1-4.王女様は全力で契約する
『おいおい。まさかお前みたいなガキが子孫だったとはなぁ……』
窓の外はまだ常闇に満ち、まるで星々のダンスパーティーを開いているかのような素敵な夜空だが――自室へと戻って来たアイラは頭を抱えていた。
自身の目の前には、宙に浮いている白い本。
やはりその声はアイラのみしか聞こえていないのか、一緒に入って来たリーシャは特に何も気にしてはなかった――いや、一応怪訝そうな顔で本を見ている。
「宙に浮いてますね……という事は、アイラ様のおっしゃる通り……この本が喋っていると」
「私にしか聞こえないらしいのは本当みたい……なんか声が頭に直接響くみたいで、ちょっと頭が痛いわ」
『なんだ片頭痛か? 生理が1年くらい止まる薬のレシピでも教えてやろうか?』
「この下品な魔導書、どうしてくれようかしら……」
腕組みをしながら思案していると、白い本は愉快そうに笑う。
『ハハッ。さっきも言ったが、俺様は魔導書であって魔導書ではない。ソロ自身だとな!』
例え魔術と縁が遠い庶民ですら、その名前を聞いた事があるだろう。
現代まで続く魔術の祖にして、あの勇者と共に魔王を討った英雄。
大魔導師ソロ=モーモン――を自称する魔導書。
「それでそのソロ様が、どうしてあのダンジョンの奥に眠っていたのです? それに、何故魔導書の姿をしているのですか?」
アイラは一旦、それを受け入れる事にした。
真偽の確かめようにも、国家の歴史を詳しく綴った本なんかは王立図書館まで行かないと無いのだ。
ちなみに一般的な歴史で学ぶ魔導師ソロは、寿命で亡くなったと聞いている。
『それはな――』
あの内側から貼られた呪文の札といい、王家の者しか開く事が出来ない仕掛けといい――何か重大なヒミツがあるはずだとアイラは考えている。
それとこれも一般的な歴史によれば、ソロとは人間のはずだ。このヘンテコな魔導書の形をしている理由があるはずだが――。
『全部まるっと忘れちまったぜ、ハッハッハッ!』
豪快に、こちらをバカにするように笑う。
「リーシャ、カマドに火を入れて頂戴」
「御意」
しかしソロは慌てる事も無く、ケタケタと笑う。
『おっと無駄だぜ。俺様は薪代わりにされようが燃える事は無い材質で出来ている。もちろん破く事すら不可能だ』
それはアイラにはよく分かっていた。
先ほど――力を込めるあまり、少し魔力を入れてしまったのだが……それでもビクともしなかったのだ。
おおよそ、理解の外にある材質で出来ているのだろう。
『――ちなみに今ぁ、何年だ?』
「王歴1000年よ」
『なんだその王歴ってのは』
「大魔導師様なのに知らないんですの? 勇者が魔王を討ち滅ぼし、この国を建国なさったのが王歴の始まりです」
『なーるほど。じゃあアレだ。俺様は1000年は眠ってたって事だ。そんなに長く寝てたら、そりゃ記憶の1つや2つ飛ぶわな! ハッハッハッ』
気楽に笑うソロ。
ここでアイラは、個人的に1番気になっていた部分を聞く。
「それで……アナタの魔導書には、どんな術が書かれていますの?」
自称大魔導師ソロ。
仮に本人であるのが間違い無いのであれば、そこに書かれている魔術はまさに伝説級のはずだ。
しかしその質問をされた本人の反応は、少し冷ややかなものだった。
『……それを知ってどうするよ。お前が最強の魔導師にでもなるのか』
そう言われたが、アイラは控えめな胸を大きく逸らし、腰に手を当てる。
「ご心配どーも……でも、私には魔術の才能がありませんの」
『ほぉ』
「例え庶民であっても、キチンと使い方を習えば使えるのが魔術です。ですがその才能がこれっぽっちもありませんの」
『そりゃまた、珍しいな』
「この国では、一部の魔術を除けば貴族か王族しか習得を許されていませんが――」
