6-6 王女様と人形の戦い・1
そこへ――外の警護に当たっていた兵士が、玄関の扉を突き破るようにいきなり飛び込んできた。
「きゃあ!?」
「なにごとですか!」
次の瞬間――ホール中のガラスが外からの衝撃で割られ、その破片が散弾銃の弾のように、中の人間に対して散らばり飛んでくる。
「危ないです!」
メイド達の中へ紛れていた藤花が、正面に出て光る障壁を出す。
全ての破片がはじかれ、怪我人は出なかった。
「ナイスよトウカ」
「えへへ……」
「誰だお前は!?」
入り口に立つ兵士が叫ぶ。
アイラとリーシャ、佐々木、朝陽は外へと飛び出した。
遅れるようにオーランやエリカ、藤花も外へ出る。
「ジェシーさん!?」
「ッ!?」
朝陽が驚いたように、口に手を当てる。
アイラは朝陽を通じてジェシーの顔も見ていた。
ソバカスが特徴的な、少し緩い感じのお嬢様風の女性――。
だが今の彼女は、黒い革の露出の多い鎧を身に纏っていた。
そんな彼女が異様な雰囲気を纏い、そこへ立っていた。
『あれは――』
「ソロ、知ってるの!?」
『ビキニアーマーだ! まさかあの伝統衣装を着こなすヤツがいるとは――』
ソロを投げ棄てたい衝動に駆られながらもグッと我慢をするアイラ。
「ジェシー!」
「あらあら、オーラン様ぁ。あの泥棒猫ぉ、どうなりましたぁ?」
「どうって、今朝も君はホールに居ただろ!?」
「きゃあ! ジェシー!?」
屋敷の中からメイドの悲鳴が上がり、1人の影がアイラ達の前に現れた。
それは――メイド服を着たジェシー。
「どういう事……?」
「ジェシー……マレーナは死んでしまった……すまない。僕の思慮の無い行動のせいで、君を惑わしてしまって……」
「そっかぁマレーナちゃん死んじゃったのぉ――じゃあ後は……」
「危ないッ!」
咄嗟に佐々木はオーランの身体を抱えて飛ぶ――前方向にだ。
オーランが居た場所には数本の黒い杭が刺さっており……アイラが振り返ると、屋敷の屋根にはあのクモゴーレムが鎮座していた。
バラバラにしたはずの鋼の肉体は、既に八体満足だ。
「アイツは――!」
「そうよアイラ王女様ぁ。貴女にバラバラにされちゃったぁ、あたしの大切なお人形さん」
再び前へ向き直ると、ジェシーは数枚の羊皮紙を取り出していた。
それは呪文と魔法陣が描かれた紙。
次の瞬間――全ての紙は宙を浮き、彼女を取り囲むように浮遊を始め、彼女の頭上でその動きを止めた。
『アレは――!』
「今度は何!?」
『オレ様の、一部だ!』
「はぁ?」
『全然思い出せねぇけど、分かる。アレはオレ様の本と同じだ!』
「ふふふっ――オーラン様も、あの子と一緒にぃ――可愛がってあげるねぇ」
メイド服のジェシーが――一瞬にして内部から上がった炎によって包まれる。
「なっ」
骨だけとなったジェシーだったモノは、その形がパズルのように回転し、組み変わり――やがて1本の杖となった。
まるで人骨をそのまま杖に変えたような、歪な杖。
「これねぇ……生まれ変わる前の私。私はこっち」
愛おしそうに杖を撫でるジェシー。
よくよく見れば――ビキニアーマーとやらを着た黒いジェシーの関節が、人間のモノではなかった。
玉関節。
それはドールと呼ばれる人形に使われる部位の名前なのだが、それによく酷似していた。
「よく分かんなけど……アナタも人形なのね」
「いいえ? わたしは人間よ――けれど、人間以上に、美しい存在――」
「アナタはあの晩、なんであの書斎に居たのよ――その本の切れ端があった訳じゃないでしょ」
「そんなの……オーラン様の愛を確かめに行ったのよぉッ!」
一切の予備動作なし。
アイラが気付く間もなく、ジェシーは間合いを詰めていた。
「くッ!?」
「アイラ様!」
リーシャが鋼鉄の糸を使い、アイラへと襲い掛かるジェシーの身体を巻き付ける。
人間ではればその糸に寄り皮膚は割け、肉が切れるはず――。
「そんなもので、わたしの愛は、止まらないぃひゃあああああッ!!」
もうお嬢様な雰囲気は完全に消え去り、身体を高速回転させ糸を巻き取る。
「なっ!?」
咄嗟に離す間もなく――リーシャの身体は大きく釣り上げられ、
