2-2.勇者様の実力はいかほどに?
2日後――。
「という訳で、早速呼んで見ました」
「割と早いな」
流石に色々疲れてたので、あの後はそのまま昼まで公務を行ってから昼寝――のつもりで夜まで爆睡。
幸いにもその次の日も予定は特になく、視察という名目で屋敷の外へ出たアイラ達。
屋敷はもちろんのこと。人里からも少し離れたうっそうとした森の中で――再び召喚を行ったのだった。
ちなみに佐々木は来た時と同じ格好をしている。
「ひとまずそれっぽく、木刀だけ持ってきたぜ」
「まぁ、ササキ様は剣術も嗜んでいますの?」
「別に普通の帰宅部だけど……まぁ向こうの男子学生の家には、大概1本くらい木刀あるんだよ」
両手で握り、軽く横薙ぎの素振りを行う佐々木。
アイラは周囲を見渡す。
ここは森の中でも少し開けた場所で、それなりに広さが確保できる。
今はアイラ(とソロ)、佐々木、馬車の他には誰も居ない。
「では、もうしばらくお待ちください」
「うん? そういえば、この間のメイドさんは?」
「リーシャは――」
ギャアギャアッ――。
森にカラスのような鳴き声が響き渡る。
そして、木々の間にある草むらが揺れる音。
ガサッ――。
「アイラ様、お待たせしました」
「なんだメイドさんか――」
「ヨツメグリズリーを呼び寄せておきました」
ガサガサッ――。
「ぐまぁ」
次に草むらから現れたのは――熊だった。
少し焼けたような茶色の毛並みに、ギラっとした鋭い4つの目。
その太い後ろ足で駆け出せば馬にも追い付き、鋭い爪のついた前足で大木すら易々と切り裂く。
四足歩行だが、その時点で既にアイラよりも大きかった。
「く、くくく熊、熊じゃねーか!!?」
「ヨツメグリズリーは、この辺りの森で生息するモンスターです。あまり人里には降りないのですが、先日も牧場の羊が襲われそうだと領民から陳情を頂きました。領主として、これを駆除せねばなりません」
「いや駆除は領主本人の仕事じゃないんじゃ……」
「という訳でササキ様。御願いします」
「え、えぇ!?」
アイラがお辞儀をすると同時に、ヨツメグリズリーは佐々木に向かって突進してきた。
「ぐまぁあああッ!!」
『ササキ! スキルの発動は念じるだけでいい。そうすれば、後は勝手に発動する!』
「わ、わわわわ分かった! スキ、スキル発動!」
もちろん口に出して言う必要は無いのだが、突然の事で思わず叫ぶ佐々木。
次の瞬間、佐々木の全身を黄色の光が覆う。
「こ、これが――」
本当にスキルが発動し、逆にそれが自信となった佐々木は木刀を構え直す。
柄を両手で持ち、片足を上げる。
アイラには知る由も無いが、それはまるでバッターボックスに立った野球選手のような構えだ。
「よし、どこからでも掛かってこい!」
「ぐまぁッ!」
もう佐々木の目の前まで迫っていたヨツメグリズリーは、そのまま飛びかかるようにジャンプ。
大きな前足を振りかぶり、包丁の刃のように鋭い爪を振り下ろす。
「でやああああッ!!」
佐々木はフルスイングで木刀を振る――。
「おー」
「まぁ」
木刀は――真ん中から折れ、そのまま佐々木はヨツメグリズリーに吹っ飛ばされ、大きな木に背中を打ち付ける。
「グハッ――」
そのまま地面に倒れ、7日目のセミのようにピクピクしている。
「ダメでしたね」
「ダメだったかー」
その様子を冷静に見守る2人。
「ガハッ……な、なんで……」
『そりゃおめー。元々の身体能力が低すぎるんだよ。仮に戦闘力5だとして、それを倍にしたところで強さが100くらいある熊倒せる訳ねーよな』
「そ、そういうの特典でアップしてたりしないのか……」
『そこの嬢ちゃんが呼び出す時に使った魔力に比例すんだが……あんま魔力量が多くないみてーだから、貰える強化もまぁそれなりよ』
ソロの説明に、片手を上げて抗議をするアイラ。
「それじゃ私が悪いみたいじゃない」
「ぐまぁあああ!!」
ヨツメグリズリーが雄叫びを上げている間に、アイラはリーシャへと命じる。
「リーシャ」
「かしこまりました」
ただそれだけの会話なのだが、両者にはそれ以上の言葉は必要ない。
トドメを刺そうとしていたヨツメグリズリーに、アイラの隣から一瞬で背後に回り込んだリーシャ。
さらにグリズリーの周りをステップするように回ったかと思ったら、そのまま佐々木の前に降り立った。
「あ、ぶな……」
「あとで手当てしますので、そのまま寝ててください」
リーシャが腕を交差させ、両手を開く。
そのまま跳躍。またグリズリーの後ろに着地。
今度は一気に――“何か”を引っ張るような仕草で、地面スレスレまでしゃがみ込む。
「ぐ、ま――」
ヨツメグリズリーの首が、スパッと切断され――落ちた。
「えっ!?」
「相変わらず手際が良いわね。さすが元暗殺者だけあるわ」
「暗殺者!?」
リーシャが素早く手を振るうと、地面に血しぶきが散る。
佐々木には何が起こったか分からなかっただろう。
アイラは知っている。
極細の鋼線を使い、獲物の首を狩るのを得意としたかつての彼女を。
「さて――今夜は熊料理でしょうか」
「その前に町長さんにご報告と――ササキの治療ね」
『そうそう。この本には、召喚対象になった者の傷を癒せる呪文もあるぜ』
ソロがそう言うので、アイラは彼のページをめくり――該当の呪文を唱え、佐々木の傷を癒した。
「かの者を癒せ、ヒール!」
緑と黄の粒子が佐々木の身体を包み込む。
みるみるうちに顔色が良くなっていく。
『しかし今日召喚もしたってのに、なんでそんな余裕があるんだ?』
「さぁ……私にも分かりません」
アイラは首を横に振った。
確かにかなりの魔力を使った感覚はあるのだが、しばらくすると不思議とまた魔力が戻っているのだ。
「はぁ……死ぬかと思った」
「ササキ様――弱かったですね」
「ちょっと想定外に弱かったわね」
「いきなり呼び出しといて熊と戦えとか無理過ぎるだろ!」
「昨日、なんでもやるって言ったのに」
そう言うと、佐々木少し言葉に詰まった。
「うぐっ」
「――まぁ責任の半分は私にもあるし、今日は戦闘以外で活躍して貰いましょう」
「……というと?」
「そうですね――ひとまずは、トンネルでしょうか」
「トンネル?」
そう言われた佐々木は、不思議そうに首を捻るのであった。