『俺様の時代は誰でも自由に使えたが――まぁ魔術ってのは危険なもんだ。そうやって制限を掛けた王族様のお考えは分からんでもない』
「だからといってアナタを放置もできませんわ――書かれている魔術によっては、まずマジカ先生に相談するべきだと思うし……」
こうして持ち出したものの、それが危険な代物であるなら王女として見過ごせない。
場合によっては、あのダンジョンへの再封印も視野に入れなければならない――非常にもったいないが。
『あーそりゃ無理だ』
「なんでよ」
『俺様を行使する資格のある者にしか、俺様の声は聞こえねーし、読めねーんだ』
「□?」
『そりゃ四角。ベタなボケやってんじゃねーよ……ともかくだ。この資格というのは、文字通り俺様に連なる者にしか与えられない。故に、扱えない者には声さえ届かないんだ』
アイラは腕組みをして首を傾げる。
「うーん、つまり?」
『お前さんには、この俺様を使う資格がある――最強にして最高の、大魔導師になれるって事さ』
「でも魔術の才能はありませんわよ。仮に唱えても、発動すらしません」
『それに関しちゃ対策がある――俺様と契約する事だ』
「契約?」
この問いに関するソロの答えは、マジメなものだった。
『契約すれば、俺様を通して魔術を行使できる。本来あるべき魔導回路の役割を、俺様がする訳だ。その代わり、この魔導書に書いてあるモノに限定されるが――それでも、お前さんは魔術が使えるようになる』
恐らくこれが外に知られれば、今までの魔術理論がひっくり返るような事実なのだろうが――アイラにはピンと来なかった。
幼い頃から魔術の才脳は無いと嫌というほど思い知らされ、ついには城から追放され、この辺境の地で領主をやらされている。
そんな人生を送って来たアイラは、ついに念願の魔導師になる事ができる――そんなソロの発言を聞いてこう答えのだった。
「ふーん」
『いやテンション! 低すぎだろ!』
「いやいきなりそんな事言われても……別にもう、無理に魔導師になりたい訳でもないし」
諦めきれずに今日まで努力を重ねてきたとか、いずれは魔導師になって親達を見返してやりたいとか――アイラの中に、そんな思想は一切無かった。
『フッフッフッ……』
だが、魔術書ソロは不敵に笑う。
「なによいきなり……気持ち悪いわね」
『俺様に記された超魔術を聞けば、そんなテンションじゃいられなくなるぜ』
アイラの周りをクルクルと回るソロ。
「なによ。隕石降らせるとか、ドラゴン一撃で倒せるとかじゃ全然興味なんか――」
『この俺様は――異世界から“勇者”を喚び出せる召喚術が使えるんだぜ!』
宙を回っていたソロを両手でガシッと掴み、
「なにそれ詳しく!!」
めっちゃ食いつくアイラだった。
◇
「えーっと、これでいいんですの?」
自室に敷かれた絨毯を取っ払い、魔法陣を描く用のチョークでソロが言う通りの円や模様を描いていく。
ちなみに魔法陣をフリーハンドで丸く描く事は難しいので、中心に杖の先端を立て、一定の長さのロープでチョークを固定し、即席のコンパスを作って描いたのだ。
『ああ。才能は無いとか言っても、心得はあるようだな』
「一応、魔力トレーニングに加えて、自主練で勉強してますんで」
『じゃあその円に立て。そこのデッカイ胸のねーちゃんには、魔石を置いて貰え』
「リーシャ。その赤い魔石は北へ、緑は東で――」
「あのアイラ様……一応言われるがまま準備はしましたが、これから一体何をするんですか」
珍しく不安そうなリーシャを前に、アイラは自信満々にこう言う。
「そりゃあ、勇者様の召喚よ」
『違うぞ』
「えっ違うの? もしかして、悪魔とか召喚する陣じゃないでしょうね!?」
『俺様の書の中に召喚陣はあるからな。描く必要はねぇ――これから行うのは、俺様とお前の“契約”だ』
「契約……」