「やりなさいっ!」
「攻撃開始シマス」
クモゴーレムが、無防備な身体目掛けて杭を発射する。
「させません!」
しかしちょうど間に居た藤花の障壁により、これを防ぐ。
「おりゃッ!」
佐々木はスキルを使って跳躍すると、クモゴーレムに抱き着き持ち上げる。
「ササキ!?」
「これは俺がなんとかするから、アイラはそのキモいのなんとかしろ!」
「――リーシャ、トウカ、アサヒ動けるわね」
「全然大丈夫です」
「だ、だだ大丈夫です……」
「いいけど、戦えないわよ?」
「リーシャはササキの援護。他2人は屋敷の中の人と、このハゲを安全な場所へ。これは、私が相手するわ」
巻き付いた鋼鉄の糸を、簡単に引き千切るジェシー。
「分かりました」
「りょ、了解です!」
「ほらオーラン。立つのよ」
三者三葉の返事。
アイラは、白い手袋をはめている。
その下は先日のケガがまだ残っており、それを隠すように手袋をしているのだ。
一応この手袋も、魔法の繊維で出来ている高級装備品ではあるのだが――アイラの全力パンチにどこまで耐えられるか。
「あらあらあららぁ――オーラン様ぁ、どこいくのぉ?」
「ひぃッ!?」
薄ら笑いを浮かべながら、ジェシーは杖を槍のように構え、アイラを無視して突進する。
「ふふふふっ」
「アンタの相手は、こっちよ!」
魔力で全力解放。
手短にあった木を根元から引っこ抜き、突進するジェシーへ叩きつける。
「――ふふっ」
重厚な音と共に潰れた――かのように見えたのだが、その細く白い腕で、平然と木をぶち折って立ち上がる。
「あたしとぉ、オーラン様の愛を邪魔するなんてぇ……いいわ。まずはお仕事しなくちゃ……」
「お仕事?」
「あの方に頼まれてぇ……この力を手に入れる代わりに、そこの白い本を回収しなくちゃいけないの……」
その不気味な指は、片手に掴んでいたソロを指差していた。
「なんでよ!」
「知らないわぁ……あぁ。でももう1つお仕事あったわぁ……それはねぇ」
再び予備動作の無い、突然の跳躍。
人間ではない人形だからこそできる、不可解な動き。
「くッ」
「あなたを殺す事よぉ」
まるで重力でも無いようにふわっと跳んだかと思えば、いきなり猛スピードで突進してくる。
杖を持っているが、それは魔術用ではなく文字通りの武器だ。
なんとかギリギリで回避しているが、解放してもなおそのスピードについて行くのがやっとだ。
「それ、それそれそれそれ――ひゃっはッ」
「このッ!」
回避ついでの回し蹴りで、彼女の胴体を捕らえるが――吹き飛んでもまた、起き上がる。
「無駄よ……魔術を使う隙は与えないわ」
「魔術……?」
「あたし見てたのよぉ……あなたが、あの子と戦うのを……」
遺跡でのゴーレム戦の事だろう。
「あなたが拳を前に出したと思ったら――あの子はバラバラになってたの。強力な近接用の魔術かしら――ならっ、こうして密着して戦えば――!」
「なるほどね」
妙に距離を詰めて攻撃してくる理由が分かった。
強力な攻撃は、魔術によるモノという先入観――。
「でもまぁ、戻る肉体もそんな有様だし――」
愛を求めすぎるあまり、力に魅了されてしまった彼女。
もう元には戻れないのならせめて――。
「引導を渡してあげるわ」
「ふふふっ!」
「――はッ」
相手の1撃を寸前のところで躱し――渾身のカウンターアッパーカットが炸裂する。
ドゴゥ――という音と共に、上半身と頭全てが粉砕され――その後に、衝撃波により他の体までもが吹っ飛んでいく。
「まったく……嫌なら、もっと早く本人に言うべきね……」
右手の白い手袋は破け、肌も少し傷ついたが先日ほどではない――そうアイラが思っていた矢先だだった。
『おい嬢ちゃん!!』
「おおきなぁお世話よぉ」
「ッ!?」
今しがた粉砕したはずのジェシーは――バラバラになった肉体でアイラの体に纏わりついた。
腕で腕を、脚で脚を――全身を大の字に固定され、身動きが取れなくなっていた。
そしてアイラの目の前には骨の杖が浮いている。
彼女自身の頭蓋骨に、暗い炎が宿る。
