6-9.婚約破棄
「本当にごめんなさい。あんなにも愛を大事にしてたアナタから、愛を奪って……」
「いいのよアサヒ……こんな化物になって、マレーナの命を奪ったわたしへの報いよ」
人形は体のほとんどを失くし、残るのは顔半分だけだった。
その顔の奥には、今にも消えそうな青い炎が灯っている。
「ううん。最初アタシが近づいた時、見なかったでしょ?」
「えぇ」
「アタシのスキルって生き物相手にしか効果ないらしいから……」
「そんな姿になっても、アナタは人間よ……」
「そっか……アサヒ。オーラン様に伝えて……家を失くし、貴族として存在意義を失くしたわたしに、愛をくれて、ありが――う」
そして青い炎は消えてなくなり――彼女の体は、全て砂へとなって消えた。
「ゴーレムの魔王は、なんで愛に関するスキル持ってたんだろうな」
「どれだけ人形を創っても、満たされなかったんでしょ――さて、アイラちゃん」
「えぇ。オーランには、キッチリ話を聞かないとね」
アイラ達が屋敷へと戻ると――戦いが終わったのを確認した使用人達と警護兵、兵士が戻って来ていた。
しかしオーランの姿は見えなかった。
「どこに……って多分、あそこだろうな」
朝陽に連れられアイラ達は、下級メイドの住まう区画へとやってきた。
そこの一室。朝陽と同じように、個室を与えられた下級メイドの部屋――扉には『ジェシー』と書かれていた。
コンコン――ノックをしてから朝陽は部屋へと入る。
やはり鍵は掛かっておらず、オーランはベッドに伏して泣いていた。
その手には、一通の手紙。
恐らく、最後の理性を振り絞り――ジェシーが書いたのだろう。
「ぐっ、すんっ――」
「さてオーラン様。聞かせて貰いますわ――ジェシーとは、いったいどこの誰だったの」
「それには、ワタクシがお答えしましょう」
振り向くと、そこには背の低い老執事――ジョージが居た。
「ジェシーはある貴族の一人娘……しかし家は没落してしまい、正気を失った家族は彼女を残して心中――このメルドキの町で、佇んでいた彼女と再会したオーラン坊ちゃんが、この屋敷へ招き入れました」
「再会?」
「かつてアイラ様もご出席していらした舞踏会……当時まだ貴族だったジェシーも、そこに居たのですよ」
「そこでのダンスはとても心に残り、オーラン様はずっと気に掛けていました」
「もしかして、そのエピソードって……」
「はい。旦那様にお伝えしたものです。坊ちゃんも、まさか国王様から許可を貰えるとは思ってなかったのでしょう」
「なんてこと……」
つまりオーランは、ジェシーを正式に妻として迎え入れたい思惑はあったが、由緒あるギルベルト侯爵家の嫡男としてそれは許されない。
だから縁談の話があった時、とっさに断るつもりで、アイラを一目ぼれしたと言ってしまい――巡り巡り、この事件が起きたのだ。
「じゃあ、大体お父様が悪いんじゃないの」
「いえ……国王様は悪くありません」
「オーラン様」
「坊ちゃん」
「ありがとうジョージ。後は僕から説明するよ……」
立ち話もなんなので、一同は食堂へと集まった。
当事者にも関わらず、朝陽は全員分の紅茶を入れてくれた。
ここにはオーランの他にはアイラ(ソロ)とリーシャ、勇者の3人しか居ない。
「すべては僕の浅はかなウソのせいで、大切な女性を2人も不幸にしてしまった……」
『ホントだよ』
ひとまずソロを黙らせておく。
「……ジェシーが父さんに認められない理由。これは彼女がメイドだから、という訳ではないんです」
「というと?」
「これはギルベルト侯爵家の当主にのみ口伝される秘密です。皆さんもくれぐれも他言はしないように……」
「そんな重要なことを――」
「いいんです。これをアイラ様にお伝えすることが、せめての罪滅ぼしになれば……」
オーランはその重い口を、開いた。
「ジェシーは、遠い勇者の子孫なんです」
「えっ」
「勇者の子孫って、アイラの親戚ってことか?」
「そこまで繋がりは強くありません……勇者の最も濃い血を受け継ぐヨーベルト家。そして、その血を残すのには、かつて分かれた勇者の遠縁が必要なのです」
「濃すぎる血は不幸を呼ぶと言われています――なので王族の女子は皆、この遠縁の家より婿を招きます。逆に遠縁の女子は、その血を残す為、定められた遠縁の家と婚姻を結びます」
「知ってたか?」
「知らないわよ!」
「知ってるのは国王様と王妃様、あとは一部の貴族の当主のみです……」
「そして、遠縁の家は確実に子を残す為、決して決められた家以外とは交わらないよう厳命を受けています。国王様の許可なく、結婚は許されないのです」
「……それで、私はオーラン様と結婚が許された訳ね」
「はい。ギルベルト家も勇者の遠縁にあたります……なので、最初からジェシーと結ばれる事はないのです」
なんという事だろうか。
アイラはもちろん、他のメンバーも息を呑んでいた。
「ありがとう、オーラン様。話してくれて――」
「いえ……アイラ様との婚姻も、解消するよう僕から父に頼んでおきます。ただ――」
「お父様の事ね。それは、私が一筆書いておくわ」
できるだけギルベルト家が、オーランが不利にならないような理由を考えないといけない。
だがアイラは、それ以上の懸念があるのを知っている。
それは――この場では言えなかった。
◇
帰宅の途中。
みんなを送還して、リーシャと共にグリの背中の上で、アイラはソロへと問いかける。
「そういえば、あの3枚くらいあったページはどうなったのよ」
『あれか? あれは、オレ様が回収しといたぜ』
「それは気が利くわね……ってどこに持ってるのよ」
『オレん中だ。9ページを開いてみな』
言われて白い本をパラパラとめくる。
そこには、全く見覚えのない魔術の記されたページが増えていた。
「……こんなページあったかしら」
『アレはオレ様の体、そして知識の一部だからな。こうして元の場所に収まった訳だ。なのでこれからは――お前はドールの魔術が使える』
「……ジェシーから、受け継いだって訳ね」
『しかしこれでハッキリしたな』
「――敵がいる。それも、私に近い位置に……」
ジェシーはソロを回収するよう、誰かに頼まれたと言っていた。
さらにドールの魔術も与えられて――。
この魔術は、勇者の末裔にしか扱えないのだ。
「1度、王都へ行く必要がありそうね……」
『いいや嬢ちゃん。その前にだ――』
「なによ」
『お前の記憶。それを紐解く必要がありそうだ――』
そのソロの言葉。
それが意味することは――アイラは、まだ知らない。