『さっきも言ったが、正式な契約をもって初めてお前は魔術が使える』
「ふむふむ」
『昔は契約と言えば契りが定番だったがな! 本の俺様じゃーガキのお前とセッ――』
言い終える前に、杖でソロをぶん殴る。
「下品!」
床にワンバンドして吹っ飛んだのだが、全くノーダメのソロがすぐに戻って来た。
『じゃあまぁ始めるか! これは要注意だが、契約が結ばれた瞬間――すぐに最初の召喚が実行される』
「なんで?」
『お前が本当に召喚できるかどうか、それだけの魔力を持っているかのテストも兼ねている。だから契約しても、出来なけりゃ即破談だ』
「……」
『身体の相性ってのは大事だからなー。ここが合致しないと、結婚しても長続きしないって言うぜー』
「……召喚術の為とはいえ、こんなのと契約か……」
『ハッハッハッ。まぁ俺様の見立てだと――魔力量はギリだな! 成功を祈ってるぜ』
魔石の配置が終わり、リーシャは魔法陣から距離を取る。
アイラは1度深呼吸をして、練習用の杖を構えた。
『――我が名はソロ=モーモン。我が魂、我が肉体。汝の魂にて、その全てを捧げん――契約者の名は』
「……アイラ=ヨーベルト=サモン」
『力を発現せよ。魂を解放せよ。我と汝、ここに等しく高みへと昇らん――』
「――展開ッ!」
その魔力を乗せた声と共に、ソロを中心に宙に魔法陣が映し出される。
床に描いた平面的なモノではなく、いくつもの魔法陣が重なり合い球体の形をしている。
紅、蒼、碧、白、琥――様々な魔法陣達は、徐々にその速度を上げ、回転していく。
「我が名において汝に命ずる――」
光はソロをを中心に徐々に膨れ上がる。
「魔導書ソロ、6ページ!」
どうやっても開かなかったソロの白い身体が、開かれた。
「異世界の勇者よ来たれ――サモンッ!」
次の瞬間、魔法陣から放たれた白い閃光が、部屋全体を、アイラ達の視界を覆い尽くした。
「アイラ様ッ!?」
「ッ!?」
リーシャの声も、何もかも聞こえなくなる。
永遠にも感じるその閃光の中、アイラは身動きが取れないでいた。
しかし不思議と、嫌な感じはしない。むしろ心地が良い、懐かしい気すら――。
次第に光が収まり、アイラの視界が戻る――。
「しょ、召喚は成功したの……?」
床の上に、その者は立っていた。
黒くツンツンした髪に、若干のあどけなさを残す少年のような顔立ち。
紺色の見た事も無い材質の服に身を包み、赤いネクタイを締めている。
左手に茶色い紙袋を持ち、もう片方には紙で包まれた丸いモノを持っている。
「はあ!? ここはどこだ……さっきまでマ〇ドに寄って……あれ?」
困惑しながら、キョロキョロと動く。
『ふー、どうやら成功したようだな』
「この方が、勇者様……」
『しかしおめぇ……召喚が成功したってのに、ピンピンしてんだな』
再びアイラの傍までやってきたソロは、驚いたような口ぶりだ。
「どういう事よ」
『魔力ほとんど使い果たして、ぶっ倒れると思ってたんだがな――いやはや、タフな嬢ちゃんだぜ』
「ふん……ガキの次は嬢ちゃんね。まぁいいけど、これからよろしくね。ソロ」
『契約はしたが、魔導師としては俺様のが大先輩なんだ。ちゃんとソロ様と呼べ! あっお兄ちゃんでもいいけど』
「誰が呼ぶか!」
「えーっと、すいません。ここ、どこですか?」
召喚された勇者は、まだ困惑しているようだ。それも当然である。
アイラは左手でソロを掴み、右手の杖を掲げこう宣言する。
「――ようこそ勇者様。私はアイラ=ヨーベルト=サモン。この国の第2王女にして……最高の大魔導師になる予定の者よ!」
ここからが、アイラの――退屈でない新たな召喚ライフの始まりであった。
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