「油断したわねぇ……どうやったかは知らないけど、わたしの体はバラバラになってもぉ、すぐ直っちゃうのよぉ」
「離しなさいッ!」
「関節という関節をキツく締めてるから無理よぉ……大人しく、死んじゃいなさい」
杖の柄の部分――恐らく脊髄部分だろう。
それがアイラの心臓を目掛け――。
「そうは、させないわよジェシー!」
いつの間にか戻って来ていた朝陽は、近くの木から飛ぶ。
なんの意味が――とアイラが思った時だった。
朝陽はジェシーの頭上の紙の1枚を掴んだ。
「いつの間に!?」
スキルを使っていたせいで見つからなかったのだろうが、紙を掴んだ拍子にスキルが解除されてしまった。
「あれ、でもアサヒのスキルって……」
紙は宙に固定されたように動かないが、何故か下にいるジェシーの力が弱まった。
「よしッ」
アイラは再び全力で右手を動かし、左腕にくっついているパーツを引き離していく。
「アサヒ、邪魔しないで貰えるかしらぁ?」
しかしジェシーも動きに精彩を欠いている。
ただ紙を掴まれているからなのか、それとも――。
「アサヒ言ってたよねぇ……誰にも愛された事が無いって……愛を知らないアナタが、愛に生きるわたしに勝てるはずもないのよぉ」
「そ、そんなことない――愛とかは分かんないけど。ジェシー! アンタの事は友達だと思ってたよ!」
「……」
「メイド仲間のみんなも……大好きだったよ……」
「や、やめなさいぃ……」
引き剥がそうと他のパーツを朝陽の下半身に巻き付けるが、それでもそこまで力が入っているように見えない。
そこで初めて――ジェシーの頭上に、文字が見えた。
それは、本来ならアイラが召喚した勇者にしか現れない文字。
<1人を愛する限り力は発揮される。ただし、その1人以外に愛されるとその力を失う>
「他のみんなもそう! 別にそんな体になってもいいよ。一緒に、お屋敷に帰りましょうよ」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!」
取り乱すようにジェシーは身体を振るい――ついに力尽きた朝陽は、宙へ投げ出される。
「おっと……」
地面に衝突する前に、アイラはなんとか拘束を振りほどく事に成功した。
ジェシーはバラバラになった体を、再び元の姿へ復元しようとしている。
「アサヒ。ありがとう……なんとなく、活路が見えた気がするわ」
「アイラちゃん……」
「でも、これ以上は危なそうだし――1回帰って貰って良いかしら」
「えっ、えぇぇ――」
アイラは即座に、朝陽を送還の呪文で――向こうへと送った。
『あ、あああ思い出した! こいつの魔術! ドールマスターだ!』
「なによそのドールマスターって」
『11人の魔王の1人だ。1万体の人形を操って襲い掛かって来た奴だ』
「そんなのによく勝てたわね」
『その全ての人形は、本来によって操られてるんだ。だから本体を叩けば――』
ソロの説明が終わる前に、ジェシーは再び杖を構えた。
「ふっ、ふふ――アサヒが居なければ、もうわたしをどうにかできる人は――」
「それはどうかしら――」
アイラがそう宣言すると同時に、地面の土を大量に――ジェシーにぶっかけた。
「そんなもの――」
土埃で周囲が見え辛くなった瞬間を――2人は逃さなかった。
「リーシャさん、あの浮いてるヤツだ」
「分かりましたが、命令しないで下さい」
後方から跳んで来たササキとリーシャは、頭上の紙を押さえた。
「なにッ!?」
再びシェリーの動きが鈍くなる。
あの紙――よく見れば、細い何本もの魔力の糸が出ていて、それがジェシーのパーツ1つずつに付いているのだ。
つまり、あの体はパペットマペット――すべてが作り物。
糸で釣られているから人間には不可能な動きも出来るし、バラバラになろうとも自由に動き回れるのだ。
「あ、あの子は!?」
「ボコボコにして、元に戻らねーように屋敷の警護兵の人らに任せてきた!」
よく見れば佐々木の服はあちらこちらが破け、血が滲み出ている。
リーシャは――普通に奇麗なままだった。
「邪魔を、邪魔をしないでよぉぉ!!」
ジェシーの叫び声か、悲鳴か。
それが屋敷中に響き渡る頃――。




