たせた。
ザクッ、ザクッ――。
「この行き止まりから少し……50mほど掘れば、屋敷の塀の外へと行けるトンネルになるはず」
「公務以外で外に出られる日は決まってますからね――確かにこれならば、前よりは自由に出入りができます」
ザクッ、ザクッ、カンッ、ザク――。
「でしょう。でも、この工事を屋敷の者はもちろん、町の人に手伝って貰う訳にはいかないし……私やリーシャじゃいくなんでも重労働過ぎるし……」
「そこでササキ様が居れば、すべて解決ですね」
『オレ様の召喚術は、勇者に土木工事させる為にあるんじゃねーぞ……』
そんな会話を背中で聞きながら、佐々木はスコップを振り上げ――硬い土に差し込む。
通路の脇には、元々ハマっていた石のブロックが並べられている。
「全くだよ。なんで異世界で俺、トンネル掘りなんかさせられてんだよ」
文句は言いつつ、作業の手は止めない。
なんだかんだ付き合いは良い佐々木であった。
「ファイトよーササキー。終わったら、リーシャが膝枕してくれるわよー」
「もう“様”は付けてくれないのかよ……膝枕のついでに耳かきも付けてくれ」
「――耳かきって確か、木の棒を耳に突き刺して、脳みそを掻き出せば良いんでしたっけ」
「怖い怖い怖い」
白いTシャツは土で汚れ、黄色いオーラに包まれたスコップを土へと突き刺すように入れる。
あまり作業が滞らずサクサク掘れるのは、スキルである身体強化のおかげか。
「身体強化なのに、なんでスコップまで強化できてるのよ」
「あー昔読んだ漫画にさ。似たような展開があって……それだと、スコップも自分の身体だと思い込めば、スキルの対象になるというか」
「結構判定が緩いのね、加護って」
『知識を持って、知恵を働かせる。これは人間の特権だぜ』
「しかもなんか、全然疲れないんだよな」
佐々木が首を傾げるが、これにアイラは得意顔になって答える。
「それは私が疲労回復の呪文を適度に使ってるからね」
『ちなみに3日後、その分だけ筋肉痛になるぜ』
「げっ!? それマジかよ!」
「身体強化加護のなんだから、少しは身体鍛えれていいんじゃないの。もっと強くなれるわよ」
「そりゃまぁそうだけどさ――」
ザクッ、ザクッ、ザクッ――。
「……まぁ、最近は筋トレもサボってたからな」
「キントレ?」
「ようは特訓だよ。身体強化の」
「昔はやってたの?」
「2年ほど前までな――昨日は帰宅部だって言ったけど、俺は中学の頃は野球部だったんだ」
佐々木は語るのを、特に茶化したりせずにジッと彼の顔を見つめながら、話を聞くアイラ。
隣のリーシャは、暇そうな顔をしているが。
「野球ってのは棒とボールを使ってやるスポーツなんだが……どう説明したらいいんだ」
確かに。
説明に詰まる度に、新たな説明をしていれば話は一向に前へ進まない。
しかしアイラの傍で宙に浮いていたソロは、その解決方法を口(?)にした。
『だったら記憶共有の呪文だ。これがあれば、ササキの方から記憶を渡せるぜ』
「それがあるなら、最初に良いなさいよ」
ここまで面倒な話し方をしなくて済んだというのに――とアイラは不満顔だが、ソロは真面目なトーンで話す。
『本来はかなり危険な呪文だ。いきなり異世界の知識を共有するんだからな――だがまぁ、範囲を限定的に絞れば……大丈夫だろ。多分』
最後の方はいい加減だが、アイラはこれに乗った。
「いいわよ。私も興味あるし」
『じゃあオレ様の200ページのあたりだ』
「ふんふん――かの者と、我が想いを繋げよ。アクセス!」
手短く呪文を唱えると、作業をしていた佐々木の身体が淡い光に包まれる。
『ササキはアイラの手を握れ。今、説明しようとした記憶のあたりだけ移す』
「分かった」
佐々木は作業を一旦辞め、アイラの目の前へと移動する。
シャツの背中辺りで手を拭き、彼女の手を取る。
「……なに?」
「いや、手小さいんだなって」
「そりゃ小柄ですからね……やるわよ」
アイラが念じると、佐々木の淡い光はアイラの身体へと移り――そして次第に、彼女の中へと溶けて無くなった。
その瞬間。アイラの脳裏に見た事も無い映像と、単語と、言語と、意味と――様々な情報が頭の中を駆け巡る。
「なるほど――野球に、部活動に、中学生――ササキ、話の続きを」
「ん? ああ……」
佐々木は手短な床に座り、先ほどの続きを喋り出す。
「ポジションはセンターで、打席も2番だったんだ……高校はどこか野球が盛んな私立でも行くかって思ってた」
「でも、そうしなかった?」
「ああ。中学2年の時、県大会があって――決勝で勝って……舞い上がってたんだよな」
どこか遠くを見ている佐々木。
そこ視線の先には、あの日の球場が映っているのだろう。
「当時、俺が片思いしてた先輩……野球部の元マネージャーだったんだけど、その日は応援に来てくれててさ」
互いの選手が挨拶を終え、ベンチへと戻る時。
ネットの向こう側、最前列で優勝を喜んでくれた彼女の顔を見て、佐々木は思い切って行動した。
「思わずその場で告白しちゃったんだよね。その場の勢いで、しかも他のみんなも見てる前で」
「……それで?」
「そしたら先輩、顔真っ赤にして――ふざけんなって怒られたよ」
「なんで?」
佐々木は首を横に振り、肩を落とし項垂れる。
「さぁ……先輩とはそれっきりだし、聞くタイミングもなかったよ」
「それで野球辞めたの?」
「いや、問題が起こったのはその後なんだ……その様子を写真部の連中に撮られて、学校内の掲示板に張り出されて――しばらくは学校中で茶化されたよ」
もちろんそうやって茶化した連中も、悪意は無い。だからこそ始末が悪いとも言うが。
悪ノリと一種だ。身内でやるノリと一緒で、それが写真と記事によって学校中に伝播してしまったのだ。
「もう恥ずかしくって溜まらなくて――まぁ写真はすぐに取り下げられて、1か月もすれば殆ど収まったんだけどさ」
「なんで恥ずかしいのよ」
「そりゃ――」
「その先輩の事、愛してたんでしょ? だったら、堂々と宣言して認めればいいのに」
「愛って……そこはよく分かんねーけど……」
佐々木は再び上を向いた。
まるで、何かを我慢するかのように。
「先輩も大分茶化されて迷惑してたって噂で聞いた。かなり迷惑掛けたんだ――しかも、卒業して海外に行ってしまった。俺のせいかなって悩んで、悩んで――結局、野球には復帰できなかったな……」
しかし、佐々木は前を向いた。
己の拳を握りしめ、深く言葉を吐き出す。
「……先輩にもう1回会って、謝りたい。勝手に思い伝えて、勝手に恥ずかしい目に合わせちゃって、ゴメンて」
「会えば良いじゃない」
「そう簡単に言うなよ。先輩は海外だし、番号もグループも交換してないし……連絡先知ってそうな野球部の先生も、同じ時期にどこかの学校に転勤したらしいし……」
普通に考えれば打つ手が無いようにも見えるが、アイラはそう考えなかった。




